第35話「広がる縁の輪」
「――それで、今日は後輩たちと一緒に特訓を行う事になったんです」
「な、なるほど……そういう事だったんですね」
気まずい、宙銀さんに会って思った事はまずそれだった。
先日、美音さんから『エスキュートの関係者かも知れないから気を付けろ』と言われた矢先に、しかもこんな遊びに来た場所で遭遇したのである。
当然、心の準備が出来ていなかった俺はしどろもどろになりながら彼女と会話する事になってしまった……幸い、宙銀さんは特に気にしてはいないようだが。
『……この人が、例の宙銀さんですか』
そして、美音さんとのオペレートによる連携の練習のため、腰に身に着けていた通信機《ref》先端がいろんな色に光る日本国旗のような板、通信に加え相手の取得した情報を感覚的に共有する機能もある。光の色が一致する同じ国旗の板同士でのみ通信が可能で、事前に使用する色を申請しなければならないらしい。《/ref》から彼女の普段より一段低い声が漏れ出て来る。
本格的にオペレーターとして任務に参加する事になった美音さんには、改めてこれまでのエスキュートとの関わりを話しており、その内容を聞いた彼女はそれはもうご立腹だった。
『とっ捕まえて協会に突き出したら罪に問えませんかね?』なんて言い出すほどにはイラついていたのだ、あの目からしてきっと冗談で言っていなかっただろう。
いやあ、あの時は機嫌を直すために大変だったなぁ……としみじみ思い浸っていると、不意に宙銀さんは俺に申し訳なさそうな顔を向けて来た。
「……すみません、部活に全く顔を出さないまま、後輩の指南だなんて不義理だというのは分かっています、けれど――」
「え? あぁー! あぁ、あぁ、ぜーんぜん気にしないでくださいよ! 前にも言いましたけど、そういう風になっても問題ないって始めたのオカ研からですし!」
『むしろ来ないでください……』
何かと思えば、以前も気にしないでいいと言った事を宙銀さんは再び頭を下げて謝罪してきた。
まあ、単に来ていないのと、来てないのに他の部活――それも中学校の部活動を手伝ってるってなると大分印象が変わって来るからだろう。
むしろ、宙銀さんがエスキュートの関係者だというなら部活に来られると魔術関連のあれこれを探られかねないし、そっちの方がむしろ都合がいいのだ。
あと美音さんの機嫌が急降下するだろうし……理由は、まあ人見知り以外にも仕事の邪魔してくる相手って認識だからだろう。
因みに、現物を見ている俺としてはエスキュートたちなりにまあ頑張ってはいるのかな、なんて考えているので時折イラっとする事はあっても今のところそこまで悪感情は持っていない。
……でも戦闘の妨害は止めて欲しいものである、切実に。
「ああ、そうだ……折角ですし、後輩を紹介させていただきます、まずはこちらの元気な赤髪の子が赤沢すもも」
「えへへ、よろしくお願いします!」
『おバカそうですね……刑二くん、雑音立てるのをやめてください』
こらっ、やめなさい美音さんっ!
宙銀さんの知り合いだからか辛辣な反応をする美音さんに対して板をトントンと叩きながら、手を挙げて挨拶してきた子を見る。
背の具合からして多分中学1年生くらいだろうか? いや、そんなハッキリ言えるほど女性との関りがあったわけではないが。
……とにかく、まだまだあどけなさの残る赤沢ちゃんに視線を落とすと、彼女はニコニコとした人懐っこそうな笑顔を俺に向けて来る、ううむ、これが犬系女子と言うやつだろうか?
「次に、こちらの青髪の子が水島すいなです」
「よ、よろしくお願いします」
『暗そうですね……ひぃん!? 変な音出さないで下さい……!?』
やめなさいと言ってるでしょうに! ていうかそれ美音さんも人のこと言えないでしょ!
