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第十九幕

御世話のなっております。


来週、もしかしたらお休みを頂くかもしれませぬ。


まだ確定ではないのですが。


もしそうなってしまったらごめんなさい(´・ω・`)


早々に復帰しますので、お待ちいただけると幸いです。

この国、J国の山岳地帯に一匹の熊がいる。体長は四メートルをゆうに超え、巨大な頭部を持ち、体重は四百キロ以上。丸太の様な腕と足、それらの先端で狂暴な光を放つ日本刀の様な爪、真っ赤に裂けた口には、収まりきらない乱杭歯が、顎の上でまるでお互い削り合う様にひしめき合っている。性格は凶暴、なんて生易しいレベルではない。例えて言うならば、極限まで高じた破壊衝動と殺傷本能の具現化、とでも言おうか。兎に角目に映るもの全てに襲いかかり、散々嬲った挙句に食い散らかす最悪の害獣だ。その全身を覆う黒褐色の毛は膠や漆でガチガチに固められており、大口径の銃弾すら弾く。その様はまるで『動く城』だ。この悪魔の様な熊を、人々は嫌悪と恐怖を込めて『赤カガチ』と呼んだ。

「赤、何だって?」

聞きなれない響きに、僕はもう一度問い返す。

「赤カガチ。名前の由来は私もよくは知らない。何でも八岐大蛇と同じ赤い目をしているから、と言ったそんな話を聞いた事もあるがはっきりとした事は分からん」

そう言って綾子は赤カガチについての説明を続ける。

この熊は信じられない事に冬眠をせず、一年中活動する。一ヶ所に定住する事なく全国の山を渡り歩く。落ち着いた先で山や村を一ヶ月ほど暴れまわり、散々荒らし尽くしたあと挙句また別の地方へと向かう。この習性については、一ヶ所に定住をする事で、その場所の動植物を喰いつくしてしまう事を避けているのだろう、と推測されている。地元の村や山にとってはまるで天災のような存在であり、何度も駆除を試みるも全て返り討ちの目にあっている。

「そんなに手強いのか、その熊」

話の内容がとても現実離れしているせいか、いまだ僕の中では半信半疑だ。

「手強いなんてもんじゃない。あれは猟師や警察の手におえる代物ではない。本気で駆除するなら軍隊がいる」

「そこまでか」

「ああ。頭部が異常に大きい為か知能が高い。人間のちゃちな作戦や罠なぞ全て読まれ、それどころか裏をかいてくる。嗅覚も異常に鋭く、数キロ先のものまで感知できる。また腕力も凄まじく、牛や馬を一撃で撲殺し、巨木や岩をも軽々と破壊する。人間なぞ奴の前では紙っ切れと変わらん。一撃でミンチにされる」

僕は手にしていた槍を傍らに置き、綾子に向き直る。

「離れた所からでも数十人で一斉射撃とかすればいいんじゃないか?」

僕は右手をピストルの形にして撃つ仕草をした。僕の言に対し、綾子は軽く首を一振りする。

「その程度の事はとっくにやっている。だがだめだった。膠や漆でガチガチに固められた奴の毛皮は、最早甲冑だ。銃弾の雨の中でも奴は平然としている」

「なんだそりゃ? そこまで行くともはや兵器じゃん」

僕の物言いは子供じみたものであったが、綾子は笑うでもなく更にその表情を引き締める。

「その通りだ。奴は獣と言うより兵器に近い。研究所で創られた、という噂もあるくらいだからな。真実は分からんが。でだ、」

綾子がその刺す様な視線を一瞬だけ銃座に向ける。

「奴を『弾幕』で仕留めるのは困難だ。やるなら狙撃、狙いすました一弾で、眉間か心臓を狙うしかない。だが、これが至難の業だ。理由は分かるよな」

「ああ」

僕は頷く。実際に獲物を追いかけまわしてみるとよく分かる。素早く動き回る的を正確に狙撃する。漫画では珍しくもない事だが、現実には至難の技だ。ターゲットが小さい場合、その難易度ははねあがる。動き回る熊の眉間を正確に撃ち抜くなど不可能に近い。デューク東郷、次元大介、冴羽遼でもてこずるだろう。綾子の言葉に同意する僕に、綾子は続けた。

「それでもその不可能に近い事に挑んだ大馬鹿野郎共もいた。そのうちの一人が私の祖父だ」

「勇敢と言ってやれよ」

僕の言葉に一瞬瞳を陰らせ、綾子は続ける。

「繰り返しになるが、討伐の結果は燦燦たるものだった。祖父は親友と挑んで返り討ちにされた。その遺体は熊に食い散らかされ、そしてその残骸を拾い集めたのが私だ」

僕の背筋がビリリと震える。熟練のハンターが束になっても叶わない? 一体全体どんな熊なんだろう。僕の中で熊がようやく現実味を帯びてきたのか、まだ見ぬ赤カガチとやらに戦慄をおぼえる。軽く震える僕を前にして綾子は続けた。

「分かるか? そんなヤバイ奴が今この山を我が物顔で闊歩しているんだ歩き回っているんだ。もうこの山で安全ななぞどこにもない。お前は一刻も早く避難する必要がある」

「綾子は逃げるのか?」

「いいや、私はここに残る」

「なら僕も残る。君のパートナーとして君と戦う」

綾子は小さく、だがハッキリと分かる形で首を振りつつ言った。

「気持ちは嬉しいが私は大丈夫だ。自分の身は自分で守れる。だがお前を守りながらとなると難しくなるんだ」

「僕は足手まといか」

「そうだ」

間髪入れずにきっぱりと言い切る。下手な気遣いは相手を余計惨めにする事を綾子はよく理解していた。

「僕はそんなに頼りないのか? 君にとってその程度の男なのか」

女々しいと分かりつつも、綾子にすがりついてしまう僕。そんな僕に綾子は首を振り、つつ言った。

「違う。お前が頼りないわけじゃない。この状況が異常なんだ。お前はもう立派な男だ。自信をもっていい」

「愛する女一人守れない男のどこが立派なんだよ!」

激情に任せて拳を畳に叩きつける。視界が滲んでいる。己の無力さが悔しかった。愛する女に気遣われる自分が不甲斐なかった。心のどこかでビビっている自分が情けなかった。そんな僕を前にして、綾子は口元を綻ばせ、言葉を紡ぐ。その口調はどこまでも優しい。

「お前は私と違って日の当たる場所を歩いていく人間だ。こんなところで死ぬべきじゃない」

「・・・・・・」

僕は項垂れたまま無言で首を振り続ける。口から微かな嗚咽が漏れ出ていた。綾子は右掌で僕の左肩を優しく包み、断固たる口調で言った。

「都会に帰れ」

その声が持つ厳しい響きの中に綾子の優しさを感じ取り、たまらず涙にくれる僕。どれくらい悲嘆にひたっていたのだろう、気付いたら僕は綾子の腕の中にいた。

「あとお前は何か勘違いをしている様だが、これで今生の別れという訳ではないぞ。アイツがここに居座るのは精々一、二ヵ月程度だ。奴が消えたらいつでも遊びに来い」

「・・・・・・また会えるよね」

「うん?」

「僕達きっとまた会えるよね」

願いがこもった僕の言に、一瞬だが綾子が言葉を詰まらせる。

「そうだな、また会いたいな」

一拍の後、どこか曖昧な返事をする綾子。それに気づいた時、涙で濡れる僕の瞳が陰った。



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