第十二幕
拙作の発売日が近づいてきた。叩かれたらどうしょう。不安でしょうがないです(´・ω・`)
前作も叩かれはしたのですが、まぁ、ヒノキの棒で殴られる程度の、とてもマイルドな感じだったので、何とか正気を保つ事は出来た。
でも、今回は・・・・・・ヤバいかも。
読者の皆様、叩く時は容赦ねぇからな((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル
今のうちに防備を固めておく。せめて革の鎧くらいは着とかねば。
翌日の早朝、金蔵が狩猟に出ようと銃を片手に戸を開けると、そこに北斗の姿はなかった。ようやく諦めてくれたか、と思い彼が作った仮小屋を覗き込んでみると、大きめのリュックと水筒が穴の隅を陣取っているのが見えた。
(出かけているだけか)
軽く舌打ちをして辺りを見回す。焚き火の回りの骨は増えている。少し離れたところに、お茶碗くらいの大きさの器が無造作に投げ出されている。中を覗き込んで見ると、粉々に砕かれた骨で一杯だった。
(湯に入れて油を取る気だな)
砕いた骨を茹でると油が取れる。電気やガスのない山の中では油は貴重品だ。
辺りの木の枝に、動物の革がかかっている。それをつぶさに見ていると、背後でガサリと音がした。
山の中で大きな音を立てて歩くという、うかつな行為をする馬鹿に、金蔵は振り返らずに言った。
「どうせここで粘ってりゃ何とかなると思っているらしいが無駄だ。俺は誰ともつるむ気はない。さっさと山を降りて精六の所に行け。お前にはあいつくらいが丁度いい」
「「本物のマタギになりたければ金蔵さんの所に行け」精六さんの言葉です」
北斗の言葉を聞いた金蔵はゆっくりと振り返り、彼をじろりと見る。北斗の手には、獣の革で作った手作りの水筒がある。
金蔵はふん、と鼻を鳴らして猟へと向かう。北斗は水袋を腰に下げ、慌ててそれを追おうとする。
それを足音で悟った察知した金蔵は、素早く振り返り、目付きを尖らせて言った。
「何故ついてくる?」
「片桐さんの技を盗みます」
事も無げに言う北斗に、金蔵が苛立ちの表情で銃口を突きつける。黒光りする筒の前で目を丸くする北斗の頬の側を、轟音と共に一筋の閃光が走り抜ける。
震える空気の中、山鳥が数羽、木から飛び立った。
立ちすくむ北斗の頬に、一筋の赤い線が走る。
「次は当てる。脅しじゃねぇぞ」
金蔵は狙いを北斗の心臓に定める。それを一瞥した北斗は、悲しげな口調で金蔵に問う。
「その銃口に何を求めるのですか?」
想定外の問いに虚を突かれた金蔵は、一瞬ぐっ、息を呑むも、直ぐに言葉を張り上げる。
「お前を追い払う為に決まっているだろう!」
「何故私を追い払いたいのですか?」
「俺は忙しい。お前なぞ相手にしている暇はねぇんだよ!」
「そこを何とかお願いします。決して足手まといにはならない様にしますから」
「駄目だ!と言うより無理なんだよお前じゃぁよ!」
「試しもせずに何故無理だと分かるのですか?」
「分かるんだよ!お前は基本が出来ていない」
「基本?私がですか?」
言われ様が心外だったのか、表情を歪める北斗に、金蔵はそうだ!と言ってから続ける。
「基本すら出来ていない素人に教える事なんざ出来る訳ねぇだろう!火の熾し方から勉強して出直して来な!」
「最低限の事は身に付けているつもりです」
そう言ってアピールのつもりか、北斗が自分の生活スペースを指さす。
「身に付けている、だと?」
そんな北斗の言葉を、金蔵が鼻でせせら笑う。
「お前のやっている事なぞ俺から見れば子供だましだ。ボーイスカウトのキャンプにも劣る」
「・・・・・・どこがですか?」
あまりの言われ様に色をなし、表情を強張らせる北斗に金蔵が言う。
「おめぇ、後ろの方を見てみろ」
「後ろ?」
「おめえのチンケなヤサの近くにある、そこの木だよ!」
