第07話「組織というのはめんどくさい」
「だから! この血は追跡魔術の触媒にしますって言ってるでしょう!?」
……魔術師と一言で言っても、いろんな奴がいる。
大きく三つの部類に分かれるが、まずは俺みたいに怪物退治の専門家は『退魔師』と呼ばれ、伝統ある名家から才能ある新参者まで色んな人種身分の人間たちの坩堝である。
一見結束とは無縁のバラバラ集団に見えるが、東西南北文化が違えども有害な化け物共をぶっ殺し、はた迷惑な術師をしょっぴくという目的は共通なので意外と軋轢は少ない。
ていうかただでさえ人の入れ替わりが激しい仕事――世界平均で大体4分の1が3年以内に殉職する。因みに日本は殉職率ワースト6位と先進国の中で一番高く、平均より多く死ぬ――な上、21世紀に入って俺のように色んな宗派の術を使う人たちが増えているのでそういう違いを意識する人はほとんどいないのだ。
「未知の触媒をいきなり消費する馬鹿がおるか! こっちで解析して増産可能にしてからじゃ!」
次に、色んな文化圏で使う魔術や呪術などを研究、発展させるのが『魔導士』と呼ばれる人たち、この人たちはとにかく研究熱心で新しい技術もどんどん取り入れていく魔術業界の最先端を行く人たちだ。
構成員は意外な事に科学者やエンジニアといった糸人が多く、科学技術もふんだんに取り入れているせいか無神論者や変わった宗教観を持った変人が多い場所でもある。
因みに、俺がこの業界に入るきっかけとなったあの本も、彼らの研究資料や研究結果を纏めた者がせっかくだからと勝手に出版したのだそうだ。
あわよくば才能ある人がその能力を開花させて魔術師増員も狙ったらしいが……そのせいでトラブルが多発し、すぐに色んな人に怒られまくって速攻絶版にさせられ、主犯は最前線の退魔師へ強制異動という事実上の死刑に処されたとの事。
独学で組織に属さない野良術師が各地に発生し、今も度々事故や術の悪用による事件がチラホラある以上、普通に妥当な刑なのだが。
「そんな危ない呪いを放置だなんてとんでもない! すぐにでも浄化するべきです!」
最後に、人々や土地、物質にかかった呪いの治療を主な目的とするのが『祈祷師』、お祈りや儀式を通して悪しき力を無力化し退魔師の扱う装備に加護を与え、不用意にこの世界に深入りしてしまった一般人の記憶を処理する仕事をしており、一番所属している人数が多い、おやっさんもここに分類される人間だ。
こっちは伝統的な方法を採用し続けている祈祷師がほとんどなせいか魔導士とは考えが合わず、度々衝突を起こしている……そう、ちょうど俺の持ち込んだ返り血付きの手袋やコートを巡って――まあ、今回は退魔師も参戦して泥沼化しているのだが。
『……お前はどうするべきだと考える、コルウス』
そして、この三つの派閥をまとめ上げて『魔術協会』という組織として成り立たせている『審問会』の人間が目隠しした頭部を模した石造りのヘルム越しに俺に問いかけてくる。
こういう物の取り合いの揉め事が起こった時、審問会はもともとの持ち主に誰に預けるかという意見を主に判断を下すらしいのだが、ぶっちゃけどこを答えても一波乱ありそうなので正直選ぶこと自体が嫌だ。
「……お任せして、帰るっていうのは」
『駄目だ』
「ですよねぇ……」
せめてもの抵抗に帰宅を提案してみるが案の定一蹴されて終わり、ペストマスク越しに重い溜息を吐いた。
この後、同業の退魔師に預ける事にしたのだが『持っとくままなのも危ないけどせっかくの手がかりを破棄するのももったいない』って言っておいたから多分他の派閥との軋轢は少ないはず……多分。
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魔術師というのは基本的に互いに顔と本名を隠して接する。
というのも魔術や呪術の中には相手の顔か名前さえ覚えていれば距離に関係なく直接強力な呪いを与えられるという正しくチート術があるためその悪用の防止だそうだ。
そうして正体を隠す都合上、俺たち魔術師は基本的に一般の人に知られないように活動するし、人々が集まる場所は薄暗い地下だ。
今俺が歩いているこの埃っぽい場所も、地下鉄の廃駅……に見せかけた場所に作られており、魔術師としての能力を開花させている人以外には察知されない仕組みになっている。
「……マジか」
そこで俺は一枚の紙を持って項垂れていた。
その紙は憎たらしい事に英語で書いていたので頑張って翻訳して読んでみれば、以前失った銀の短剣、あれをもう一度おやっさんに作ってもらおうと祈祷師の洗礼を受けた銀と呪いの原料である水銀を注文していたのだが、今在庫はないわ洗礼を行う人員の一部が宗派の違いで揉め出したわで到着は数カ月先との事だ。
「浄化って他どうすんだっけ……聖水?」
祈禱師の人たちの販売店に足を向けながら思い浮かぶのはエスキュートと呼ばれる美少女たち。
二度も強敵から助けたのに怖がられてしまう原因を考えた俺は、思えば視野が狭かったのかもしれないと気づいた。
『とりあえず敵をボコる』ではあくまで降りかかる火の粉を払っただけ、根本的な原因解決にはなってないのだ。
「強けりゃいいってもんじゃないのかもな」
そう、俺にはチート転生者御用達の『ヒロインの問題をあっさり解決する』というイベントを経ていない、例えるなら追われているお姫様がいれば追っている黒幕を捕まえる、飢えに苦しむ村娘がいるなら村ごと土地を肥えさせる。
エスキュートたちは……たぶん、敵が生み出す怪物たちの浄化、つまり救済だ。
この前パンチを止められたのも、きっとあの鞭女も元は彼女たちの知り合いがダークエナジーとやらで暴走した姿に違いない……というのは冗談にしろ、攻撃手段が羽根と剣だけだと些か選択肢に欠ける。
「そうと決まれば善は急げだ……すみませーん!」
俺は癒しの術を記した本や触媒を販売している店舗の扉を叩く。
店員からの質問に答え、俺でも扱える回復系の術の呪文と必要な触媒をいくつか購入した。
……回復系の術書は道具に比べて需要が低く、あまり売り出していないせいか結構な金額を使ってしまった。
これでも宗教が政権を握ってるような時代よりはマシらしいが、高いものは高い。
「……コレ、しかも英語かよ」
英語の成績はあまりいい方ではないが、また本棚の肥やしにするには使った金額が大きすぎる。
なんと触媒合わせて14万3000円!
