第22話「意識の変化」
「け、けけけ……っ、処沢くんっ」
「……えーっと、なんでしょう?」
「あっ、いや……やっぱりなんでもないです……」
ショッピングモールの一件以来、山彦部長の様子がおかしい、具体的には俺に話しかける時、今のように時折変な声を上げる事があるのだ。
最初は特に気分が落ち込んでいるわけではなさそうなので触れないようにしていたが、流石に2日も続けば気になってくる。
俺は食べ終わった弁当を風呂敷に包み終えると、彼女に聞いてみた。
「その、『け』? っていうのがどうかしたんすか? ……髪の毛の手入れならちゃんとできてますよね?」
「え、ええ……おかげさまで今日もツヤツヤでって、違うんですよ……! 名前です、名前……!」
「名前ぇ~?」
ノリツッコミのように山彦部長が出してきた単語に対して、俺は首を傾げて彼女を見る。
『け』で名前っていうと、俺の名前である『刑二』の事を指しているのだろうが、それがどうかしたのだろうか?
「その、何時までも苗字だと、その……あんまり仲良くないみたいじゃないですか? ですからその、名前で呼びたいんですが……」
「? 呼べばいいじゃないですか、他人って仲でもないですし」
「ぐ、ぐぬぬ……分からないんですか……!? もうっ!」
歯を食いしばってプルプルと震えながらこちらを睨みつける山彦部長だが、俺には彼女が何を言いたいのかさっぱり分からなかった。
変なあだ名をつけて呼ぶわけでもあるまいし、俺は別に気にしないのだが……そもそも、名前で呼ばなきゃ他人行儀ってのも変な話だ。
「そんな事言い出したら、俺なんてあなたの事いっつもいっつも部長って呼んでますけど、別にただの他人だなんて思ってませんよ?」
「!! そうっ! それですっ……! 処沢くんも私の事、名前で呼んでください……!」
「えぇっ? な、何で?」
「いいから、今すぐ……!」
俺の返しに山彦部長は唐突に俺を指差して叫び、次いで俺に自分を名前呼びするように要求した。
思わず敬語も忘れて聞き返してしまったが、彼女は全く耳を貸さずに急かしてくる。
そうして俺は咳ばらいを一つすると、姿勢を正して山彦部長――いや、美音さんに顔をまっすぐ向き合わせる。
「…………み、美音、さん……」
「……はい、刑二くん」
……うん、最初は美音さんの言ってる事がよく分からなかったけど、いざ自分が呼び方を変えてみるとなるとこれは……。
「照れくさい……っすね」
「でしょう? ……でも、おかげで私も名前で呼べました」
そう言ってニコっと笑う美音さんの笑顔にくらっとするような錯覚を覚え、慌てて俺は彼女から顔を逸らして机に置きっぱなしだった弁当を鞄の中に入れる。
そして、俺はなんだかこんな感情を持ったまま黙っているのがなんだか気まずいような、恥ずかしいような気がして彼女に質問をしてみた。
「しっかし、何で急に名前呼びに?」
「……その、変えたい意識ができたと言いますか……」
「意識?」
「…………部長と、部員ってだけなのは…………ですので」
美音さんの返答はどんどんと小さくなり、最後の方は殆ど聞き取れなかった。
改めて回答をもらえないかと顔を向け直してみるも、彼女は頬を赤く染めながらいそいそと部屋を出る準備をしている、どうやら答えてはくれないようだ。
俺も午後の授業に向けて荷物を纏め始めていると、横から美音さんの声が聞こえて来た。
「その……刑二くん」
「なんですか? 美音さん」
「私、もっと頑張りますね……刑二くんがもっと安全に勝てるように、なんでもやりますから……」
……安全に勝てるように、か。
多分、ショッピングモールの時に随分ボロボロでフラフラな様を見せてしまったものだから、心配をかけてしまったのだろう。
そして、その心配は恐らく杞憂ではない、ワルジャーンの力は未知数だがあの魔人やエスキュート擬きを送り込める以上、その頭領たちがそれ以上の力を持っている事は明白だからだ。
「……そうですね、じゃあ銀剣が手に入ったらもう一回あの付与魔術《ref》1日4時間の儀式を2週間《/ref》やってください」
「うぇ!? ……わ、わかりました……でも先ずは、他にできる事から、ですね……」
ならば、頼れるところはめいいっぱい頼ろう、そうする事がきっと彼女の安心にも繋がるだろうから――。
☀~~~☀
「反対です! 今すぐエスキュートなんておやめくださいましっ!」
『そ、それはダメっプイ~! エスキュートがいないとワルジャーンを止めれないっプイ~!』
ばんっ! と生徒会室の机を叩いてみもり先輩がわたしたちに――いや、正確にはのぞみ先輩に向かって大声を上げる。
彼女の叫びに対してプイプイが周りをぐるぐると回りながらみもりさんを説得しようとするが、彼女は眉間に皺を寄せたままプイプイに見向きもしなかった。