北斗が目をやった先には、なんの変哲のない高さ十メートル、直径四十センチ程の木が立っている。
「あれが何か?」
「木の根っ子辺りをよく見てみろ。見えるだろう」
金蔵の言葉に従う北斗。その視線の先では、露出した木の根が、まるで蛸の足の様に地面の上でのたくっている。それらが黒ずんでいる事に北斗が気付くのと、金蔵が口を開いたのはほぼ同時だった。
「気付いたか? この木はもう腐りかけている。寿命だ」
そう言って金蔵は、一度その銃口を対象の木へと向けつつ続けた。
「泊まる場所を探す時は辺りの木と地形を見るのは基本中の基本だ。倒壊間近の木の側では絶対に野営してはならない。台風に限らず、風が少し吹いただけで倒れる事がある」
「・・・・・・」
ぐうの音も出ない北斗に、金蔵は容赦なく畳みかける。
「その仮小屋もどこで聞き齧ったが知らねぇが、話にならん」
金蔵はそう言ってわざとらしく北斗をせせら笑う。どこが話しにならないのか、と目で問う北斗に金蔵は答える。
「使う木はそこいらの針葉樹を使えばいいってもんじゃねぇ。使うのはトドマツだ」
そう言って金蔵はぺっ、と唾を吐き、続ける。
「仮小屋の中でも火を焚く。その時に屋根代わりの枝や葉に火がつく事が多い。その際普通の葉っぱでは消火が骨だが、マツ葉は簡単だ。手で払う様にすれば簡単に消える。これもこんなもんは基本中の基本だ」
金蔵の話が進むにつれ、自然と北斗の表情が引き締まってゆく。集中域に入っている証拠だ。傾聴する北斗に気が付いているのかいないのか、金蔵は話を続ける。
「それとよ、お前昨日罠でウサギを採ったな」
「! 何故知っているのですか?」
驚愕の表情を浮かべる北斗に、金蔵は続ける。
「山の中でおめぇの仕掛けを見た。まるで話にならん」
そう言って金蔵は、わざとらしく首を降る。やや鼻白みつつも、感情を抑えて北斗がその心を問う北斗。
「何故ですか? 立派にウサギはかかってましたよ」
「あんなもんは偶然だ」
そう言って金蔵は、再び北斗をその鼻でせせら笑う。金蔵の言うウサギ猟とは、文字通り野うさぎ猟の事だ。
猟法は先ず針金の輪を作る。これが罠になる。そして、ウサギは必ずウサギ道を作るので、ウサギがピョンと跳ねる場所にこの罠を仕掛けておくと、そこにウサギが引っ掛かる。跳ねた途端に輪の中に頭が入って首が締まるのだ。金蔵は続ける。
「おめぇ、罠を立木にくくりつけただろう」
「はい」
「まるで素人だ」
「・・・・・・」
金蔵の表情に浮かぶ嘲笑には、寸毫の遠慮もない。心の底から北斗を馬鹿にしているのが見て取れる。
屈辱に身を震わせる北斗に対する、金蔵のダメ出しは止まらない。
「立木にくくりつけておくと、罠にかかったウサギが暴れて針金が切れる確率が高くなる。罠もすぐにダメになるし、第一獲物を無駄に苦しませる事になる。命を冒涜する無慈悲極まりないやり方だ」
「・・・・・・」
己の未熟を一々あげつらわれ、拳を固めるより他ない北斗。
言葉もない北斗に今、出来る事と言えば、ただ大先輩の言葉を聞く事、それだけだ。
自制心を振り絞り、握り拳で傾聴する彼を前に、金蔵の舌は回転をやめない。
「仕掛ける場所は一メートルくらいの枝だ。かかったウサギが逃げ出した時に首がしまって早く死ぬので罠もあまり痛まないですむ。これがプロの仕事だ! 分かったかこのクソガキが!」
「・・・・・・」
金蔵の怒気が、荒れ狂う言葉と化して北斗を打ちのめす。
「山をなめるな! 中途半端に知識があるおめぇは、ここでは赤子より始末が悪い! 分かったらさっさと帰れ!」
金蔵はそう言って銃を下ろし、山へと入っていく。こてんぱんにやられ、呆然と見送るより他ない北斗。無様に立ち尽くす彼だったが、その瞳に諦めの色は微塵も滲んではいなかった。
