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第19話「烈火の如く」

 『ワルルー……』

 「ひっ、ひぃっ……!」


 最悪な状況に俺は流れる冷や汗も気に留めず歯噛みする。

 今日は何て事ない一日になるはずだったのだ、山彦部長と外を出て、服をクリーニングに出して、適当に飯を食って駄弁って……彼女にとって、楽しい一日になるはずだったんだ。


 「うわああーー!」

 「あっ、いやっ……!」


 それがどうして、こうなるんだ……?

 俺は頭を抱えて蹲っている山彦部長を見る、例の爆音から間もなくワルジャーンの影人間があちこちに現れて、ショッピングモールの人々を襲い始めた。


 「きゃあぁーー!!」

 「はぁ……はぁ……!」


 幸い机の下に隠れた俺たちは彼らに見つからずに済んだが、布一枚隔てないすぐ傍を化け物が通り過ぎ、逃げ遅れた、または見つかった人々を襲うという現実は容赦なく彼女の精神を削る。


 「ママ、助けてぇーー!」

 「ごめんなさい、ごめんなさい……!」


 ……元々、山彦部長は怪物やらの存在に根深いトラウマを持っている。

 彼女が魔術師になった切っ掛け、無断で魔術を使用した事件の時、召喚された下級悪魔に彼女の同級生3名は重傷を負い、彼女自身も食い殺されかけた。


 「う、うぇぇぇん……! やだ、こわいよぉ……!」


 その時は俺が何とかギリギリ悪魔を倒せたが、結果として山彦部長は今もこうして怪物に遭遇すると当時を思い出してしまう心の傷を負ったままだ。

 ……もういいだろう? 召喚のやらかしの事なら、既に裁きは済んでいるハズだ……なんで彼女がこんな目に遭わなきゃならないんだ?


 「……部長」

 「うぇ……」


 少しでも外の声が聞こえないようにと山彦部長の頭を抱き寄せると、彼女の涙は少しだけ収まって縋るように俺の身体にしがみつく。

 より強く抱きしめると、彼女の震えが事細かに俺の身体を突き通していった。


 ……こんなに震えて、可哀想に。


 「ふぐっ、ぐすっ……!」


 しかし――


 「安心してください、部長」


 今の彼女は大丈夫だ。

 なぜなら彼女は一人じゃない、ここにあなたを助けるチート転生者が――俺がいる。


 「今回も、そしてこれからもあなたは大丈夫です」


 そしてチート転生者は、何時だって、誰が相手だって困ってる人を絶対に助けるのだ。

 たとえ何度、彼女の心の影が彼女を覆おうとも、俺が絶対にそこから引っ張り出して見せる。


 「絶対に、何度でも、あなたを守ります」


 どれだけ美しく、整合性の取れたバッドエンドが来ようとも、くだらなくて、めちゃくちゃなハッピーエンドに変えて見せる。

 くだらなすぎて、あなたの悲しみなんか忘れてフッと笑ってしまうような未来を、きっと守ってみせるから。


 だから、どうか――


 「……俺を信じて、今度は笑ってください」


 ……さて、言うべきことは言った、後はあいつらをぶちのめすだけだ。

 すぐに戻ってこられるように、触媒でもある一枚の羽根を取り出してそっと山彦部長の手に握らせる、これで万が一も起こさせやしない。

 抱いた頭を離すと、先程とは違ってまだ涙目で鼻水まで出ているものの、パニックは一旦落ち着いているように見えた。

 ハンカチで彼女の涙を拭くと、それもついでに預ける。


 さて、普段は内心少しふざけているが、偶にはキッチリ真面目に戦うか。

 なんせ――


 「……どごろざわぐんっ」

 「羽根、持っててください……じゃ、すぐ戻ります」


 ――久々に、かなりムカついてるからな。



 ☀~~~☀



 「弱い」

 「ああーーっ!」


 真っ黒な剣が、ガードしたすももちゃんを斬りつけてダメージを与えて来る。

 腕から黒い煙を出しながらすももちゃんの身体が地面に落ちていく。


 最初は大変だったけど、順調だったと思う。

 たくさんの人がいる中でワールルを倒すのは大変だったけど、それでも広範囲の浄化に優れた私と、素早く動き回れるやよいちゃん、そしてこの中で一番強いエスキュートであるひとみ先輩がついていてくれたから。


