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序幕

何年か前に試験的に書いた作品です。どんなもんなのか皆様にご意見を賜りたく、ここにアップします。ご拝読賜れれば幸いです。

国民新聞 20××年〇月〇日より抜粋 


今日のお昼頃、□県■市にある教会にライフルを持った男が押し入り、その場にいた牧師を殺害、その後駆けつけた機動隊と撃ち合いになりました。人道的解決を目指した機動隊でしたが、予想以上に男の抵抗が激しく、被害の拡大を恐れた隊員はやむなく男を射殺したとの事です。現在機動隊は犯人の動機を含め、事件の詳しい経緯を調べております・・・・・・。





ヒグマに押し倒されている。


飢えた牙が鼻につく獣臭と共に僕の喉笛に迫る。彼(彼女?)が垂らす涎によって僕の顔はドロドロだが、そんなこと気にしている余裕がない。僕は先程から右手を熊の顔面に、左手を熊の喉にひっかけ、喰われないように何とか抵抗しているが、如何せんひ弱な都会人と大型猛獣、その筋力差は歴然だ。熊の牙は徐々にだが確実に僕に迫っている。それが持つ凶暴な輝きが、僕を捉えるのは時間の問題だろう。僕が何故こんな目に遭っているのか。悪いけどとても説明できる状況ではない。   

先程から僕の頭の中を駆け巡っている走馬灯を勝手に見てくれ。言っておくが見るならさっさと見てしまった方がいい。


上映時間はそれほど長くはなさそうだ。



「お待たせいたしました、ルーバーイーツです!こちらが商品になります。ありがとうございました」

「おう、お疲れさん。暑い中ご苦労だったな。これ飲めや」

玄関先でで配送品を受け取った男は、僕に栄養ドリンクを寄こしてきた。

「わあっ! ありがとうございます! 丁度喉が渇いていたんです。助かりました」

喉がカラカラの時のねばついた栄養ドリンク。大してありがたくもなかったが、大袈裟に喜んでみせる。不興をかって低評価をつけられたら困る。客の目の前で栓を開け、ごくごくと飲み干す。甘いのど越し。不味くはないのだが、本来苦いものを無理矢理甘くした様な、この不自然さがどうもに好きになれない。

「兄ちゃんどうだ、そのルーバーってやつは儲かるのか?」

男は話好きなのか、話をふってきた。因みにルーバーとは、今僕がやっているアルバイトの事だ。正式名称ルーバーイーツ。オンラインフード・配達プラットフォームの事だ。簡単に解説すると、ユーザーはパソコンやスマホから、ルーバーが提携している飲食店に料理の注文を出す事が出来る。そしてそのお店と注文者であるユーザーを繋ぐのが僕達配達員だ。お店からの注文を受け、配達業務を行い報酬を得る。因みにルーバーと配達員の間には雇用関係はない。配達員はあくまで配達パートナーという立ち位置であり、依頼を受けたら個人事業主の立場で依頼を受けるかどうかを決定できる。好きな時に好きな時間働けて、面倒な人付き合いも口うるさい上司も煩わしい出勤時間もサービス残業もない。厚生年金や健康保険などには加入できず、確定申告が必要など煩わしい面はあるものの、孤独や自由を貴ぶ世の風潮を反映してか、ルーバーは社会に急速に普及しつつある。かくゆう僕も、かれこれ二年程、これで飯を食っている。


配達員は常にクライアントである店と客、両方の評価を受ける。業務の質を担保するためだ。開始当初は何度も不手際を繰り返し客を怒らせ、その度に低評価をくらい、再三ルーバーに注意を受ける。それでもめげずに頑張っていたら、半年を過ぎた辺りからコツが掴めてきたのか客とクライアントの評判上がってきて、今では高評価98%のベテランだ。(少しも嬉しくはないが)先程コンビニから依頼を受け、今、商品をこの男の住まいまで運んできている。さっさと次の配送に向かいたいのだが、客からの不評は商売に差し支えるので、やむおえず丁寧に対応している。

「やり方次第ですね」

「一日どれくらい稼ぐんだ?」

男は興味津々といった風で問いを重ねてくる。こんな豪勢なマンションに住んでいるのに、何故こんな小銭バイトに興味を示すのだろう?

