第05話「すいなの決心」
「ま、またやっつけちゃった……」
『プっ、プイイ……っ』
ふふん、どうだ、尊敬してくれてもいいんだぞ? ……あと妖精はいい加減俺を怖がるのをやめろ、こっちが悪者みたいじゃないか。
呆然と呟いているピンク少女を尻目に俺は浮かんでいる奴らをどうするか思案する。
上に乗ってるのは人間っぽいからお縄についてもらうとして……イルカモドキの方は今回あの女が召喚したっぽいな、ここで残して再召喚でもされたら面倒だ。
放置して知らん能力使われても嫌だし、先に処理するか。
「ま、待って、何してるの……!?」
「?」
剣を構えて飛びかかろうと構えた俺にピンク少女がはっと青ざめた顔で問い詰めてくる。
何をそんなに……ああ、そういえばこの娘グロいのダメだったな、知ってたはずなのに配慮が足りなかった。
「見たくないなら、目を逸らしておけ」
「だ、だめっ! だめだよ! あのイルカさんは、ショーのイルカさんなの!」
「…………」
え? マジで? 知らなかったんだけど!?
ていうか何? あんなデカい魔獣ショーに使おうとしてたの? 怖っ!!
「だ、だから、あの子を傷つけるなんて絶対、絶対許さないんだから!」
……いや、落ち着け、しかしそうなると水族館の動物である以上、殺して終わりってのは不味いよな、どうしよう。
……ん? 待てよ、彼女たちならなにかいい手段があるんじゃないか?
「じゃあどうする? あのままにしておくのか?」
「わ、私の必殺技で浄化すれば……!」
「……フン」
やっぱりあるじゃ~ん! 早く言ってよも~!
なんて安堵の溜息をこぼしつつ後ろに下がると、ピンク少女は未だこちらを警戒の眼差しで見つつ視線をイルカモドキに向け、必殺技を出すのだろう、拳を胸の前に持ってくる。
……知らなかったとはいえショーのイルカ切り刻もうとしたから今回の警戒は仕方ないけど、やっぱり腑に落ちないのであった。
「えいっ! えいっ! えいっ!」
すると彼女は何度も肘で自分の脇をどつきながら拳に炎を溜める謎の儀式を始めた。
……いやホントに何やってんの? 見たところあのイルカモドキなんともないよ?
「……何を、やってるんだ?」
「いまっ、必殺技っ、溜めてるのっ!!」
マジかよ……思わず素になって尋ねると彼女は思いもよらない回答を俺に叩きつけて来た。
いやまあ、これがエスキュートって人たちの文明で築いた魔術的な儀式なんだろう、ドン引きするのは失礼だ。
『フラム、やっぱりキュートエナジー使うのヘタっプイ……』
そうでもなかったようだ。
あと、この妖精の呟きでピンク少女の名前がフラムだと判明した、次からそう呼ぼう。
しかしこの調子だとちょっと暇だなーと思った時、視界の端でピクリと倒れている鞭女が僅かに動く。
俺が手早く武器を構えると、フラムも彼女が起き上がったのを見て慌てた様子で必殺技を溜めようとする。
「うぐぐぐ……よくも、やってくれたわねええ……!!」
「わああっ!? どどどどうしようっ!?」
フラムの拳を見ると、まだ溜まっている炎は完全でないように見える。
事実、彼女は未だに儀式を続けたままで自分の拳とあの鞭女の間で視線が揺れていた。
――よし、こういう時こそ、俺ことチート転生者の出番だな。
「こっちで時間を稼ぐ、後は任せよう」
「えっ!?」
俺が前に飛び出すと同時、鞭女もイルカモドキから飛んでこちらのステージに飛び移って来る。
フラムから距離を置いて一対一、俺たちは完全に互いを視野に入れて向かい合う。
「いい気になるんじゃないわよ! アタシにはあの方が与えてくださったエナジーがある、そんじょそこらのボガスカンとは違うのよ!」
「…………」
いつもならすぐに攻撃に移るのだが、今は時間稼ぎがメイン、鞭女が喋って時間と情報を提供してくれるならと俺は油断なく盾を前にしながら彼女の言葉に耳を傾ける。
「さっきは上手く立ち回ったつもりでしょうけど、アンタみたいなこずるい人間如きの小細工でアタシが倒せるわけないの!」
「……」
でもお前、さっきその小細工に嵌って気絶してたじゃん。
「ボガスカンだって、ダークエナジーで何体だって作れる……! アンタがどれだけ頑張っても無駄なの!」
「…………」
でもお前、別にそのエナジー自分の力じゃないじゃん。
「そうよ! アンタみたいな卑怯者なんかに、アタシが負けるはずないのよ!」
「………………」
でもお前、イルカの命を盾にしてたじゃん。
……だめだ、ツッコミどころが多すぎる割に何言ってるのかあんまりわかんない。
いや、まあイルカモドキの製造過程が何となく分かっただけでも良しとしよう。
「そう、もうアタシはなんでも上手くやれるのよ……! あの頃のアタシなんかじゃない……!」
それよりも、この鞭女の異常なまでに興奮しているのは何だ? 単に物事が上手く行ってない事への苛立ちとは思えない。
……これが噂のヒス女ってやつか、面倒くさいな……。
「ハァ……」
「っ! アンタまで……アンタまでバカにして……っ!」
あっやべ、つい溜息が出た。
膨れ上がる殺気に自分の迂闊さを呪いつつ、襲い来る鞭打に備えた。
☀~~~☀
「がんばらなきゃ……成功させなきゃ……!」
『フラム……』
すももちゃんが必死に必殺技を溜めていますが、その横ではプイプイさんがすごく心配そうな表情で見守っていました。
……実は私も、気になる事があります。
最初にあのお姉さんは炎は無力だと言ってました、そしてすももちゃんの必殺技も、多分炎……ひょっとしたら、失敗してしまうかもしれません。
……そうなったら、すももちゃんは、どんな気持ちになるだろう?