通信機に指を擦ってぞりぞりと音立てながら今度はやや緊張気味な様子で俺を見上げる水島ちゃんへと視線を移す。
チラリと見えた鞄の隙間からは漫画の単行本らしきものが覗いており、意外とオタク趣味なのかもと思案する。
とそこで、まだ自分が挨拶していない事に気が付いた俺は視線を二人の中央に向けながら会釈よりやや深い角度で頭を下げた。
「どうも、初めまして処沢刑二です、宙銀さんの……先輩ですね、はい」
『……刑二くん、あまりオカ研に興味を持たれても面倒です、早い事会話を切り上げて離れましょう』
一瞬、なんて言おうか迷ったが結局は同じ学校の先輩後輩の関係でしかない事を思い出して無難な自己紹介を済ませる。
あんまり長々と話して魔術師の事をこぼしてしまっても大変だし、美音さんからの催促もあるので俺はその場から離れようと彼女たちと反対方向に足を向けた。
「それじゃあ俺はそろそろ――」
「そうだ、処沢さん、さっきのジャンプなんですけど、コツを教えていただくことはできませんか?」
「えっ」
と、思ったら宙銀さんに呼び止められ、更にはとんでもない事まで要求されてしまい思わず足を止める。
振り返って呆然としていると、通信機から少し焦った様子の美音さんの声が響いてきた。
『刑二くん、ダメですよ……あなたはうっかり屋さんですから、情報漏洩のリスクは避けなくてはなりません……』
「あっ、そうだ! さっきのジャンプ、凄かったですよ! びよ~んって!」
「……確かに、あの跳び方を教えてもらえれば助かりますけど……その、いいでしょうか?」
「えっ、えっ」
宙銀さんだけでなく、はしゃいだ様子の赤沢ちゃんや少し考えた後におずおずとお願いしにきた水島ちゃんまで加わり、俺の心は数の力に押されそうになっていた。
「その……お願い、できますか?」
「うぐっ……!」
宙銀さんに僅かに期待を孕んだ目を向けられて思わずたじろぐ……ここで彼女の提案を断るのは簡単だ。
連れが待っているだとか、たまたま上手く行っただけだからアドバイスできないだとか、部活来ないのに自分の用事手伝わせるの? とかそんな感じの事を言えばこの場を切り抜ける事はできるだろう――いや、最後のはちょっと棘がありすぎる言葉なので絶対使わないが。
しかし、先日宙銀さんにまあできる範囲なら甘えてもいいよ? みたいなセリフを吐いておいて早速お願い断っちゃうのはアレだ、ちょっと薄情すぎる。
それにあそこまでメンタル追い込まれていた人なんだし、こういうところで少しでも素直に楽しんでほしいというのが俺個人の心境でもある。
「……どうしてもダメですか?」
『…………はぁ』
通信機越しに美音さんにお願いすると、長い沈黙の後に彼女の溜息が響いた。
駄目だろうか、駄目だよな、途中で急に別の人と過ごしだすなんて普通に不誠実だよな……なんて考えていると、彼女が少し息を吸った後、再び話し始める。
『えぇ、そうですもんね……刑二くんはお人好しですもんね……えぇ、えぇ、分かっていましたよ……』
「あぁぁ……すみません、ほんっと少しだけなんで……!!」
どよーん、と効果音が尽きそうな程暗い調子で話す美音さんに心の中で何度も頭を下げる。
あれ、俺って今めちゃくちゃ最低な男なんじゃね? やっぱり今からでも連れがいるって言って宙銀さんのお願い断った方がいいんじゃ……。
『……フゥー』
「うひゃあ!?」
なんて考えていると、突如美音さんは耳元がぞわぞわするような吐息を吹きかけて来る。
不意を突かれた俺はその場で奇声と共に飛び上がってしまい、宙銀さん達に不審な目で見られてしまう。
「ど、どうしたんですか処沢さん!?」
「い、いやぁ、ちょっと耳元で虫が……!」
『さっきのお返しです……ふんっ』
宙銀さん達を誤魔化しながらどうしようか迷っていると、幾分か落ち着いた様子の美音さんの声が通信機から響いてくる。
『……これと、お昼は刑二くんの奢りで二人一緒にアイス食べましょう……それで許してあげますから』
「美音さん……!!」
ありがとうございます!! そして本当にすみませんでした!!
決して実行できないが、そんな大声を出すような気持ちで美音さんに感謝と謝罪を捧げる。
彼女はアイスで許してくれるそうだが、これは今後より一層お世話に気合を入れなければなるまい。
『あと、喋る内容はこちらで指示します、それでもいいのなら……』
「大丈夫です、ありがとうございます……」
きっと魔術関連の情報漏洩を危惧してくれての提案だが、俺にとっては渡りに船だった。
なんせさっきのアトラクション、あんなにスムーズにクリアできたのは美音さんが飛ぶためのルートを計算して俺の視界に表示してくれたからできた芸当だ。
彼女の助けが無ければ、精々身体の動かし方くらいしか伝えられないから本当に助かる。
「……それで、さっきのお願いですけど、分かりました、俺でいいなら引き受けましょう」
「ホントですか!? やったぁー! ありがとうございます!」
話が一通りついた後、ここでようやく宙銀さん達に振り返った俺は了承の意を彼女達に伝える。
すると赤沢ちゃんが両手を挙げて喜び、その感情の勢いのままに俺の手を取って何度もぶんぶんと振りながらお礼を言ってきてくれた。
スキンシップが激しいなあと考えていると、再び通信機から声が響く。
『……やっぱり今から私もそっちに行きますので、ちょっと待っていてください』
「……ああ、その前に友達と一緒に来てるので、ちょっと待ってもらっていいですか?」
「分かりました」
再び機嫌が急転直下した美音さんの声に冷や汗をかきながら彼女の到着を待つように宙銀さんに頼むと、何も知らない彼女は口元を微笑ませたまま頷く。
あぁー……ハーレムだー、なんてふざける事もあったけど、実際あれだな、自分に好意的だったとしても女の子だらけって大変だな……と世のハーレム主人公たちに尊敬の念を覚えながら美音さんの到着を待った。




