第28話「ランアウェイ・トゥザ・スカイ」
やっべえ、どうしよう。
強敵との対峙とは別の重圧感が、俺から冷や汗を絞り出してくる。
失言をかました挙句、それを指摘されて『あっ』と口を押える仕草をした俺をシルバーがギロリと睨みつけてきていた。
『ク、クエェ……』
しかも彼女の重圧感に圧されてか、あの影鳥野郎もたじろいで様子を見ているので黙っていても事態が好転するとは思えない……おい、悪の手先の怪物なら怯まずにかかって来いよ、いや来てくださいお願いします。
「コルウス、何を知ってるの? 答えてもらうわよ……!」
「……………」
どうしよう、いやホントどうしよう……こういう時、なんて言えばいいんだ?
自分の口はこんなに滑りやすいのかと己を恨む、今までの魔術師関連の仕事は殆ど一人か、美音を始めとした事情を知っている人たちとばかりやっていたので『魔術師』としての自分と『普通の高校生』としての自分を分けるという考えが身についていなかったのが、まさかこんなタイミングで牙を剥いてくるとは思わなかった。
ここで今、俺の思いつく言い訳は――
A1.一般人として保護した?
×隠してた理由が説明つかないし、どこにいるんだとか今すぐ姿を見せろと言われれば詰む。
A2.協力者という事にする?
△一見無難そうだが、そこから普段の動きをマークされて色んな情報が漏洩するリスクがある、避けたい。
A3.単に逃げていくのを見送った?
×こっちも隠す理由がないし、下手したら一般人を見捨てたとして心証が更に悪化しかねない。
――だめだ、考えれば考える程詰んでいるように感じて来る、いっそいつものように逃走するのが一番マシな選択ではないだろうか?
しかし、いつもその場から離れられていたのは単にその時残っていた面子で特に俺を追う理由がない者しかいなかったからだというのもある。
「……黙っていられると思わないで……!」
今の眉間の皺を深く刻み込んだシルバーがそれに該当するとは全く思えない、なんなら影鳥野郎よりも優先して俺に攻撃してきそうな気配すらある。
ていうかなんで彼女は『処沢刑二』にそんなに固執するんだ? 会った時の記憶はすべてコルウスとしてのもののはずだが……。
……とにかく、今は時間を稼ごう! そうしよう! それならちょうどいい言い訳が目の前にいるし、その間に考えよう!
「分かった、真実を話そう……ただしあいつを倒してからだ、これ以上は譲れん」
「……それでいいわ、でも、逃げられるとは思わないで」
「っ!? ……心外だな」
……あわよくばどさくさに紛れて逃げられないかな~なんて考えていたが、まさか考えがばれてる? いや、シルバーの様子を見る限り単に釘を刺しただけか? どっちだ?
傷の再生を終えた影鳥野郎を前に、俺は仕切り直しとなったこの状況に、風を警戒しながら慎重に当たろうと盾を前に突き出し――
「はぁぁぁぁ!!」
「!? ――『くらましの影』!」
――もの凄い勢いで突っ込んでいったシルバーの後を慌てて追い、彼女と鳥野郎の間に羽根を展開するのだった。
……ああ、あなたならなんて言い訳しますか? と、心の中の美音さんに問いかけながら。
ちなみに、心の中の美音さんには「わ、私に聞かれても困りますよ……」と返された。
☀~~~☀
……上手い、私はコルウスの動きを見てそう思わざるを得なかった。
敵は見えない風の力を操る厄介なボガスカンだが、さっきコルウスが大量に撒き散らした羽根の舞い上がり方で攻撃の動きがおおよそ読めるようになり、私は風の刃を受けることなくボガスカンに攻撃を仕掛けることができた。
「フッ!」
『ギュエッ!?』
コルウス自身も風の刃をギリギリのところで躱し続けながら、剣を何度もボガスカンに斬りつけている。
しかもよく見たら足の裏側や翼の付け根、首筋など通常の生き物なら急所ともいえる箇所を正確に狙って当てていた。
流石にパワーは私の方が上で、スピードも互角といったところだけど、もしも彼と戦う事になったら1対1なら苦戦は必至、すもも達なら手も足も出ないかもしれない。
「……っ!」
その事実を認識した私の手に力が入り、より多くの剣筋をボガスカンに突き立てさせる――思えば、最初からそうだった。
コルウスは私が全く敵わなかった上級ボガスカンを難なく下し、スカムからのぞみを救い、インペリウムからものぞみとやよいを救い、すもも達を一蹴したエスキュラーさえ倒して見せた。
皮肉なことに、私が恐れ遠ざけたコルウスによってワルジャーンは退けられ、エスキュートとしての使命が果たされている。
「たぁぁぁぁ!!」
『クキェェェ!!』
しかし、私はそれを認めるわけにはいかない、私が――エスキュートがそれを認めてしまったら、『あの子』を焼いたコルウスの方が正しかったということになってしまう。
敵を倒すためなら何をしても構わないなんて、そんなの正しいわけがない! ワルジャーンからみんなを守るのは、私の使命だ!