「このっ! このっ! ちょこまかと!」
「……!」
それに、あそこでお姉さんと戦ってるコルウスさんだって、どうなるかわかりません。
あの人の事は、全く分かりませんけど……でも、エスキュートでもないのに今もすももちゃんの代わりに戦ってくれている事は分かります。
「イルカさん、今っ、助けるからね……っ!」
……戦うなんて、私にはまだ怖い、怖い、けど……。
でも、すももちゃんが、コルウスさんが、プイプイさんが、みんなが頑張っているのに、私だけ何もできないなんて――
「や、やります……!」
「すいなちゃん……?」
そっちのほうが、もっと怖い!
「プイプイさん! 変身のやり方、教えて!」
『プイィ~! もちろんっプイ!』
☽~~~☽
……ちょっとキツいかも知れない。
そんな弱音が出そうなのを抑えて、盾と剣で鞭による怒涛の連撃を捌いていく。
戦いはあの女の方が優勢だった、怒りに駆られても戦闘面での冷静さまでは失われていなかったようで、こっちの踏み込み含めた剣の射程距離を意識した上で、絶え間なく鞭を振るってくるのだ。
そうなれば、こちらに反撃の手段も道具を取り出す暇もない、これは向こうが意識した事ではないかもしれないが、魔術の詠唱も唱える暇がなかった。
それに、下手にこの場から動けば後ろのフラムにまで危険が及びかねない以上一旦離れることもできずにただ体力だけが削られていく。
「いい、加減、倒れなさいっ!!」
「チッ……!」
先程のイルカモドキの時と言い、こいつは自分が有利な状況を作り出すことに長けているタイプだ。
相手を観察して手段を潰したり、相性有利を押し付けたりするタイプの俺にとって相手が悪い、何故なら似たような戦い方をする奴同士がぶつかれば、地力が高い方か自分の地形で戦える奴の方が強いからだ。
その点、ダークエナジーとやらで強化されている鞭女は自前の魔力で強化しているだけの俺より身体能力が高く、ここは奴が用意したステージの上、俺に有利な条件なんて何一つなかった。
――しかし、それをただ座して受け入れるのはチート転生者のやることではない。
「ぜぇ、アンタ……っ! アンタ、なんか……アンタなんかぁっ!」
鞭女は常に全力で攻撃しているせいで攻撃の精細さを欠いて、ただ大雑把に鞭を振るう攻撃になりつつある。
そうなると、攻撃の予測も容易くなり、また彼女が一息入れるタイミングも次第につかめて来た。
一度きりだが、隙を突ける――こっちの残り体力的にも、これが最初で最後の勝ち筋だ。
「――フッ!」
「なっ――!」
そして次の一呼吸、俺は勝負に出た。
こちらの予想通り力強く踏み出した一歩は妨害を受けることなくバネを作り、次に全身を前に進ませる。
鞭女は慌てて迎撃しようとするが、鞭という武器は遠心力が肝要である以上至近距離では効果を発揮しない。
「もらった……!」
俺は盾を捨てて懐にある切り札の銀の短剣で彼女を無力化しようとし――その手が空を切った。
……アレ? いつもここに仕舞ってたはずじゃ…………アッ!!
前の魔人戦で溶かしてたじゃん!! やべえ攻撃手段がねえ!!
う、うおおお食らえコルウスパーンチ!!
「ぐべっ!?」
盾捨てちゃったからもっかい距離取られると終わる……!! このまま気絶させるしかねえ!!
もう一発コルウスパンチ!!
「があっ!?」
コルウスパンチ!!
「ぎゃっ!?」
パンチ! パンチ! パンチ! パンチ! パンチ! パンチ! パンチ――!
TIPS
『物質強化』
詠唱:なし
触媒:強化したい物質
条件:なし
説明:物質に魔力を通して循環させ、強度を高める魔術。
偉大な魔術師がこの術を使えば、木の枝が鋼鉄の鎧を刺し貫くことさえできるという。
筆を選ばないのは、弘法だけではないのだ。
刑二からのコメント
「これもまあ、武器を使って戦うならみんな使ってるかな、でも物質によって通しやすさとか通し方とかいろいろ変わってくるから、この魔術を使ったからっていきなりなんでもかんでも強い武器になったりはしないぞ」