第09話「噛み合わない戦い」
「ええい、しつこいな!」
追ってくる影を羽根で牽制しつつ、足を止めたところに火炎瓶や聖水入りのツボなんかを投擲しているものの、効果は薄い。
先頭の3体はなんとか倒したが残りの影は元気にこっちへと突っ込んでくる。
「ワールルー!!」
「ふっ!」
突っ込んできた影を躱すべく、俺は天井の梁の一本に手をかけ、そこを支点にぐるりと身体を回転させると、影の爪が空を切った。
「ドリャ!」
「ワッ!?」
そして回転の勢いを活かしてがら空きになった背中に蹴りをお見舞いしてやると、影は壁に叩きつけられた後に消滅する。
そこに視線をやった時、天井付近に窓がある事……そして、その窓ガラスに傷一つない状態である事に気が付いた。
それを確認すると、もう一度身体を揺らして勢いづいたところでその窓に向かって足から飛びこむ。
「『くらましの影』!」
その際、脇に抱えていた彼女を抱き寄せて羽根でガラス片をガードした。
ここまで随分手荒く扱ってしまったが、窓ガラスが無事で上から襲撃してきた影がいない以上、屋根は店内に比べれば安全なハズだ。
そうなれば、あの影の発生源は店内だろうか?
そんな事を考えながら片手の握力にものを言わせて壁を伝いきって屋上に登った俺は、すぐ眼の前にいた影に思わず息を呑む。
「なんっだ、こりゃあ……」
そこには真っ黒い卵のようなものが鼓動に合わせて揺れている、見たものの心中に不安を煽るようなものが蠢いていた。
しかも、その大きさは直径が店の屋根より一回り小さいくらいに大きい。
こんな大きいサイズの化け物に相対したのは初めてであり、そのあまりのインパクトに頭の中が一瞬真っ白になる。
「はっ!」
その卵から数本の触手が伸びてきているのに気が付いてようやく頭が動き出した俺は、まだ無事な屋根に慌ててよじ登り、後ろに彼女を下ろした直後に引き抜いた剣で触手を払う。
触手は影の見た目通りに剣をろくな手ごたえもないままあっさりと通し、その先をボトリと落として屋根から店の通路へと転がり落ちていく。
目でその触手の切れ端を追うと、切れ端が分裂しまた人型の影になっていくのが見えた。
「……なるほど、見た目通り卵って訳か」
卵を見返すと、殻に該当する部分から次々と影が剥離し、地面については人型を形成していくのがチラつく。
恐らく今回の影人間の製造元もこれだろう、早く片付ける必要がありそうだ。
「今ならっ!!」
身体から剣に魔力を通し、二つを強化するとその場から跳躍して殻ごと中身を貫こうと剣を逆手に持ち、卵を刺し貫こうとする。
「……なあっ!?」
もう少しで剣が届く、そんな時に屋根が崩れて卵が沈みだし、想定外の事に体勢が崩れた俺もまた崩壊に巻き込まれるのだった。
☀~~~☀
『シャーッハッハッハ! 早くしないとあの人たちはどうなるんでスかねぇ?』
「このお! どいてよっ!」
スカムと影人間ことワールルとの戦いは、正直いい状況とは言えなかった。
エネルギーを吸われ続ける人たち、助けたくてもスカムがそうはさせてくれない。
UFOから伸びる腕を器用に使って天井に行こうとするわたしを邪魔してくるのだ、隙あらば腰に付けたエスパッションを奪おうとするから、強引に突破もできない。
「はっ! やあっ! ……くっ、キリがないわね!」
『ワルルルー!!』
地上のワールルたちはひとみ先輩が一人で受け持ってくれているが、斬っても斬っても湧いて出てくるやつらとの戦いはまだまだ終わる気配がない。
「えいっ! とおっ! ……くうっ!」
『シャッハッハッハ! ぜーんぜん効いてないでスよ!』
すいなちゃんは地上から浄化のインクを飛ばしているけど、これもスカムに邪魔されて届かない。
しかも、インクを受け止めてもUFOの腕はなんともなく、壊すこともできそうになかった。
「どうしよう……!?」
「……すもっ、フラムちゃんっ」
一瞬、わたしの本名を呼び掛けたすいなちゃんが小さい声で手招きする。
内緒話の合図だと気づいたわたしは、スカムがUFO内でくつろいでこっちを見ていないのを確認して耳を寄せた。
「ごにょごにょ……」
「……! わかった!」
すいなちゃんの作戦を聞いたわたしはその話にビックリするものの、キリッとした目のすいなちゃんを見たら心配は消えて必殺技の構えをする。
気合を込めて以前よりもずっと早い時間でエスパッションにキュートエナジーをチャージした。
『お話はおわりましたか?』
「そこ、どいてもらうんだから!」
ようやくスカムがこっちに目を向けるけど、わたしの準備はもう完了!