「はぁっ!」
『ギュウッ!?』
そうして何度目かの突きをお見舞いした時、ついにボガスカンの前足が沈み、頭がだらりと垂れさがった。
行ける、倒せる! ――止めを確信した私は翼で頭を庇うボガスカンに向かって最後の一撃を当てるべく、腰のエスパッションを開く。
「『エスキュート・シルバー・スラッシュ』!」
「っ! よせ!」
今まで聞いた事のないコルウスの叫びが私の鼓膜を震わせたが、一度発動した必殺技は止められない。
何より、この一撃で倒せるというのに止まる理由がなかった。
銀の輝きを纏った剣がボガスカンの翼を貫き、そのまま奴を真っ二つに――する事は出来なかった。
「はっ!?」
『キュエ……!』
何事かと改めてボガスカンに向き合えば、翼の隙間から幾多ものつむじ風が奴の正面部位に集中しているのが見えた。
私の必殺の剣も、風の乱流に押し負けてしまって体まで届くことが無かったのだ。
『キュエエエエ!!』
「くっ!」
次に、ボガスカンはけたたましい鳴き声を上げてそのまま翼を広げようとする。
風を解放しようとしているのを察した私は、咄嗟に躱そうと後ろに飛んだが距離を詰め過ぎたせいで直撃コースからは逃れられそうになかった。
せめてダメージを軽減させようと、空中で急所を庇うように身体を丸め、両手を顔の正面にクロスさせて備える。
「――『イグ・ル・ガ』ァァ!!」
『ギィィ!?』
しかし、ボガスカンが翼を開く寸前、両手に青い炎を宿したコルウスが奴の背後から飛びかかり、翼の根っこを掴む。
炎によって付け根の一部が燃焼し、脆くなった翼を無理やり下に向けた。
直後、空気の荒れ狂う音と共に目を開けてられない程の暴風が全身を襲う。
「くぅぅぅっ!!」
吹き飛ばされないように剣を地面に突き刺してしゃがみ込む、そうして暴風に耐え続けてようやく目を開けて正面を向くことができた時には、ボガスカンとコルウスの姿はどこにもなかった。
「一体何処へ……?」
辺りを見渡しても移動の跡や気配など微塵も感じない、今度はエスパッションに意識を集中すると、さっきのボガスカンの気配を捉えることができた。
その場所を詳しく探ろうと感覚を尖らせると――上空、それも花咲さんを待たせている方向にその気配を感じた。
「いけない……!」
処沢さんの事も心配だが、ボガスカンが向かっている今は花咲さんの方が危険だ。
そう判断した私は後ろ髪を引かれる思いを抱きながら、森を急いで後にした。
☽~~~☽
「――あああああああ!?」
『キュエエェェエエ!?』
め、目が! 目が回る! 耳もびゅうびゅう響いていて何が何だか分からない!
必死に影鳥野郎の身体にしがみついていた俺は、目まぐるしく動く景色と身体を掻き回されるような感覚を前にただひたすらに混乱していた。
しかし、鳥野郎の翼を開きっぱなしにしていたおかげか次第に肉体に掛かる速度が落ちていき、景色も線を隔てて青と緑の光景――空と地平線の景色に落ち着いた。
「……って、空ァっ!?」
ここでようやく状況を把握した俺は、顔から血の気が引いていくのを感じた。
今俺が目にしているのは、さっきまで居たであろう一部が荒れている森と、林間学校の施設、そして俺の暮らしている街並みであり、それぞれが小さく見えているのだ。
一体どれだけの高さだろうと考えて、以前落ちた学校の2階よりは確実に高いであろうという事だけが分かったところで思考が止まる。
「……………快晴で、綺麗だなぁ」
空って結構寒い、なんてどこか場違いな事を考えながら俺と影鳥野郎の身体は上へ向かう力が切れたのか、今度は真っ逆さまに落っこち始めた。
『飛行術』
詠唱:グラ・レプル・フライ
触媒:杖(長いものを推奨)
条件:なし
説明:杖先から反重力の力場を発生させて宙に浮く魔術、力場で重心を傾ける事で移動できる西洋魔術の一つ。
世間で魔術といえばで最もイメージされるほど普及された魔術であり、その利便性からかつて西洋の魔術師は皆この魔術を取得していた。
よく箒で飛ぶと誤解されがちだが、これは杖を箒に偽装した魔女の活躍によって広まったものであり、適切な棒状の触媒でさえあればなんでも使える。
しかし、魔力を消費し続けるので、飛行機の登場以降は格段に取得者は数を減らし、今では科学に負けた古臭い魔術だと嘲笑の対象となってしまった。
刑二からのコメント
「…………取っておけばよかった」