それから二人の奇妙な共同生活が始まった。同じ空間を共有しながら、会話も協力もせず自身の生活に没頭する二人。
北斗の仮小屋は次第に大きくなり、小屋の中には干肉、木の実、山菜等が皮の袋につめられて置いてある。金蔵は小屋を出入りする度に、これ見よがしに舌打ちをしたりするも、何故か積極的に北斗を追い払おうとはしなかった。
それから暫くしたある大雨の晩の事だった。食後の一服を楽しんでいる金蔵の心臓がどくん、と大きく蠢いた。
(来たか)
金蔵の心の奥から人の形をした真っ黒いものが、四つん這いの姿勢でゆっくりと近づいてくる。やがて『それ』は真っ黒い霧状のものに姿を変え、金蔵の心を蝕み始める。
(やめろ、来るな来るな)
金蔵は傍らにあったどぶろくを一気に呷った。酒で正気を失くすのが一番の方法だ。ところがどうした事か、今日は酔いの回りが遅い。『何か』にすがる様にどぶろくの中身をあおる呷る金蔵の心を、黒い霧が今、完全に覆い尽くした。
獣臭。
ハッハッ、と獣の声。
やめろ! 出てくるな来るな! 出てくる来るんじゃない! 思い出すな!
必死に心を塞ごうとする金蔵の願いも虚しく、情け容赦なく湧き出してくる記憶と言う名の呪縛。
骨が噛み砕かれる音。
咀嚼される肉の音。
何かが引きずり出される様な音。
ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
いてぇ、いてぇよ! どこ行くんだよ! 助けてくれよ金蔵!
止めてくれ、俺の腸を食わないでくれ!
もう一思いに殺してくれぇぇぇぇぇっ!
恨むぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
きんぞうぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!
金蔵は絶叫し、どぶろくを壁に投げつける。壁に跳ね返されたそれは、畳の上を転がり、白褐色の液体を畳の上に撒き散らす。
ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!
辺り構わず暴れまわる金蔵。壁を打ち、物を床に叩きつけ、タンスなどを床に引きずり倒す。
うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
つっかい棒を手に、まるで見えない『何か』を打つ様に部屋中をやたらめったら屋内中を叩き回る。
「片桐さん、どうしたんですか?! 大丈夫ですか?!」
ドンドンと鳴る戸の向こうで声がする。金蔵の涙で血走った目が、戸の向こうにあるものを捉える。飛び付く様に戸に取り付き、全開にするとその先には驚愕の表情を浮かべている北斗の顔があった。
うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
いきなり北斗を殴り付ける金蔵。たまらず吹っ飛ぶ北斗。どしゃ降りの雨の中、彼は地に転がる。金蔵は奇声を発しながらそれを追い、踞っている北斗の脇腹を思いっきり蹴り上げる。
「うぐあっ!」
蹴られた北斗が腹を押さえて地面をのたうち回る。金蔵はそんな彼の全身を、やたらめったら踏みまくる。
北斗はたまらず亀になってそれに耐える。両手は勿論頭だ。
金蔵はそんな彼の背中に跨がり、ひたすら拳を落とし続ける。金蔵の肘が北斗の延髄に突き刺さった時、彼は痛みのあまり叫び声を上げ、亀のポジションを解いてしまう。
金蔵はその隙を逃さず、北斗を仰向けにし、そのまま馬乗りの体勢になる。北斗が防御の為、ずぶ濡れの両手を顔の前に上げようとするより早く、金蔵の拳が北斗の顔面に突き刺さる。
