第20話「エスキュラーVSコルウス」
俺は左手の『浄火』を振り払って消しながら、目の前の存在を見やる。
辺りに散った青い炎に照らされて浮かび上がるその姿はまるでエスキュートのような黒いドレスの少女だった。
しかし、彼女から感じる冷酷さを思わせる雰囲気は今までのエスキュートには無いものだ、直感的にこいつが今回の親玉だと俺は確信したが、一応最低限は問いかけておく。
「今回の騒ぎを引き起こしたのはお前か?」
「……」
返答はない、しかし黒い剣を構えてこちらに敵意を向ける彼女の様子を見れば、最早言葉は不要だった。
つまるところ――俺の倒すべき敵は、こいつだ。
山彦部長を怖がらせたのは、こいつだ。
彼女を泣かせたのは、こいつなんだ。
「…………そうか」
腹の底から煮立った油のようなドロリとした怒りを感じながら、俺は両手の中の枝を握り折って剣と盾を握りしめた。
抑えきれない感情を力に変え、それを足に込めながら心の何処かで自嘲する。
別にワルジャーンが誰かを傷つけたのは今回が初めてでもないのに、今更お前は怒るのか、と。
「『くらましの影』!」
「っ!?」
そんな声を振り切るように脚の力を解放し、黒い少女に斬りかかる――ふりをして羽根を奴に向かって投げつけ、即座に羽根を展開する。
攻撃されると思っていた奴は即座にガードの構えを取っていたが、そのせいで羽根に周囲を包まれてしまい、俺はその中を進んで奴の背後に回り込む。
「ハァッ!」
「ふっ――!」
そのまま俺は右手を大きく振りかぶって奴に振り下ろし、俺の位置を掴んでいた奴もガードから迎撃のために剣を振るい、互いの剣が鍔迫り合いに――なる事は無かった。
何故なら、腕を振った俺の右手には剣ではなく、黒石の粉末が入った瓶なのだから。
既に蓋を開けていた瓶からは奴の頭目掛けて粉末が飛び散り、奴の目を潰していく。
「シィッ!」
「くぅっ!?」
羽根に紛れて左手に持ち替えた剣を突き出し、奴の足首を斬り飛ばさんと全力で刺し込むが、鈍い打撃音が響くだけで剣先が奴の皮膚を突き破ることが無かった。
細っこい見た目に似合わず、硬い奴である。
「『黒煙』! 『暗視』!」
そのまま奴が反撃できないように粉末から暗闇を発生させると、俺はすぐさま飛び退いて暗闇と羽根の領域から脱出し、また複数の羽根を投げつける。
そして奴が飛来した羽根に気を取られて暗闇の中にいる事を確認すると、懐から一枚の羽根を取り出し、羽先に取り出したライターで火をつけた。
「『イグ――」
そして、『浄火』の詠唱を始めていく。
まず最初の一節で羽根に点いた火からの熱を感じなくなった。
「『ル――」
次の一節で、火の色が赤色から青色に変わる。
「『ガ』ッ!」
最後の一節で、炎が羽根全体に広がって激しく燃え始める。
俺はその羽根を未だ奴がいる羽根と闇のドームに投げつけると――次の瞬間、それらが激しく燃え盛って瞬時に青い爆発を起こした。
「グッ……!」
姿勢を低くし、遅れてやって来た爆風を盾で受け止める。
『浄火』が術者の魔力を燃料に燃える特性を生かし、同じ魔力で生成された羽根や暗闇を粉塵爆発に近い現象で燃やし、攻撃する。
これなら、『浄火』を使い続ける事による魔力消費を抑えつつ、瞬時に広範囲に攻撃できる。
『浄火』の練習中、うっかり『くらましの影』の羽根に燃え移って大慌てした経験がこの時は役に立った。
「……さて」
今ので倒せたとは思えないが、奴の力の源がボガスカンと同じものならば多少のダメージはあるはずだ。
煙の中から落下していく奴を視界に捉えると、俺は追撃をするべく再び跳躍し、奴の真上に付くと逆手に持った剣先を奴に突き立てんと奴より速く落下していく。
「たぁっ!」
「チッ!」
そして奴の肩に剣先が触れる直前、いつの間にか得物を斧に変えていた奴が肩と剣の間に滑り込ませて攻撃をガードした。
思ったよりも元気そうな様子に舌打ちを返すと靴底で奴の腹部を打ち出し、急速に地面へと叩きつける。
『プイィ~~!?』
「……『くらましの影』」
奴を叩き落とした近くの物陰からエスキュートの妖精の悲鳴が響くが、今は気遣える心の余裕がない。
俺が自分と地面の間に羽根を展開させてふわりと着地したと同時、奴は頭頂部から足裏まで平行の姿勢のままで、地面に対し垂直になるまで起き上がった。
「……予想より、強い」
「…………」
相変わらず平淡な声のまま奴はそんな事を呟く、あれでは奴のダメージ具合はよく分からない……が、動かなくなるまで叩き潰せばいいだけだと盾と剣を構える。
今のところ有効打を与えられていないように見える程固いが、直接的な戦闘力は多分、思ったより高くない。
ワルジャーンの括りで評価するなら、鞭女以上魔人以下といったところだろうか……対象を掴んで相手を内側から燃やす従来の『浄火』なら、倒しきれるかもしれない。
