第31話「ある少年の答え」
やってしまった。
溢れ出る涙を止める事も出来ず、私はただ溢れ出る感情のままに泣き続ける。
「うっ、ぐすっ……」
私は何をやっているのだろう、私は妖精界を救う希望として、年上として、彼女たちを導くエスキュートの先輩として……いつもしっかりしてなきゃいけないのに、こうしてみっともなく泣き腫らしている……しかも、何も知らない処沢さんの前でだ。
本当は、彼の心の強さを聞きたかった、みもりとの喧嘩を仲裁してくれた時も、林間学校で手助けしてくれた時も……そして田中くんが危ない時も、彼は立場から来る義務や、特別な力なんかなくても誰かのために行動する事が出来た。
『強いエスキュート』を演じている私にはない強さ、せめてそれがあれば、心だけでも折れない立派なエスキュートになれると思っていたのに……。
「…………そのぉ、俺の考えなんで、こうするべきって話じゃないんですけど、いいですかね……?」
そんな事を考えていると、処沢さんは恐る恐るといった様子で手を挙げて話しかけてくる。
突然わけのわからない事を言い出して泣き出した私に、いったい彼は何を言うつもりなのだろう?
「えっとですね、とりあえず最初に俺が田中くんを助けに行った理由ですけどね、助けなきゃって気持ちもあったんですけど、助けたいって気持ちがデカかったんですよね」
「『助けなきゃ』ではなくて、『助けたい』……? えっと、どういう違いが?」
彼の言っている事が理解できず、私は首を傾げて彼を見つめ返す。
すると彼は腕を組んでうんうんと唸り始め、なんだかうまく言葉を出せない様子だった。
「なんていうかこう……引率生だからとか、そんな外付けの義務とかじゃなくて……えーっと、そう! 子供見捨てて安全な所に逃げる大人って、カッコ悪いじゃないですか、そんなんになりたくなかったんですよ」
そうしてしばらくしてから、処沢さんから出てきた言葉は私にとってはかなり意外なものだった。
あれだけの事が出来たのだから、きっと高潔な何かや、私のような使命を背負っているものだとばかり思っていたから。
「だから、こう、多分あの時の俺がただの通りすがりだったとしても、田中くんを助けに行ってたと思います」
「……それだけで、あそこまでできるのですか?」
「できます」
そのあまりにもチグハグに思えるような内容に、思わず聞き返してみると、処沢さんは一点の迷いもなく言い切った。
小さく、しかし真っすぐな光を湛えた瞳が、今は私を見つめている。
「本当にやりたい事、なりたかった者から目を逸らして生きてても……最期に後悔するだけだって、知ってますから」
そう言って窓を見上げて、どこか遠くを見ているような処沢さんの顔は、とてもこの世界の同世代の人間には思えなくて、どこか懐かしそうな、寂しそうな顔をするおじいさんのようにも見えた。
その、今まで見たことない目の前の男子高校生の横顔に見入っていると、彼はふと再び視線を私に向ける。
「宙銀さんはどうですか? したい事、なりたい自分ってヤツ……ありますか?」
したい事、なりたい自分……そう言われて私はこれまでの自分の人生を振り返る。
最初に思い出したのは、妖精界に伝わっていたエスキュートの伝説を聞いて、私も立派なエスキュートになりたいと枝を剣に見立てて素振りをしていた記憶。
そうだ、私がエスキュートになった理由は――
「……あります、やりたい事、なりたい人……たくさん、たくさんあるんです」
「へへっ……じゃあ、後はそこに向かうだけっすね」
「……はいっ」
エスキュートの使命に追われるあまり忘れてしまっていた、私の夢、私の願い。
それにもう一度気づけた今は、なんだか少しだけ心が軽い。
まだ、なんの問題も解決していないけど……それでも、少しだけ前に進めているような気がした。
「……あっ!? すみません、結局なんか説教臭いこと言っちゃいました……しかも根性論未満のよく分らん何かだし……」
「……くすっ、いいえ、とても助かりました……ありがとう」
急に慌てふためいて謝ってくる処沢さんを見ていると、なんだか悲しい気持ちがどこかに行ってしまいそうで、次におかしな気持ちが湧いてきて思わず笑ってしまった。
すると彼は、それまで慌てていた様子を急に収めてキョトンとした顔で私の事を見ていた。
「? どうしましたか、処沢さん」
「いえ、そういや初めて笑っているところ見たなぁ……って」
そうだったろうか、と自分の顔を触ってみる。
しかし、思えば地球にプイプイと来てから殆ど一人でボガスカンと戦い続けていたし、後輩の前ではずっと頼れる先輩として休む暇が無かったように思える。
しかし、何故だろうか……処沢さんの前ではつい気が緩んでしまうように感じた。
日常の中で、何度も助けられている内に無意識の内に彼に頼ってしまっているのだろうか。
