第25話「たのしい林間学校」
林間学校はその後順調に進んだ。
先生と共に子供たちがはぐれていないか監視し、時には疲れた子を見抜いて適宜休憩を取ったり、時間に間に合わせなければならない場合は俺と宙銀さんで子供を背負ったりもした。
「宙銀さん、パワフルっすね」
「…………鍛えているので」
意外だったのは、子供を背負って移動するときの宙銀さんのパワーだった。
ストイックな修練者みたいなセリフを言いながら、宙銀さんはなんと、3人もの子供を背負いつつも涼しい顔で坂道を歩いて――いや、よく見たら一筋の汗が頬に流れている、やっぱりちょっとはしんどいのかもしれない。
「そう言う処沢さんこそ、力持ちなんですね」
「…………鍛えているので」
冷や汗をかきつつ、背中に感じる3人の子供の重みのバランスを取りながら先程の宙銀さんと全く同じセリフを返す。
今の俺は基礎魔術で身体能力を向上させながら子供たちを背負っているのだ、鍛え始めているのは事実とはいえ、流石にフィットネスゲーム3ヶ月の浅い歴史では素の状態でこの坂道を3人も背負って歩くなんてことは不可能である。
……うーん、流石に運動もしてない筈のオカ研部員がこんなことできるって怪しすぎるよな……トレーニングメニューとか聞かれたらどうしよう……。
「……先を急ぎましょう」
「……そうですね」
なんとなく、お互いこの話には触れてほしくなさそうな雰囲気だったのでこれ以上踏み込むことはせずに歩を進める。
その後は互いに気まずい雰囲気から目を背けるように背中の子供たちに林間学校で喜びそうなイベントを話して――あ、コラッ! 暴れるな! カレー好きなのは分かったから!? 落ちるっ!?
と、紆余曲折ありながらも目的の宿泊施設に到着した、そこでようやく、俺と宙銀さんは背中の子供たちを降ろしていく。
「はひぃ……ひとみお姉ちゃん、ありがとう……」
「うーん、あしいたい……」
「でへへ……ひとみねーちゃん、サンキュー!」
子供たちは次々にお礼を言うと、先行していた集団に向かって歩いていく。
……最後の奴、宙銀さん目当てで疲れてる振りをしてたな、なんて奴だ……よく見たら俺の挨拶すっとぼけた奴の一人じゃないか!
宙銀さんだって疲れるし、他にもおんぶが必要な奴が出るかもしれないのにあの野郎……! とんでもない悪童じゃないか! まったく!
「あ、あの……ありがとうございました、刑二お兄さん」
と、俺が未来の大悪党に憤りを抱いていると背中から小さく声を掛けられる。
振り返ると頭に花の花飾りをつけた前髪を切り揃えた女の子がおずおずといった態度で俺の様子を伺っていた。
見れば、他の二人はもういないのにその子だけ残っている、何か問題が残っているのかと俺は屈んだままの姿勢で身体を向け、頭の高さをその子に合わせるよう努める。
「大丈夫! ……ところで、お友達のところに行かなくていいのかい? あっ、もう少しおんぶしようか?」
「い、いいえっ! 大丈夫です! ……その、これを」
そう言って女の子は俺に向かって両手を差し出す、その手の中にはいつの間に取っていたのか一輪の黄色いタンポポが握られていた。
彼女の意図を察した俺は、胸の内に温かさが広がる感覚に頬を緩ませながらそのタンポポを受け取る。
「ありがとう、綺麗だね……えっと」
「あやねです……花咲あやね」
「花咲ちゃん、改めてありがとうね……ほらっ、お友達が待ってるよ!」
「はいっ! それでは!」
ちょっと大げさなほどに笑いかけて喜びを示し、次に花咲ちゃんの様子を窺っている女子生徒たちの方を手で促すと、彼女はもう一度俺に深々と頭を下げた後、てててと友達の元へ向かっていった。
