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第十七幕

御世話になっております。作者です。すんません、最近少し忙しくて今回は短めです。申し訳ないです。

なるべく早くに通常運転に戻りますので、気長に付き合って下さいませ。


ではどうぞ。

境遇こそ違えど、二人共この社会に必要とされていないし、二人共社会を必要としていない。社会の側から見れば排除されるべき異物だ。まるで誰も頼るものがいない異国で、唐突に家族と会えた時の様な安堵感。綾子は同類だ。その認識は、僕の中に芽生えつつある綾子への好意を増幅させる。だが、そんな僕の内面を悟ったのか、綾子が冷や水を浴びせてきた。

「これが私が山で生きる理由だ。そういった事情で私は山で生き続けている。これからもずっとここで生き、そしてやがてこの山で一人朽ち果てる。私はそれでいい。だが北斗」

綾子がその光る瞳で僕を捉える。

「うん?」

「お前はダメだ。お前は都会の人間だ。我々とは違う。お前にはお前を必要とする世界があり、それはここじゃない」

まるで突き放すかの様な綾子の物言いにショックを受け、一瞬目の前が暗くなる。何故?何故僕達二人の間に線を引くんだ綾子。僕と君は同類だ。君を誰よりも理解できるのは僕だし、僕を誰よりも理解できるのは君だ。君は僕で僕は君。僕達は二人で一つ。この出会いは運命であり、運命である以上分かたれるなどありえないし、あってはならない。しおれそうになる心を奮い立たせ、僕は生まれて愛を求める。

「僕を必要とする世界はどこにもない。だから創るんだ」

一旦言葉を切り、綾子と目を合わせ、溢れんばかりの想いを言葉に込めた

「君と一緒に。この場所で」

狂おしい程の想いに突き動かされ、己の心をさらけ出す北斗。絡み合う眼差し、触れ合う二人の心と心。数瞬の間を経て、綾子がその瞳を逸らす。逸れてゆく二人の心。目の前の非情な現実を受け入れられず、ただ呆然とするより他ない北斗に、綾子は言った。

「北斗」

返ってきた素っ気ない声が、嫌でも僕を現実へと引き戻す。もう一度顔を上げ、決壊一歩手前の表情で綾子に縋り付くも、彼女は厳しい口調で男を突き放す。

「お前は人様の中で真っ当に生きられる幸せを知らないだけだ。都会に帰ってもう一度真剣に生きてみろ。きっと認識も変わって、こんなところで生きたいなどと世迷い事など口にしなくなる」

僕の想いに気付かぬふりをし、あえて話を逸らす綾子。その仕草の意味する事を感じ取った僕の眉が急角度を描く。フラれた。綾子にフラれた。愛していたのに。愛してくれていると思っていたのに。心が通い合ったと思っていたのに。可愛さ余って憎さ百倍。フラれた屈辱を介してわき起こった怒りにのまれ、僕は我を忘れて見苦しく喚き散らす。

「僕が嫌なのか! 僕と暮らすのが嫌なんだな!」

綾子は心底困った表情を浮かべつつ、ゆっくりとした口調で僕を宥めにかかる。

「そういう事を言っているんじゃない。私個人はお前を嫌ってなどいないし、一緒に暮らすのが嫌なわけでもない。もしそうならとっくの昔にお前をここから叩きだしている。私の性格はお前がよく知っているだろう」

確かにそうだ。嫌う男と同棲できる女などいない。それくらいは女性経験のない自分でも分かる。綾子に嫌われている訳ではない、その事実がいきり立った僕の心を僅かながら静める。二、三の呼吸を経て、僕は口を開く。