「やっぱそんくらいリラックスしてる方がいいっすよ、ふっと笑えるくらいが人生ちょうどいいんです」
「……いいのでしょうか?」
「いいんですよ、人間誰もがいつか忙しくなるんですし、だらけられる時にだらけるのが一番です」
いけない事だと思いつつも、処沢さんの言葉には心地よさを感じてつい頷いてしまう。
……これで拒絶されたらしっかりしようと、試しに彼の肩に頭を乗せてみると、びくっと肩が跳ねはしたものの、私の頭を振り落とすようなことはしなかった。
「えっ、距離感すご……えーっと、宙銀さん?」
「その……私、今まで人に甘えるっていうのをやってみたくて……借りてもいいでしょうか?」
「アッ、ハイ……どうぞ、ご遠慮なく……?」
何気にその場でぐっと力を入れてぐらつかないように固定してくれた処沢さんの肩を借り、目をつむる。
男の人の肩と腕は思った以上に広く、ちょっと頭を寄せる程度なら安定して乗せ続ける事が出来た。
そうしていると段々と今日の疲れが押し寄せてきて――
「……はっ!?」
「おっと! ……布団で寝た方がいいですよ」
眠気に負けてがっくりと落ちそうになった頭を処沢さんが受け止めてくれ、そのままぐいっと元の高さまで押し上げられる。
確かに、もう夜も遅いしそろそろ寝た方がいいかもしれない。
「……ごくっ、ごくっ……はい、そうしますね」
「ええ、大丈夫だと思いますけど、足元気を付けてくださいね」
残りのコーヒー牛乳を一気に飲み干し、一時的に眠気を覚ますと自分の部屋に戻るべくその場を立つ。
その際に空き瓶を捨てようと思ったが、その前に同じく席を立った処沢さんの手が私の手の中にある空き瓶を指さす――どうやら捨てに行ってくれるようだ。
軽く頭を下げて空き瓶を渡すと私は自室につながる廊下に、彼はすぐ近くへのゴミ箱へと歩き出す。
そのまま別れようとしたが、最後に私はもう一度振り返って彼に頭を下げた。
「コーヒー牛乳、ごちそうさまでした、美味しかったです」
「どうも、こんなんでよけりゃまたあげますよ……あ、寝る前に歯は磨いてくださいね」
最後に付け足された一言にまるで学校の先生みたいだと苦笑した私は、了承の意味でも頭を下げると明るい部屋を異動する処沢さんを尻目に、今度こそ振り返らずに暗い廊下へと歩んでいった。
……彼と出会えただけ、この林間学校には大きな価値があったのかもしれない。
☽~~~☽
「それでは、今回はありがとうございました」
「いえいえこちらこそ! 貴重な体験をさせていただきました!」
心にもない社交辞令を最後に、1泊2日の林間学校はやっと終わりを告げた。
帰りはバスに乗れたのですぐに学校に着いたが、それなら行きの時にも寄こしてほしいものである。
でもまあ、鞄一杯に購入したお土産の施設限定レトルトカレーパックを楽に持ち帰れるだけ文句をいうべきではないか……。
「……カレー、好きなんですか?」
「好きっていうより、これしか無かったといいますか……」
ちょっとはみ出しているカレーのパックを見た宙銀さんがそんな事を言うが、流石にここまでするほどカレーが好きなわけではない。
……とにかく、学校に着いたわけだし後は報告書をそれっぽく仕上げて提出すれば晴れて『特例部活制度』を安心して享受できる、引き続き殆どの授業をサボれるというわけだ。
そんなルンルン気分で校舎に向かおうとした俺の上着の袖を、宙銀さんが軽く引っ張って押しとどめる。
「……その、お願いがあるんですけど、いいですか?」
「え? まあ、内容次第……あっ、報告書の書き方なら全然大丈夫ですけど」
「い、いえっ! そうではなくてですね……」
俺が宙銀さんの願いを推察して報告書の書き方について言及してみるも、彼女はそれに対し首を横に振ると、次に頬を染めてもじもじとした様子で俺を見上げてくる。
「その、先日も言った通り、私、普段の人間関係だとあんまり甘えられなくて……また、ときどき甘えに来ても、いいですか?」
普段の俺はハーレムだの女の子にキャーキャー言われる妄想をしてはいる、してはいるが……いざそれが間近に迫ると普通に困る。
なんせ、今の俺はワルジャーン関連で忙しいし……何より美音さんの事が脳裏にちらついてなんかいまいち乗れない。
「えぇ? いや、そのぉ……それはちょっと……ほら、俺ってオカ研とかで忙しいので」
ただでさえエスキュート関連で一度長期間部活を空けた後にこの林間学校で丸一日また部活を空けたのだ。
美音さんのイライラゲージが既に高まっているであろう現状で、もう一人世話する人物ができる事態は申し訳ないけど勘弁してもらいたい。
そんな考えで宙銀さんの提案を断ると、なんと彼女は食い下がってこんな事を言ったのだ
「で、でしたら! 私も部活を手伝いますので!」
「…………え゛!?」
……拝啓、山彦美音部長。
俺は今、とんでもない事態を引き起こしてしまったのかもしれません……。