殴られた彼の口からもれた小さなうめき声が、土砂降りの雨音にかき消されてゆく。頭蓋骨ごとミンチにしかねない勢いで、金蔵が北斗の顔面をひたすら殴打する。拳を振るう彼の目には、その顔には雨とは違う種類の雫が浮かんでいたが、当人を含め、それに気が付く者はこの場にはいない。
度重なる殴打をくらい完全に動かなくなった北斗を、金蔵は両手で抱えあげ山肌が傾斜になっている所まで北斗を運ぶ。
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
そしてまるで獣の様な雄叫びと共に、金蔵は完全に気を失っている北斗を麓に目掛けて放り投げる。
まるで石ころの様に斜面を転がり落ちていく彼を、金蔵は号泣と共に見送っていた。
下腹部で暴れる、耐え難い程の圧迫感が意識を覚醒させる。
眼前に広がる畳目。頭の中では無数の蜂が飛び回っている。突如凄まじい吐き気に襲われ、直ぐ様トイレに駆け込む金蔵。彼は死に物狂いで吐き気を堪えつつまず放尿、その後激しい嘔吐を繰り返す。胸を蝕む不快感が消えるに従って、昨日己がしでかした事が頭に甦ってくる。
(やっちまった)
金蔵はトイレで踞りながらほぞを噛む。
彼が抱えている業、精神的疾患と言っていいかもしれない。
過去のトラウマが甦ると、自分でもコントロール出来ない程の暴力的衝動に襲われる。これが出ると金蔵はもうどうしょうもなくなる。衝動が治まるまでひたすら暴れ続けるしかない。医者に何年も診てもらったが治らなかった。彼が都会で暮らせない理由がここにある。
これは罰だ、と金蔵は思っている、あの日あの時、友である大作を捨てて逃げ出した自分への罰だ。決して逃げられない己の業。生涯抱えて生きていくしかない。
死が自分を優しく包んでくれるまで。
再びこみ上げてきたえづきを堪える金蔵の瞳目に、血まみれの拳が映る。
(半殺しにした後、大雨の山の中に放り出したんだ。もはや生きてはいまい。弔うくらいはしてやらんとな。別に恨みがあった訳ではない)
正常の状態ではなかったとは言え、人を殺してしまったのだ。刑務所暮らしは免れまい。
だが、それが何だと言うのだ? と金蔵はまるで他人事の様に思う。
どこで過ごそうが生き恥をさらす人生である事には変わりはないのだ。それが堀の外なのか中なのか・・・・・・。ただそれだけの事だ。
そう思いながらトイレを出て、水場で手と口を洗った後、うがいをし、服を取り替えて戸を開ける。
息を呑んだ。体が動かない。頭が働かない。
歴戦のマタギである金蔵を硬直させるくらい、目の前の光景は衝撃的だった。
北斗が座っていた。
初めて会った日と同じ様に、侍の様にかしこまったその姿勢で。
北斗の顔は至るところ痣と打撲だらけで、目なぞどこにあるかはっきりしない。
ずぶ濡れで尚且つぼろぼろの衣服から覗く、その胸に刻まれた大きな三本の爪痕。
「おめぇ・・・・・・」
満身創痍の北斗を前に、それしか言えない金蔵。
生きて帰ってきた事に、三本の傷痕に、そして何よりも彼の執念に圧倒されたのだ。
「この世界で・・・・・・生きる術を・・・・・・」
言葉の途中でゴホッと咳き込む北斗。肺が傷ついているのかも知れない。
「・・・・・・おめぇ何でそこまで」
「・・・・・・妻に・・・・・・会いたいんです」
「何?」
金蔵は目の前の若者が何を言っているのか分からなかった。何故己の妻に会うのにマタギの技能が必要なのだ? 首をかしげる金蔵の心を、涙で滲んだ北斗の一声が震わせる!
「・・・・・・妻を・・・・・・綾子を・・取り戻したいんです!」
そう叫んで気力・体力が尽きたのか、前のめりに崩れ落ちる北斗。
「綾子・・・・・・まさかな・・・・・・」
呆然とした表情でその名を呟く金蔵。その目は何かを思い出すかの様にどこか遠くを見つめていた。
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