「僕が嫌なわけじゃないのか」

「好きか嫌いか、で言えばお前は好きだ」

頬を染めながら、どこかぶっきらぼうな口調で心をさらす綾子。二人の心が通い合っていた事実は僕に深い安堵をもたらすと同時に、大きな疑問ももたらした。

「じゃあ何で帰れなんて言うんだよ」

「・・・・・・お前の幸せはここにはない。きっと都会の中にある、そう思ったからだ」

綾子の声も表情も厳かなものであったが、その瞳が僅かに揺れているのを僕は見逃さなかった。

「都会、あそこに幸せなんてない。あるのは悲しみと孤独、嘲笑、そして僻みだけだった」

「好きになる努力はしたか?」

駄々をこねる僕を、鷹揚に諭す綾子。今この場において、綾子は誰よりも大人だった。

「え?」

「お前は自分の居場所に不満があったのだろう。なら現状を変えようとする努力はしたか?」

「・・・・・・」

耳が痛かった。言われてみるとそうだ。僕は不貞腐れていただけで、具体的な行動は何も起こしてはいない。ぐうの音も出ない僕をよそに、綾子は揺るぎのない声で言った。

「現状に不満があるならば、まずは自分が変わらないとだめだろう。世界と自分は繋がっている。自分が変われば必ず世界も変わる」

分かっていた。綾子が正しい。僕が間違っている。でも、頭で分かっていても心が受け付けない。今までの怠惰な自分を責められている様で、心が激しく反発してしまう。自分に負けて見苦しく反論しようとするも、何一つ中身の無いせいか屁理屈すら出てこず、虚しく口を開閉させるのに終始する。そんな僕の青っ白いケツを、彼女らしい物言いで蹴飛ばす綾子。

「ハッキリ言うぞ。ここで生きたいだの、私の事が好きだのそんなのはお前の逃げだ。辛い現実から逃げるための方便だ」

「違う!」

僕は叫んだ。気付いたら仁王立ちになっていた。駄々をこねる怒りで身を振るわせる僕とは対照的に、綾子の所作に乱れはない。

「違くはない。お前は自分で気が付いていないだけだ。自分自身の弱さや醜さに」

「!」

奥歯がきしみ、爪が掌に食い込む。抗する言葉もすら持たず、屈辱に身を振るわせるしかできない僕。胸の内がどすドス黒い『何か』で浸食されてゆく。愛する女に『弱い』と言われた。抉られた胸から溢れ出た『何か』が、悔しさと化し、目尻からこぼれそうになる。

「逃げた先に幸せなんかありゃしないんだよ、北斗。目を覚ませ。そして自分があるべき世界に帰れ」

「・・・・・・」

「お前はもう大丈夫だ。ここでしっかりと生きられたんだぞ。都会でもちゃんとやっていける。辛い時はここで流した血や汗、そして涙を思い出せ。きっとこれらがお前の力になる」

奥歯を噛みしめて目頭を引き締める。泣いてたまるか! ここで泣いたら『弱い』事を自ら認める事になる。チンケなプライドを守るのに精一杯の僕に、綾子は一瞬の躊躇いの後、厳かな声で引導を渡す。

「その胸にある私への慕情なぞ只のまやかしだ。ちゃんと居場所を見つけられたら、私の事なぞ二度と思い出さなくなる。その程度のものだ」

「違う!」

心の中で『何か』が爆ぜた。目の前が真っ赤になる。気が付いたら綾子を押し倒し、床の上で組み伏せていた。万歳をさせその両手首を押さえつける。特に抵抗する事なく、されるがままの綾子。怯えた様子も怒った様子もなく、ただ僕の下で目を逸らす事なく泰然としている。

許せなかった。想いを拒否されるのはまだいい。だが、自分が逃げたいがために綾子を利用している、綾子への想いを隠れ蓑にして逃げようとしている。そう思われるのは我慢ならなかった。僕は何もない男だ。当然だ。何もしてこなかったんだから。だけど、何もなくとも本気で女に惚れる事はできる。自分の想いが本物かまがい物か、それ位は分かる。女を逃げの道具に使う程落ちぶれてはいない!


綾子!

僕は本気だ!

本気で君に惚れているんだ!


分かっているよ綾子、君が僕の為を思ってその身を引こうとしているのは。自分みたいなのにかかわっちゃいけない、自分みたいなのに関わったら僕が不幸になる。そう思っているんだろ? 僕の幸せを願ってその身を引こうとしているんだろ? でも さぁ、でもさ、僕はそんなに頼りない男か? 愛する女一人守れないくらいの頼りない男か? 守ってみせるよ綾子、自分も君も。


だから、だから綾子! 僕は、僕は、君と生きて行きたい!


ぶつかりあう四本の視線、絡みあう眼差し、挑み、そして挑まれる男と女。焼け付く様な静寂の中、僕が口を開きかけたその時、

「グゥウウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

地獄の底からわき上がって来たかの様な咆哮が、二人の鼓膜を激しく震わせた。


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