「一日フルでやった場合、波はありますが一万数千円程度、雨の日はもっと稼げます」

男はピュウと男は口笛を鳴らして言った。

「悪くなぇな。俺もやろうかな」

「あんまりお勧めしませんけどね」

僕は苦笑いしつつ答えた。男は怪訝そうな表情を浮かべて答えた。

「なんでだよ」

ルーバーに仕事を紹介して貰っている手前、あまりネガティブなことを言う訳にもいかず間接的な表現にとどめる。

「これ、自分の時間を切り売りしているのと変わらないんです。限りある貴重な自分の人生を小銭に変えている。他にやる事はないのか、っていつも自問自答する自己嫌悪の日々です」

予想外の返答だったのか、男は目を白黒させてただ立ちすくんでいる。この機を逃さず僕はすかさず言った。

「すみません、次の配達がありますので失礼して宜しいですか?」

「あ、ああ」

「ご利用ありがとうございました。あ、あとドリンク美味しかったです」

「おう、頑張れや」

その言葉と共に男が扉の向こうに消えた。僕は配達終了の手続きをすますため、スマホを取り出し画面を見る。


依頼元;ローソン○×丁目店

配達品:食品、生活雑貨

お届け先:○×県△市◇町5-11―2 クリスタルマンション501号

距離:4.5㎞

報酬:1,175円


配達を終了する


最後の一行はスライド式になっていて、ここを右側に滑らせると配達終了となり報酬を受け取れる。ルーバー配達員至福の瞬間だ。僕は素早くスマホを操作して報酬を受け取る。軽く伸びをしてエレベーターホールへと向かう。

マンションを出ると夏の日差しが出迎えてくれた。体中をまとわりついてくる熱気に煩わしさを感じながら、マンション入口付近に停めておいた自転車の所へと向かう。ロックを外し、またがると尻が焼けた。サドルが直射日光により焼石と化しているのだ。条件反射気味に足と背筋が伸びあがる。ダメだ、とても尻を乗っけられる状態ではない。少し先に公園があり、その真ん中になんかのCMででも出てきそうな大きな木が見える。木陰は涼しそうで、休憩するにはもってこいだ。僕は手押しで自転車をそこまで運び、スタンドを立てる。木に寄りかかって一息ついているとお腹が鳴った。時計を見ると、短針と長針が、天井で今当に重なろうとしている。

「飯にすっか」

ボソリと呟く。この世に生を受けて二十四年、殆どの時間を一人で過ごしてきた。独り言には自信がある。スマホを取り出し画面にルーバーアプリを呼びだす。いつも唐突に現れるウーバーからの依頼を一時的にカットするためだ。


見神北斗(みかみほくと)さん、リクエストを停止しますか?


画面に映るルーバーからのメッセージ。


はい、を選択し、僕は手押し自転車で駅前にあるハンバーガーショップへと向かった。


チーズバーガーセットが乗ったトレイを手に、席を求めて店内を徘徊する。昼飯時だがちらほらと空席がある。僕は店内最奥の、四人がけの席に陣取った。周りには誰もいないので静かに過ごせそうだ。包装紙を破り、チーズバーガーにかぶりつく。いつもの代わり映えしない味。肉やチーズ、パン、高カロリーの塊なのにどこかスカスカした感じが拭えないのは何故だろうか? 

「所詮はジャンクフードだな」

最初の一口を嚥下して軽く呟く。それから淡々と、コーラとポテトを肴にチーズバーガーを三分の二程平らげた時、スマホが鳴る。着信だ。パネルを見ると母親の名前。悪いとはとは思いつつも、いつものように顔をしかめてしまう。用件は聞かなくても分かる。耳に出来た蛸が、頼みもしないのに母の言葉を完全に再現してくれる。

「いつまでフラフラしてるの。早く就職しなさい」

「なんのために大学まで出したの」

「早く身を固めて孫の顔をみせておくれ」

「◯◯さんのところの昇太くんは司法試験に合格したそうよ。羨ましいわ。あんたも負けないくらい今から頑張ってよ」

世間体と見栄から産み落とされる醜い言葉達。うんざりする。うちはうち、よそはよそだろう。自分の子供をよその子供と比べて誰が救われると言うのか。だが、言っている事は分からんでもない。この日本ではちゃんと学校に行って、良い会社に入り、安定した組織の中で無難に生きるのが正しい事なのだろう。だが何故だろう? 僕はどうしてもその正しさになじめない。

『皆と同じ様にしましょう』『出る杭は打たれる』

この日本社会を覆う強大な同調圧力に膝を屈するべく、迷いを抱えたまま就職活動をするも三日もたなかった。『良い会社に入るのが幸せ』というが、組織に飼われるのが幸せなのか? 飼い犬と何が違う? 皆で同じ様な衣装に身を包み、皆で同じ様な事を右えならえの如く毎日毎日繰り返し行う事に異様なモノを感じてしまう。学校に通っている間も、何の為に学校に通うのか分からなかった。