 「フラムっ! 『エスキュート――」

 「遅い」

 「うあああっ!」


 必殺技で相手を叩こうとしたやよいちゃんを、今度は黒い剣が槍に変わって薙ぎ払う。

 その衝撃に吹き飛ばされたやよいちゃんは壁に叩きつけられ、後ろの壁に大きな罅が入った。


 風船のボガスカンも、空中での動きが早いすももちゃんと力持ちで守りも固いのぞみ先輩の二人掛かりでなんとか相手が出来ていた。

 しかし、ボガスカンを倒した直後、目の前のこの人が――エスキュートに似た格好をした仮面の女の子が現れてから、全てが変わった。


 「たああああ!」

 「……」

 「くっ! ううううう!」


 今度はのぞみ先輩が泡立て器を思いっきり振りかぶってあの子に攻撃する。

 それも両手で持った槍で受け止められ、のぞみ先輩がいくら押してもその場から一歩も動かせないでいた。


 「――脆い」

 「っっ!」


 そして槍から手を離した一瞬の内にのぞみ先輩のお腹を、禍々しいエネルギーで覆われた拳で思いっきり殴りつけて、のぞみ先輩はがくりと倒れてしまった。


 「『エスキュート・フラム・シュート』!」

 「『エスキュート・ヴェント・ラッシュ』!」


 でも、その間に復活したすももちゃんとやよいちゃんがそれぞれの必殺技を挟み撃ちの形であの子に撃つ。

 のぞみ先輩が作ってくれた千載一遇のチャンスに2人は確かに全力で必殺技を放った――ハズだった。


 「『――――』」


 一言、必殺技の轟音で聞き取れなかった何かを一言呟いた直後にあの子の姿は消えた。


 「えっ!?」

 「どこだっ!?」


 2人はさっきまであの子がいた場所に近寄って周囲を見渡すが、そこには誰もいない。


 「きゃああああ!?」

 「うわああああ!?」


 しかし次の瞬間には黒くスパークするエネルギーが2人を吹き飛ばし、行動不能にしてしまった。


 「……さっきの言葉は、少し訂正する、そこそこ強い」


 そんな言葉と共にエネルギーが来た方向から悠々と歩み出てくるあの子。

 3人、あっという間に3人が倒された、この現実に心が押しつぶされそうになる。


 「あ、ああ……!」

 「……次は、あなた?」


 振り向いた彼女の仮面越しの目線に思わずへたり込みそうになるも、倒れてしまってもなお立ち上がろうとするすももちゃん、やよいちゃん、のぞみ先輩の姿を見て心を奮わせる。