今時珍しい、超いい子だったなぁ……この花、とりあえず砂糖水で保管して……そうだな、栞にでもしようかな。
なんて考えていると、微笑ましいものを見るような顔でこっちに歩み寄って来た。
「ふふっ、よかったですね」
「へへっ、ええ、超いい子でした」
「ええ…………あの子のためにも、私も頑張らないと」
宙銀さんは花咲ちゃんの方を見て何事かを呟いていたが、やがて施設のスタッフに声を掛けられると二人揃って移動する、どうやら次はカレー作りのための材料を運ぶ仕事のようだ。
……こういう時、火を直接扱う以上ちょっとのうっかりや、いたずらが事故に繋がる危険がある、注意する必要があるだろう……特にあの悪童には。
「……杞憂だといいんだけどな」
「……??」
子供相手にこんな思考するの嫌だなあと思いつつも、子供だからこそ時に何をしでかすか分からない。
どうか何事も起こらないでくれと思いつつ、着火剤や炭などが入った段ボール箱を次々と運んでいった。
☽~~~☽
人という生き物は嫌な予感程当たるものである。
これ、新たな名言にならないかなぁなんて現実逃避するのも束の間、俺は目の前の現実を遠い目で見ていた。
「田中くん! 遊んでないで手伝ってください!」
「へんっ! やだよーっ! お前らがやればいいだろ!」
あんの鼻たれ悪童、案の定トラブル起こしやがった! しかもよりにもよって花咲ちゃんの班かよ! いい子に迷惑かけるんじゃないよ!
……頭を抱えたくなったが、改めて今までの状況を振り返る。
と言っても、そう複雑なものではない、カレー作りを始めたはいいが、あの田中とかいう奴が途中で飽きて他の班にいる友達を誘って勝手にどこかに遊びに行こうとしたのだ。
『田中くん、今はみんなでカレーを作らなきゃ……』
『うるせー! こんなやり方で今どきカレーなんか作らねーだろ!』
と、教師相手にもこの態度だ、俺が横から闇雲に注意したところで暖簾に腕押しだろう。
ていうか、そこまで反発するんならなんで林間学校に来ているんだよ、そんなに嫌なら不登校にでも……っと、駄目だ駄目だ! あの子の背景もロクに知らないでそんな事を思うのは流石によくない! 反省せねば……。
「もうっ! いい加減にしてください!」
「お前こそ、しつこいんだよっ!」
そう自省していると、いよいよ空気は一触即発の雰囲気にまで張り詰める。
ああもう、とにかく行くしかないが、何かいい方法は無いものか、宙銀さんは他のヘルプに行ってるし……!
「ひとみお姉ちゃん! できたよ!」
「見せて……うん、よくできてるね」
「えっへへ、まぁね!」
!! これだ!
宙銀さんに褒められて得意げな表情をする男の子を見て、俺の脳裏に電流が走る、この方法なら田中も言う事を聞いてくれるかもしれない。
俺は急いで田中と花咲ちゃんの間に割り込まんと身体を滑らせた。
「このっ……!」
「はーい、そこま――いでっ!?」
「あっ!?」
しかし、どうやらタイミングが悪かったようで俺が二人の間に入った時、ちょうど田中は花咲ちゃんに向かって上げた拳を振り下ろそうとしているところだった。
そこに突然俺が入ったものだから、彼の拳が俺の眼鏡の丁番辺りにクリーンヒット、意外と威力のある田中の拳に思わず声を上げながら吹っ飛んで地面を転がる眼鏡を見つめていた。
「…………………………」
「う……」
「あ、あの……大丈夫ですか?」
………………オーケーオーケー、大丈夫大丈夫、たかが、たかがねえ? 子供のやんちゃだもの、ぜーんぜんイライラしてない、イラついてないよな処沢刑二? お前はどんな時だって冷静でカッコいい転生者だ、今だって笑顔を保てる、そうだろう?
