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第23話「動き出す者たち」

 「あああーーーっ!!」

 「女王さまぁーっ!」


 妖精界、地球よりも明るく、色とりどりの自然に満ちたこの世界は今やワルジャーン帝国の手に落ち、暗闇の空が支配する場所となった。

 そんな中、僅かな生き残りたちが身を寄せ合っている秘境の奥地、妖精界の女王にして最古のエスキュートである『エスキュート・レインボウ』の悲鳴が小さな城の王の間に響き渡る。

 傍らには金色のドレスの上に、これまた山吹色に輝く甲冑を身に纏ったエスキュートである『エスキュート・ゴールド』が倒れ伏しながらも必死にレインボウに手を伸ばして叫ぶ。


 「クククッ、思った以上に危なかったぜ? 力が落ちてこれならよ、俺様じゃなきゃやられてたかもなぁ?」


 大きな錫杖を片手に蹲るレインボウの前には、ボロボロの風貌ながらも闘気に満ちたギラギラとした目をした大男が楽し気に口を開く。

 その姿は灰色の毛深い体毛に全身を覆い、頭頂部から二つの突き出た耳を持ったシルエット――狼男のようであった。


 「くっ……ワルジャーンの幹部が、何故ここに……地球に向かったのではないのか?」

 「あぁ? それならあの人形の仕事が思ったより遅いもんでなぁ……タイクツだからワルジャーン様に頼んでてめえら探してもらったってわけだ」


 歯噛みして狼男を睨みつけるゴールドに対し、彼はつまらなさそうに答えると肩をゴキゴキと鳴らす、その直後に彼の身体から体毛が後退し始め、耳やマズルも引っ込んでいく。

 そうして完全に狼としての特徴が消え失せると、そこには顔に線のような模様が幾本も走った、鋭い歯を合わせて獰猛な笑みを浮かべる灰髪の青年が二人を見下ろしていた。


 「しっかしまあこんなところに城と宝を持ってたなんて意外だったぜぇ? ……いや、デケェ方の宝物庫があんなんだから本命はこっちか?」

 「うっ……!」

 「くそっ……やめろ! 近寄るんじゃない!」


 コッコッと青年がブーツをカーペットに慣らしながらレインボウに近寄ると、その顎を掴んで自分の顔に引き寄せる。

 その光景を見たゴールドがなんとか腕を地面に立てて起き上がろうとすると、青年は途端に嬉しそうにゴールドに向き直り、パッとレインボウから手を離す。


 「おっ! まだやれんのか!? ハハッ、いいじゃねぇか!」

 「はああああああ!!」


 ウキウキと手を広げて攻撃を受け止める姿勢を見せる青年に対して、ゴールドは額の血管が浮き出るほどに力み、腰についたエスパッション――すもも達が使うものと比べて金の装飾が施されているもの――を手に取り、その蓋を開ける。