 そうだ、私だってエスキュートだ、3人が頑張っているのに私だけが怖がってていいはずがない。


 「たあああーー!!」

 「……無駄」


 そうやってペンを握りしめてインクを飛ばすも、一つも当たらずにあっという間に距離を詰められてしまう。

 槍を再び剣に変えた彼女からの攻撃を受け止めようとペンでガードしようとするも、下から掬い上げられるような一撃であっさりとペンを手元から弾かれてしまった。


 「ああっ……!?」

 「おしまい」


 そのまま剣を振り下ろそうとする彼女の光景がスローモーションで流れて見える。

 至近距離で覗ける仮面越しの瞳を改めて見てみたが、その目はまるでガラス玉のように無機質で、空っぽだった。

 まるで、誰かに作られた人形のような――


 「はああああ!!」

 「!!」


 ついに振り下ろされた黒い剣が、横から挿しこまれた白い剣によって阻まれる。

 その剣を辿ってみれば、ワールルとの戦いを終えて急いで戻って来たのか息の荒いひとみ先輩が黒いエスキュートを睨みつけていた。


 「てやぁ!」

 「……現れたね、シルバー」


 ひとみ先輩はそのまま剣を振り払い、相手を飛び退かせる。

 黒いエスキュートはそこで初めて誰かの名を呼び、ほんの少しの興味を持って声を掛けて来た。


 「あなた、一体何者なの!? 妖精界にいた時にあなたはいなかった……でも、地球の人って感じでもない……!」

 「……いいよ、教えてあげる」


 そこで彼女は大仰に両腕を開いて、まるで自分の存在を誇示するように私たちを見下ろす。

 薄暗いショッピングモールの中、彼女の立っているバルーンの箇所だけスポットライトが当たり、一種の神々しささえ感じた。


 「わたしは、『エスキュラー』……あなたたちエスキュートを、倒すために生まれた存在」

 「『エスキュラー』……!? 私たちを、倒すためですって!?」


 エスキュートを倒すために生まれた者、そんな存在はひとみ先輩でも聞いた事が無かったのか驚愕した様子でエスキュラーを見上げている。

 なんとか意識のある他の倒れているみんなも一様に驚いた顔をしていた。

 そんな私たちを置いておいて、エスキュラーは広げた腕をゆっくり降ろし、再び私たちを見下ろす。


 「そう、でも……今はもう一つ任務がある」


 エスキュラーがそう言い終わると同時、彼女と同じ高さにある階層の一店舗から青い炎を纏った爆発が起こる。

 爆発によって沢山の砂と埃、小石にガラス片と様々なものが降り注いでくるのが見えて、私は咄嗟に頭を庇って下を向く。


 『ワ……ルル……』


 しばらくして、降り注ぐ土煙が落ち着いた頃にワールルの声が聞こえたため目を開けると、そこには辺り一面に身体が青く燃えたワールル達が転がっていた。

 中には手足や頭が千切れているワールルもいる程で、頭から分離した部分はしばらくその場でうねうねと蠢いていたが、やがて力尽きて形が保てなくなり、ダークエナジーを放出する。

 純粋なエネルギーでできているワールルだからまだこうして見れたが、これが生き物だったらという想像がチラリと過り、気分が少し悪くなった。


 「大丈夫、オー?」

 「っ……はい、シルバー先輩……っ」


 そんな私の様子を見かねたのか、ひとみ先輩が肩をさすって心配してくれる。

 しかし今はエスキュートとして戦わなければいけない時、先輩の手をそっと退かすと私は足に力を込めて立ち上がった。


 「よかった……悪いけれど、フラム達を回復してきてくれるかしら」

 「は、はいっ!」


 私の決意を酌んでか、ひとみ先輩は私に一仕事任せるとエスキュラーのもとへと走っていく、肝心のエスキュラーの方はというと完全にこっちを見向きもせずに爆発した方向を見つめていた。


 「――来た」


 そんな呟きを漏らすエスキュラーの視線の先には、私たちの戦いにいつも現れては恐ろしい程に敵を叩きのめすコルウスさんが、左手から青い炎をゆらゆらと出しながら、ひしゃげた柵に足を掛けてエスキュラーの方を向いていた。

【猛毒の審問会の銀剣】


 審問会の特注によってのみ作られる短剣、祈祷師によって洗礼され聖性を帯びた純銀によって作られており、フランベルジュの形に沿って模られた刀身は悪しき魔を持つ者に焼けつくような苦痛を与える。


 この短剣はそれに加えて毒の象徴の一つとして知られる水銀を用いた魔術付与によって悪しき魔に対する特攻を高めており、さながら地獄の業火に晒されるかのような苦痛を齎し、今までの自らの行いを必ず後悔させるという。


 正しく一点ものの特注品だったが、炎の魔人との戦いにより現在は失われている。

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