「だから、本気」
そんな事を考えていると、奴は腰についていた一つの道具を手に取り、おもむろに掲げる。
それはエスキュート達が共通で持っていた道具と同じ形状の、しかしその色は真っ黒に染まった化粧道具のような小さな箱だった。
「『エスキュラー・ダーク・オーラ』」
奴がそう呟いたと同時、ひとりでに箱の蓋が開いてそこから黒と紫に輝くエネルギーが迸り、奴を包み込んだ。
そのエネルギーを取り込んだ奴が放つ風圧に身を縮めて耐えていると――
「……今度は、こっちの番」
「!!」
いつの間にか俺の目の前にまで迫って来た奴が、腰にためた剣を突き出して来ていた。
☀~~~☀
「――そこ」
「グハッ!」
コルウスがこの戦いに乱入し、エスキュラーと互角以上に渡り合っている戦い、改めてコルウスの強さに舌を巻いていると、エスキュラーは更なる力を引き出して、今度は彼女がコルウスを圧倒しだした。
私でもギリギリ追いつけるかどうかのスピードであちこち動き回るエスキュラーにコルウスは完全に翻弄され、すれ違いざまの武器による攻撃は辛うじて盾で防げているようだが、その後の追撃の蹴りや殴打までは防ぎきれず、先程の意趣返しとばかりに腹部を蹴り上げられたコルウスの身体が宙に浮いた。
……ここは助けに行きたいが、今はまだこの付近で倒れている人たちの運搬が完了していない。
残りのみんなも全員避難を助けていて、大量のワールルを大急ぎで倒した影響で体力の減っている今、人々に戦いの余波で弾け飛ぶ瓦礫などを撃ち落とすので精一杯だった。
「グゥッ、『くらましの影』!」
「……邪魔」
そのまま追撃しようとしたエスキュラーだが、コルウスがコートの中から大量の羽根を吐き出したことで強制的に距離を取り、追撃を逃れる。
コルウスは互いに視界が塞がっている間に懐から黒い粉末が入った瓶を三つ取り出すと、それを放り投げて空中で投げた羽根で砕き、粉末を辺り一面に撒き散らした。
「『黒煙』!」
コルウスがそう叫ぶと、空気中に薄く漂う粉末がどんどん膨れ上がるように暗闇を形成し、二人の姿が見えなくなる。
……これがのぞみから聞いていたコルウスの術、彼女曰く、奴はこの暗闇の中でも視界が自由に利いている様子だったというけれど、これでかなり有利がとれるだろう。
「それも、もう無駄」
しかし、そんな私の考えとは裏腹に、暗闇の中からエスキュラーの声が聞こえた直後に凄まじい暴風が吹き荒れ、羽根も暗闇も隅に追いやってしまった。
恐らく、身に纏っているオーラを周囲に弾き飛ばすことで行えるエスキュラーの技なのだろう。
そしてその身を晒されたコルウスは風に耐える姿勢で固まったままであり、それが致命的な隙であると私は、そして当然エスキュラーも理解していた。
「……止め」
武器を槍に変形させたエスキュラーが、風に乗って今まで一番の速度でコルウスに突っ込んでいく。
そしてそのまま彼の盾ごと貫通して、背中から穂先が突き出ていた。
☽~~~☽
「待っていたぞ」
「……!?」
盾を貫通させ、力の限り横にずらすことでギリギリ左脇を掠めた槍を、脇でがっちりと挟んで抜けないようにする。
奴の戦い方はまるで機械のように精密で、超スピードで動き回る中でも何度も急所を狙いに来るほどに正確であり、そこを攻撃するときは必ず最も速く、威力の出る突きを選択していた。
それならば、こちらに隙が出来れば必ず奴は急所に突きを仕掛けて来る、そう読んで近接のチャンスを伺っていたが、ついにその時が来た。
「抜けない……!?」
「掴んだ……!」
そしてここに来て、奴は致命的なミスを犯す、手に持った得物に拘って、一瞬離れる判断が遅れたことだ。
俺はそのまま倒れ込むように奴に近づくと、いっぱいに広げた右手で奴の顔面を仮面ごとしっかり握る。
「『イグ・ル・ガ』!」
「ああああああっ!!」
そして渾身の魔力を込めて、『浄火』を奴の内側から発動し、奴の頭部は激しく燃え出した。
『浄火』
詠唱:イグ・ル・ガ
触媒:炎、もしくは術者の魔力
条件:対象が穢れていると認識する事
説明:原始魔術の一つ、炎を対象に押し付け、内側から穢れを燃やす魔術、ただし術者が対象に清めるべきところがないと考えている場合、何も燃やさない。
この特性から解毒魔術として用いられてきたが、体内の毒を燃やす際には焼けるような痛みが走る。
太古の人々は、毒の浄化や病の根絶に火を頼った。
ならば己が身を火にくべることに、何の躊躇いがあろうか。
刑二のコメント
「この術自体は真っ当な浄化魔術なんだけど、術書を解析した部長曰くその後の生贄の儀式の発展元の一つになっちゃったりとで、意外と血生臭い歴史のある魔術みたいだな
生きたまま身体を焼かれるなんて、俺だったら御免被りたいね」