 「『エスキュート――!」


 するとゴールドの全身から金色のオーラが迸り、王の間に落ちていた小さな小石などがその場から浮かび上がり始める。

 地響きにも似た空気の振動がこの小さな城を震わせ、窓ガラスがガタガタと震えていた。


 「『ロイヤル・ゴールド――!」

 「クハハッ! まぁだそんな力を隠してやがったかぁ!」


 周囲を見渡した青年はまるで新しいおもちゃを与えられた少年のように目をキラキラと輝かせると、一瞬、再びその身を陰で包む。

 そしてその影は徐々に人の形を模った後、今度は額から二つの突起物を生やしてきた。


 「『カノォォォォン』!」


 それと同時、キュートエナジーのチャージを終えたゴールドがエスパッションごと拳を前に突き出して黄金の波動を放つ。

 その威力は青年を光の中に飲み込むだけでなく、青年の後ろの壁を丸々崩壊させるほどのものだった。

 轟音と共に、城の一角が土煙をあげて消し飛ぶ。


 「ゲホッ! ゲホッ! あ゛ぁー……痛つつつ、この姿でもダメージを食らうたぁな……」


 未だ振動が残る中、煙の中から青年の暢気な声が響く、しかしその響きはより低く、禍々しい声音を以て王の間を震わせていた。

 やがて土煙の中から一歩踏み出し、その姿を現した青年の姿は狼男とは異なる異形の姿へと変貌していた。


 「誇っていいぜぇ? なんせこの姿で痛ぇなんて思ったのは初めてなんだからよ……」


 肌は真っ赤に染まり、より筋肉質な体つきに額には二本の白い角――日本の鬼を想起させる姿になった青年は悠々とゴールドがいるであろう場所に歩いていく。

 しかし、煙が晴れたころにはゴールドはおろか、レインボウまでその姿を消していた。


 「……チッ! 白けることしやがって……!」


 青年はその事に不満げに舌打ちをしてダンダンと足先を地面に打ち付ける。

 しばらくそうして自分のイライラを表現していたが、やがて床がミシミシと音を立て始めた頃に頭をガシガシと掻くと、玉座の奥にある小さな扉に目を向けた。


 「……まあいい、仕事にかかるとするか」


 青年はその扉を乱暴に蹴破ると、再び人間の姿に戻ってもなお小さい扉を屈んで通り抜ける。

 そして青年は扉の向こうにある色とりどりのアクセサリーたちに目を向け、にやりと笑った。


 「これがキュートエナジーの結晶化した、妖精界の宝ってやつねぇ……」


 目にしただけでも計り知れないエネルギーを感じ取った青年はそのうちの一つをまじまじと見つめると、不意に自分の横にある空間が黒くゆがみ始める。

 その様子を見た青年はニッと口角を釣り上げると、そのアクセサリーを乱雑に放り投げた。


 「しっかし、スカムの奴も面白い事考えるよなあ」


 そんな事を考えながら、青年は次々とアクセサリーを歪みへと投げ込み始める。

 青年が想像しているのは、妖精界から遠く離れた星、『地球』――


 ――その地球の中でも、最もダークエナジーの濃い場所である、『日本』であった。



 ☽~~~☽



 「林間学校の引率……ですか?」

 「ええ、なんで明日と明後日は顔出せないんで……すみません」


 オカ研の部室の中、術書の解読をしていた美音さんがぽかんとした表情でこっちに振り向き、その動きを止めた。

 暫く彼女はそのまま固まっていたが、指に挟んでいたボールペンがかちゃんと机に落ちたのを機に普段からは考えられない程のスピードで俺に詰め寄り、両肩を掴んで揺さぶって来る。


 「かかか顔出せないって!? どどど、どういう事ですか刑二くん!?」

 「せっ、説明します説明しますから一旦落ち着いてください美音さん!」


 ガクガクと揺れる頭に気分の悪さを覚えながらも何とか彼女の両手を掴んで揺らすのを止める、そのまま気分を落ち着けるようにゆっくり深呼吸すると、俺は順序立てて話す事を意識しつつ口を開いた。


 「まず、この学校には『特例部活制度』があるのは知ってますね?」

 「え? ええ、それはもう……私がここにほぼ籠り切りなのもそのおかげですし……」


 『特例部活制度』……簡単に言うと『部活動に集中するために授業の出席の大半を免除し、場合によっては部費を特別に用意する』というシステムだ。

 もちろんいくつか条件があるが、特に重要視しないといけないのは『部活全体で成果を出す』事と『同学年50位以上の総合点数で制度利用者の成績を保証する』事の2点を満たさないといけない。


 この内、前者は全く心配ない、オカルト研究部は研究成果として『一部の地方に伝わる儀式の成り立ちや当時の人々の考え』を歴史研究のレポートとして提出しているからだ。――魔術解析の副産物として知り得た知識を提供している、もちろん協会からの許可は取っている。

 問題は後者である、美音さんは同学年――いや、学校全体の中でも3本指に入る程の成績……体育はちょっとアレだけど……とにかく、優秀な成績を残しているため心配ないが、俺は精々同学年で50位にまあ入るかな? ぐらいのポジションで、制度の恩恵を受けられるかは結構ギリギリなのである。


 そこにこの間のボガスカン襲撃の際に無断で学校を抜け出してしまったので授業態度の面で減点を食らってしまい、今の成績のままでは制度から除外される可能性があるとの事なので、この高校と付き合いの長い小学校の林間学校の引率生として働くことで失った点を取り戻そう、と担任から相談されたのだ。

 俺としても魔術師としての活動に大きな自由度が得られるこの制度は是非とも利用したいので、この相談を二つ返事で了承したというわけだ。


 「うっ、うぐぐぐぐぐ……!!」


 俺の説明を聞いた美音さんは腹の底から出ているような呻き声を上げながら、足をばたつかせて頭を抱えた。

 また俺がしばらく顔を見せないという事実を前に何やら葛藤しているようだ……料理の作り置きもするし、洗濯物も2日くらいなら溜めてもまあ問題ないのだから我慢してほしい所である。

 やがて美音さんは大きくため息をついて肩を落とすと、そのまま俺を見上げながら渋々といった様子で呟いた。


 「わ、分かりました……そういう事なら仕方ないですね……」

 「ありがとうございます、美音さん」


 許可を出してくれた美音さんに対し頭を下げ、保存の利く料理を早速作ろうとスーパーの買い物袋を持って家庭科室に向かおうとすると、美音さんが俺の制服の裾を掴んできた。

 何事かと振り返ってみれば、不安げな顔をした彼女が瞳を潤ませて俺を見上げて来る……やはり、寂しがらせてしまうか、申し訳ないな。


 「…………お土産、買ってきて下さいね?」

 「はぁ~~…………うす」


 そんな気持ちは一瞬で吹っ飛んだ。

 この人、妙に厚かましいというか、たくましい面があるのだ。

【トレンチコート】


 魔術師コルウスが纏う黒いトレンチコート

 軽度の魔術付与が複数施されており、中でも特に断熱性に優れている。


 かつて魔術付与の天才と謳われた祈祷師『ケイン・ロックロール』は当時多発した火を操る野良魔術師へ対抗するために、火除けの加護を元に安価で施せる断熱の魔術付与を開発した。

 彼の目論見通りこの付与魔術は絶大な人気を誇ることとなったが、その理由は「気温を気にせずに防具を着れるから」であった……。

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