と、俺は極めて冷静に落ちた眼鏡まで歩み寄ると、レンズの破損やフレームの歪みが無い事を確認し、土を眼鏡拭きでふき取って掛ける。
その際、左手にぬるりとした感触がしたので手を離して見てみると、指先には赤いものがついていた……あー、出血しちゃってるね、通りでさっきから俺を見る二人の目がちょっと尋常じゃない様子なはずだ。
「心配してくれてありがとうね、花咲ちゃん、俺は大丈夫だよ……ちょっと田中くんとお話ししたいんだ、いいかな?」
「えっ、でも、血が……」
「大丈夫大丈夫! こんなの全然痛くないから! ……すぐ終わるからさ、ね?」
「は、はいっ……分かりました」
おかしいな、確かに笑顔はできてるはずなんだけれど、花咲ちゃんが怖がってしまっている。
……うーん、彼女には悪いけど、ちょっと急いだほうがいいから対応は後にしよう、この田中と関わりたくないせいか今の俺たちの周りには先生やスタッフが近くにいないし、目線も向いていない。
だけど田中が俺を怪我させたなんてバレたらきっとカレー作りどころではなくなる、そうなればこの子たちの楽しい思い出になるはずの林間学校は台無しだ。
そうなる前に田中にカレー作りを協力させて、離れて止血しなければ。
「さて、田中くん……一旦、お兄さんとお話しようか?」
「うっ……なんだよ、怪我したんならあっち行けよ……!」
田中の指し示した方向には、十字マークの救急ボックスが置かれていた……自分のやったことに対する罪悪感はあるようで何よりだ。
「どうしてもカレー作り、手伝ってくれないのかい?」
「なんだよ、お前も、お前までっ、そんなになってもセッキョーすんのかよ……!」
「まさか、それは君の先生や親がする事だろう?」
尚も反抗的な目を向けて来る田中に対し、俺は両手を上げて彼の言葉を否定した。
こうする事で、少なくとも俺は田中を否定するような敵ではないと伝わるだろう――実際は、こいつがどうなろうともう知ったこっちゃないってだけなんだけどね。
「俺が君に言いたいのは、カレー作りをするといいことがあるって事さ」
「いい事? ……なんだよ、いい事って」
「あそこを見てみてよ……ほら、宙銀さんの方さ」
俺がそう言って指さすと、田中はちょうど宙銀さんが一人の男子を撫でて褒めている場面を目撃する。
デレデレに喜んでいる男子を田中が羨ましそうに眺めているのを確認した後、彼に顔を近づけてこっそりと話していく。
「君が率先してカレー作りを上手にやってくれたら……宙銀さん、あんな風に褒めてくれるかもしれないよ?」
「……ごくり」
田中は唾を飲み込むと、バッと俺に振り返る。
その顔は偉そうにふんぞり返ってはいるものの、顔を赤らめていることからどうやら俺の言葉の効果は十分あったようだ。
「まぁ? お前がどーしてもって言うなら? ……仕方ないから手伝ってやる」
「……うん、お願いね」
ひとまず、これでいい。
本当は花咲ちゃんにも一言謝ってもらいたかったけど、これ以上は本当に誰かに見られる。
ああ、あと花咲ちゃんを安心させないとな。
「じゃあ、俺ちょっと向こう行ってるから、なんかあったら言ってね花咲ちゃん」
「あ、はい……その、本当に大丈夫ですか?」
「あっはっは! その気持ちでこんな怪我、すぐ治るさ!」
そう言って花咲ちゃんに手を振り、救急キットに入っていたガーゼを手に取って血を拭くと、どうやら傷口は既に塞がっているようで、改めて何か処置をする必要がなくなった。
その後は特に田中を注視しながらカレー作りを進めたが、どうやらあいつは最後まで宙銀さんに褒められずに終わったようである――ざまぁないぜ、と思ってしまったのは内緒だ。
【魔術付与】
エンチャントと呼ばれる技術、主に物質に魔術的効果を添加することを指す。
属性を追加するものから、その物質が持つ性質や伝承の効果を引き出すものまで効果は様々。
『鰯の頭も信心から』という諺にもあるように、人は何の変哲もないものにも信仰を与えた。
そして中にはその信仰を真実とするものさえ現れた。