家にある英和辞典の場所を思い出しながら、俺は集会所を後にした。
その途中でスマホで時間を確認すると、ちょうど午後3時……おやつの時間と呼ばれる時刻が訪れようとしている。
そう考えると、無性に甘いものが食べたくなってきた。
「……あるな」
財布のじゃらじゃらした感触でおおよその残金を把握した俺は、帰りにスイーツ店にでも寄る事に決定したのだった。
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わたし、赤沢すもも! 今日はすいなちゃんのエスキュート記念って事でひとみ先輩も呼んで学校の近くのスイーツ店でパーティーをする事になった、んだけど……。
「エスキュート……ですか~?」
『プイ! めぐみもエスキュートになって欲しいっプイ~!』
スイーツ店の甘い匂いにプイプイが先に店に入ったと思ったら、店員さんの首元に抱きついたプイプイがエスキュートに勧誘してる……ってどういう事!?
「な、なっ……!?」
「あら、いらっしゃいませ~! ……プイプイちゃん、ちょっとごめんなさいね」
扉を開いたままの姿勢で固まっていると、プイプイがめぐみと呼んでいた金髪のおっとりとした店員さんが柔和な笑みを浮かべてこちらに頭を下げてくる。
後ろのすいなちゃんからは息を呑んでいるような音が聞こえ、ひとみ先輩も身じろぎ一つする気配がない。
そんな変な私たちに構うことなく店員さんはメモ帳とペンを持ってやって来た。
「何名様でしょうか~?」
「さ、三名デス……」
「かしこまりました~、お好きな席へどうぞ~」
辛うじて返事をしたわたしに店員さんが店の奥を手で促し、わたしたち三人がロボットのようにそれに従って進もうとすると、一足先に我に返ったひとみ先輩がぐるりと店員さんに振り返る。
「って、ちょっと待ってちょうだい! あ、あなた、プイプイが見えているの……!?」
「……あら? あなたたちもプイプイちゃんが見えるんですか~?」
そこで店員さんはずっとにこにことしていた表情を初めてきょとんとしたものに変え、目を瞬かせて驚いていた。
ひとみ先輩は言葉を選んでいるのかしばらく黙ったあと、周囲を見渡して今度は落ち着いた様子で店員さんに言った。
「プイプイが見えているのなら、話がしたいわ……ひとまず、人目のつかない所で」
「う~ん……わかりました、ちょっと待っててくださいね~」
店員さんは顎に指を当てて少し悩むそぶりを見せた後、店の奥へと入っていった。
そしてしばらくすると店員の証でもあるエプロンを脱いでこちらにやって来る。
「えへへ、早上がりしちゃいました~……人のいない席を知ってるんです、どうですか?」
「……わかったわ、そこへ行きましょう」
「……あわわっ! 待ってくださいひとみ先輩!」
「……あうっ!? ま、まってぇすももちゃ~ん!」
照れくさそうに笑う店員さんにひとみ先輩は一つ頷くと、一緒に横を歩いてどんどん進んでいく、ぼーっと今までの様子を見ていたわたしとすいなちゃんは慌てて二人について行った。
「……エスキュート、確認」
……その姿をじっと見ていた黒髪の少女に、その時のわたしは気がつかなかった。
TIPS
『射出』
詠唱:なし
触媒:飛ばしたいもの
条件:なし
説明:魔力の塊を破裂させて物を飛ばす技術、コントロールが必要なため取得難易度は基礎魔術の中で最も高い。
狭義的には基礎魔術は全て魔力のコントロール技術であって魔術ではないのだが、戦場で戦う者にとってはどうでもよいことだ。
刑二からのコメント
「俺が羽根を投げるときに地味に使ってる魔術だ、難易度が高いって言っても2、3日練習すれば投げたい方向に飛ばせるようになるぞ
これまた極まった人はこれで投石を銃弾のように飛ばすらしいけど……これは協会で見たことあるな、ムキムキのおっちゃんが大会の練習だか何だかで砲丸をすごい音立てて投げてた」