「プイプイの言う通りだぞ、みもり副会長! アタシたちがいなくちゃ、一体だれがボガスカンを助けられるの?」
「そ、それにボガスカンにされちゃった生き物を助けられるのはエスキュートだけです、私たちがいなくなったら――」
「あなた達には聞いていません」
やよいちゃんとすいなちゃんもエスキュートである必要性を説得しようとしているけど、みもり先輩はバッサリと切り捨てちゃった。
固まる二人を差し置いて、みもり先輩は改めてのぞみ先輩に向き直り、優しく語りかけた。
「のぞみ、あなたの夢はパティシエでしょう? 戦いなんて、やりたい人たちだけに任せておけばいいのですわ」
「み、みもりちゃん……でも、ワタシ……」
のぞみ先輩は明確に何か言葉にしたわけではなかったけど、みもり先輩から目をそらして俯いた態度から彼女の意思を察したみもり先輩がまた声を荒げて近寄り、のぞみ先輩の両手を包むように持ち上げた。
「わたくしはただ、友人としてあなたにあんな危険な場所に行ってほしくないだけなのです!」
「……ごめんなさい、みもりちゃん」
みもり先輩の言葉に、のぞみ先輩は静かに、だけど力強く自分を思いやるその言葉をまた強い意志で否定する。
今度はまっすぐに真剣な目を向けるのぞみ先輩にみもり先輩が怯むように後ろに仰け反った。
「確かにワタシ、どんくさくて、のんびり屋で、戦うなんて向いてないかもしれません……だけど、守りたい人たちがいるんです、話がしたい人もいるんです――エスキュートから、逃げたくないんです」
のぞみ先輩のその言葉から感じられる決意は大樹のように優しくも、決して折れることのない力強さを感じた。
少なくとも、ボガスカンに襲われてエスキュートに初めて変身した時には考えられない意識の変化だ。
「……そうですよ」
それを認識したわたしもまた、思わず自分の思いを口にせざるを得なかった。
思い浮かぶのは、ショッピングモールの時の出来事、エスキュラーと名乗ったあの子に手も足も出なかったとき。
「ここにいるみんなは、確かに流されるままにエスキュートになったかもしれません……だけどっ」
あの戦いは結局、わたしはまた最初の時のように、ひとみ先輩の足を引っ張って倒れて――そしてまた、コルウスに助けられた。
恐ろしくてもワルジャーンをやっつける彼と、口先ばっかりでやられてばかりのわたし、今のわたしが彼に抱いている思いは、恐怖だけじゃなかった。
「だけど……っ!」
悔しさが渦巻く思いから、手をぎゅっと握りしめる。
彼のやり方が間違っているとは、今でも思っている……だけど、ここでエスキュートであることから逃げちゃったら、誰かを助ける事を諦めちゃったら――わたしは彼よりずっと、もっと間違っちゃう!
「今は自分の意思でワルジャーンからみんなを守りたいって……そう思っているんですっ!」
口から出た思いに、それまで固まっていたすいなちゃんとやよいちゃんも深く頷く。
すいなちゃんも、やよいちゃんも、わたしよりずっと強い正義感を持っている人たちだ、きっとエスキュートに対する思いは、私以上に熱く燃えているに違いない。
3人でのぞみ先輩のすぐ傍まで寄り、改めてみもり先輩を込められるだけの思いを込めてじっと見つめた。
「……はぁ」
やがてみもり先輩が溜息を一つ吐いて肩を落とすと、それまで張り詰めていた空気が一気に緩くなる。
彼女はそのまま目を瞑って指先で眉間を揉んだ。
「のぞみ……思えばあなたがパティシエを目指すと言った時からずっと、決めた事を変えない人でしたわ……」
「うぅっ……」
みもり先輩の言葉にのぞみ先輩が胸を抑えてたじろいだが、次にみもり先輩はふっと笑ってわたしたちを見た。
その目には、とっても優しい光があるように見える。
「いいでしょう、エスキュート活動を認めます、ただし……プイプイさん?」
『プ、プイっ!? なんだっプイ!?』
突然、水を向けられたプイプイがぎょっと驚いて、次にわたしの肩の後ろに隠れる、どうやら最初の対応で苦手意識を持ってしまったようだ。
その事にちょっと傷ついたような顔をしつつも、みもり先輩は続ける。
「あなたが見えるという事は、わたくしにもエスキュートになれる素養があるってことですよね?」
『プイ……その通りだっプイ』
「では、わたくしもエスキュートにしてくださいな、それでよしとしましょう」
『……プイっ!?』
みもり先輩の言葉に一瞬遅れてびっくりするプイプイと、更にその後に歓喜の声を上げるわたしたち。
今日この日、わたしたちは素質ではなく、心からエスキュートになり、そして地球にいる5人のエスキュートが揃った日となった。
【黒い手袋】
魔術師コルウスが纏う装備の一つ、滑らかで撥水性に優れた素材が使われている。
魔術師の戦いは、決して大衆に知られてはならないものが殆どだった。
そのため、このように闇に溶け込み、消音に優れた装備が好まれていた。