エスパッションから拳に移ったエナジーが燃え盛り、私はその技の名前を叫ぶ。
「『エスキュート・フラム・シュート』!」
『おっと! 大技がそう簡単に当たるわけが――』
「今だよ、オーちゃん!」
突き出した拳と共に放たれた炎はあっさりと躱され、天井に届くことなく火が霧散していくが、そのすぐ傍には同じくエスパッションをチャージし終わったすいなちゃんが空中に飛び出していた。
わたしの炎で目くらましをされていたスカムがそれに気づけるはずもなく、奴が何かする前に今度はすいなちゃんが技を放つ。
「『エスキュート・オー・ウェーブ』!」
『し、しまったぁぁ!?』
すいなちゃんのペンから溢れる虹色のインクが繭にされた人たちを包んでいく。
天井にへばりついていた影は次々と浄化され、その影に縛り付けられていた人たちも解放され、ゆっくりと床に降ろされていく。
そしてそのままペン先を床に向けたすいなちゃんの必殺技が残りのワールルたちを包んで一瞬で浄化した。
「やったぁ! やったねオーちゃん!」
「うんっ! フラムちゃん!」
その光景にわたしたちの勝利を確信し、思わずわたしは飛び上がってすいなちゃんに駆け寄る。
すいなちゃんも少しふらふらしてるけど、わたしと同じ笑顔で駆けて来た。
「フラム! オー! 気を抜かないで!」
『ぐっ、ぐぬぬぬ……おのれぇ……』
ひとみ先輩の言葉に二人してはっとすると、上で悔しがっているスカムに向かって構える。
一方のスカムは自分の計画を邪魔されて心底くやしそうにわたしたちを睨んでいた。
『ええい、エネルギーを持ち帰れるだけの量は集まりませんでしたが……まあいいでス! 孵化には十分溜まりました!』
スカムが仰ぎ見るように両手を掲げ、わたしたちも改めて天井を見上げる。
そこには繭を作った時に開けたであろう無数の穴からひびが入る光景だった。
『この上でエネルギーを溜めた新たなボガスカンが今! 誕生するのでス!』
「……! 上が崩れるわ! 二人とも、急いでこの人たちを!」
「はいっ!?」
「ふえっ!?」
これから何が起こるか先に察知したひとみ先輩の指示に、わたしたちは動揺しつつも両手と両脇に抱えられるだけの人を抱えて店の外へと跳躍する。
幸い3人で抱えきれるだけの人数だったので、誰一人崩壊に巻き込まれる人なく――そうだ、のぞみ先輩は!?
『おーっと! そこまででス、エスキュート!』
「……なんですって!?」
わたしがのぞみ先輩を探している時、ひとみ先輩の悲鳴のような声が響く、わたしがその声に思わず振り返るとスカムのUFOの腕にはいつの間にかのぞみ先輩が抱えられ、頭には銃のようなものを向けられていた。
最悪の状況に、全身が凍り付くような錯覚が襲い掛かる。
『この人間を助けたければ、大人しくボガスカンの誕生を見守ることでス!』
「うぅっ、そんな……!」
「くっ……! ず、ずるいよ、人質なんて!」
「スカム、あなたっ、どこまで卑劣なの……っ!」
わたしたちが何を言っても、スカムは平然と笑い流してゆらゆらとその場で揺れるだけだ。
どうすればいいのかも分からず、わたしたちがその場に立ち尽くしているとやがて地面が大きく揺れ出し、スカムの背後にある影の卵がひび割れていく。
『グ、ボボボ……!!』
やがてひびから強大な腕が飛び出し、その腕が自分を包む殻を掴むと、そのまま力任せに打ち砕いてその姿を現した。
『ボガスカーーーン!!』
出て来たのは、太った体にもう一つ大きな口をつけたような、恐ろしい見た目のボガスカンだった。
人を一気に3~4人は食べられそうな口から涎がだらだらと出ている様子は、まるでわたしたちをごちそうとして見ているよう。
『シャッハハハハ! 原産地100%! 地球産ボガスカンの完成でス!』
「地球産っ!? ここにあんなのいないよっ!?」
すいなちゃんの悲鳴混じりのツッコミも無視し、スカムは一通りボガスカンの周りを回って満足げに頷くと、おもむろにUFOの腕を動かす。
『さて、せっかく生まれたこのボガスカンでスが、生まれたばかり故パワーが足りません、でスので……』
「!? 待って、のぞみ先輩をどうするつもり!?」
ボガスカンの上でスカムはのぞみ先輩を指で服の端を摘まんでプラプラと揺らす。
あいつはそんなのぞみ先輩を見て今にもかぶりつきそうな程じっと見てる……!
「まさか……! やめなさい、スカム!」
『餌の時間でース!!』
わたしと同じ考えに至ったひとみ先輩と一緒に駆け出し、すいなちゃんも後に続く。
だけどそれよりも先にスカムの指が離れる方が早くて、落ちていくのぞみ先輩がひどくゆっくりに見えた。
「のぞ――」
わたしたちが駆けつけるよりも、わたしの声が届くよりも前にボガスカンの口がのぞみ先輩を包んでばっくりと閉じられた。
TIPS
【時空間魔術(算術)】…数学者でもあったある魔導師が開発した最新鋭の魔術の一つ。
かつては時空の邪神と契約した狂人のみが扱えた禁術であったが、近年の研究によりそのメカニズムが解明され、無駄な過程を省いて理論上は誰でも扱えるようになり、神秘ではなくなった魔術でもある。