『何のために学ぶのか』

教育とはその疑問に答える事から始まるものだと思うのだが、十二年間の学生生活は、僕にその答えをもたらしてはくれなかった。まぁ、もたらす答え自体が無いのかもしれないが。


就職活動を始めるにあたって、何のために働くのか、父親に相談した事がある。その時の答えがこれだ。

「働く事で飯が食えるんだろう? 人は生きるために働くんだ」

生きる為に働くと言われているが、そもそも『生きる』ってどういうことだ? 組織の犬となって仕事と餌を前に尻尾を振る事か? それが『生きる』と言う事ならば、


僕は生きなくていい。そうまでして生きたくはない。


こんな僕だから就活を初めて最初に参加した、とある上場企業の合同面接会場にて僕は決壊した。その場でいきなり立ち上がり、係員の制止を振り切って帰宅してしまった。その日以来僕は就活をやめ、自宅警備員となる。怒鳴りまくる父親、泣きわめく母親にうんざりし、ある晩書置きを残して少しの現金と寝袋、生活雑貨を抱えて僕は家を飛び出した。そして今、生活費をルーバーで稼ぎつつ、相棒の自転車と共に日本中をフラフラと旅をしている。将来の事とかどうでも良かった。ベッドに寝っ転がって、誰にも邪魔されずユーチューブを見ている時が一番の幸せなのだ。僕は怠け者の社会的不適合者なのだろう。その自覚はある。でも恥ずかしいとか申し訳ない、といった引け目みたいなものはない。間違いだらけの社会に適合できないのは正常の証だ、とむしろ開き直ってさえいる。気の利いた歯車になるくらいなら死んだほうがましだ。勿論将来の不安はある。特に大怪我や大病を患ったらどうするのか、と。 

だが、そこは起きてから考えればいいわけであり、最悪の場合は生活保護もある。何とかなるだろう。今の日本で飢え死にすることはない。僕はこの社会ではエイリアン。誰からも退治される事なく、このまま毎日ダラダラ過ごしてなるべく早く死にたい・・・・・・。


僕の後ろ向きな思いを非難するように鳴り続ける電話。段々と着信音が母親の声のようにに思えてきて煩わしい事この上ない。僕は「電話に出ない」のボタンを押し、スマホの電源を落とすと昼食を再開した。


トレイの上のモノを全て平らげ、満腹感に満たされつつ幾つかの動画を見る。何気なく時計を見ると十三時十五分。後半戦スタートだ。僕はトレイを片付けて店を出た。


マックから出て自転車に乗ろうとした途端にアプリが鳴った。仕事の依頼だ。僕は早速画面に表示された依頼内容を確認する。


依頼:物品配達

依頼元:スーパー弥生亭

住所:●●県◯◯市◯◯町八丁目十八番七合

届け先:◯◯役場

報酬:一万二千三百円


ん?


僕は報酬の桁を見直した。確かに一万二千三百円だ。千二百三十円の間違いではない。何なんだ、この依頼は? 報酬額が普通の十倍だ。ヤバい案件なのだろうか? それとも配達距離が異常に長いのか? 依頼元から依頼先までの距離を調べてみるに、大して長いわけでもない。精々四キロから五キロだ。クライアントはスーパーで、注文者は役場だ。両者共に問題ない。どの点を見ても、この依頼に不審な点は全く見当たらない。おかしいのは報酬額だけだ。どうみても普通の案件なのに、何故報酬が十倍なのか? 僕は熱がおさまったサドルに跨って暫く考える。

どうするか。僕は暫し迷う。お金は欲しいがその為に世をたばかる気はない。断るか、と一瞬考えるも、ちょっと待てよ、と思い直し僕はこの件について別のアプローチ試みる。ルーバーはまごうことなきアメリカの上場企業だ。これが零細企業ならいざしらず、コンプライアンスなどなんだのと、世間からがんじがらめにされている天下のマンモス企業がヤバイ橋を渡るだろうか? 考えすぎか。報酬が不自然に高いのにはそれなりの理由があるとは思うが、命や社会的立場に悪影響を及ぼすようなことをさせることはないだろう。そう考えてみると、これはかなり美味しい案件なのかもしれない。一万二千三百円あれば、明日一日は働かずに寝床のウィークリーマンションで一日中のんびりできる。僕の中で断る理由がなくなった。僕は素早くスマホを操作して依頼を受けた。


依頼元のスーパーから細々とした雑貨が入った袋を受け取る。中身を軽く覗き込むと、生活雑貨の他に肉切り包丁と研石が満載だった。見なかった事にしてバッグにつめ、配達先への役場へと向かう為に愛車へと向かう。


気楽な日々、幸せだ。


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