第17話「見守る者たち」
早朝、まだほとんどの生徒が家にいる時間、朝日の差さない校舎裏の影を照らす青い炎が俺の拳を燃やしていた。
魔力切れ間近の疲労感の中、消えることなく燃え続ける炎を見ているとこれ以上ない達成感がある。
「ぜぇ……ぜぇ……やっと成功した」
「ふわぁ~……あっ、おおっ……! や、やりましたね処沢くん……!」
炎の光を受けてか、俺に持ち込ませたソファーで寝ていた山彦部長が毛布を押しのけてあくびをする。
そして起きてすぐに俺の右手の状態が目に入ったようで、その瞳をキラキラと輝かせながら俺に笑いかけてきた。
そんな山彦部長の笑顔を見ていると何だか照れくさくなって、自分の気持ちを誤魔化すように燃えないない左手でピースサインを送った。
「イエーイ……あっ、でももうガス欠寸前なんであんま持たないっす」
「で、では急いで私の服を……!」
そう言って部長は紙袋からいそいそと一着のワイシャツを渡す。
それはこの学校の制服である上着の下に着るものの一つで、上着の裾からフリルが出る設計の山彦部長お気に入りの一着なのだ。
しかし先日、俺が部を空けている間にカレーうどんを食べて台無しにしてしまったらしい、渡された服を見ても、首元から胸元にかけて茶色い染みがついている。
「でも、本当にいいんですか? 燃えるかもしれないのに」
「い、いいんです、最悪買い直しますから……それより早く!」
またお気に入りが着られるかもしれないという現実を前に山彦部長はぐいと腕を前に伸ばして服を押し付けて来る。
クリーニングに出せばいいと一度は言ったのだが、学校から徒歩15分のクリーニング屋に出向くのは彼女にとって不可能な事なのだそう……将来が心配だ。
俺はそんな事を考えつつも、彼女に頷き返して右手を開いて服の胸部辺りに押し当てる。
「……な、なんかそこにそんな感じで触られると、いやらしいですね……」
「この辺が汚れてるんですから、我慢してください」
頬を染めて目を逸らしてそんな事を言う山彦部長に、俺はため息交じりに言い返す。
……そんな事を言われると俺も何だか恥ずかしい気持ちになってきたが、顔は赤くなってないだろうか?
「…………あっ! ぶ、部長! 汚れ落ちてますよ! ホラ!」
「……おおぉっ! す、素晴らしいです……! この魔術があれば、洗濯も乾燥も――」
いらないですね、と彼女が言いかけたところで俺に限界が訪れ、炎が消えてしまう。
そして結局、首周りの一部が汚れたままとなってしまった山彦部長は悲し気な声を上げた。
「あぁ……あと少しだったのに……」
「ぜひーっ……! ぜひーっ……! す、すみません……でもマジ、もう無理……!」
魔力切れ特有の息切れと発汗、そして寒気を感じながら膝から地面に崩れ落ちる。
山彦部長はこの時ばかりは俊敏に動き、俺の汗を拭いてさっきまで自分が被っていた毛布を俺の肩にかけると、用意していた水筒を渡してくれた。
「お疲れ様です、処沢くん……ところで、使ってみてどうですか?」
「……正直、コントロールが難しいです、あと消耗も早いので……連続して使うのは厳しいですね」
そう言って先程まで燃え盛っていた自分の右手を見やる。
さっきまで発動させていたのは、昨日山彦部長が夜遅くまで術書を解読してくれて使えるようになった魔術、『浄火』である。
紀元前の聖職者が使っていた古い魔術の一つらしく、燃焼した魔力や実際の炎を触媒とした浄化魔術で、様々な穢れや汚れ、毒を燃やせる強力な魔術と記載していた。
……人体に直接的な害はないらしいが、体内の毒を焼く際はそのまま焼かれるような苦痛を感じるらしい、間違っても自分には絶対に使いたくない。
「金があるなら普通に聖水なり銀なり使った方が早いっすね……」
「……次の銀剣までの繋ぎって訳ですね……はぁ……」
……が、緻密な魔法陣の数式や安定した触媒を用いた中世以降の魔術と違い、現象を起こすための魔力の変換とかを全部自分でそれなりに論理立てて行わなければならないので、やる事の単純さと取得難易度が釣り合っていない。
しかもそれを人力でやる以上、どうしても消費する魔力に無駄が多くこれを使いこなすにはかなりの熟練が必要だ。
幸い、今までの練習で魔術が不発になるような精度ではなくなったが、何かしらの工夫をしなければ確実にトドメを刺せる状況以外では多用すべきではないだろう。
「あの、その……あんまり無理はしないで下さいね? 処沢くんの事、これでも心配しているので……」
「部長……!」
右手を見て考え事をしていると、俺を見下ろして見守っていた山彦部長が少し躊躇いがちに、恥じらうように持ってきた術書で顔を隠しながら目元だけをチラチラと出しながらそんな事を言ってくる。
ああ、いつもちょっと色々と用事を押し付けてはいるけど、彼女はなんだかんだ俺のこと、大事にしてくれてるんだなとどこか軽く感動すら覚えた。
「……処沢くんがいなかったら、家事や雑用をしてくれる人がいなくなっちゃいますからね……!」
「部長……」
台無しである、このセリフが無かったら素直に100%喜べたのになぁ……。
「ん? あれ、その術肩からも出せるんですか?」
「え? 肩? ……ウワァー!? 燃えてるゥー!?」
なんてコントのようなやり取りをしつつ、俺たちは後片付けをして部室に戻った。
実際には魔術の練習に『くらましの影』で出現させた羽根が一枚肩に乗っていたらしく、それが燃えているようだった。
因みに、魔力切れで身体強化できない事を忘れていた俺はソファーを持って階段を上る時にその日の体力をほぼ使い切ってしまった。
☀~~~☀
「う~ん……どうしましょうか~……」
「……のぞみ? どうかしましたの?」
「……はわっ!? な、なんでもないですよ~、みもりちゃん」
「…………」
最近、のぞみの様子がおかしい、とわたくしこと『柴田みもり』は友人に視線を投げかけます。
以前の彼女はいつもぽやや~んとしていて、おいしいお菓子作りの時だけしゃっきりとする人物のはずでしたが、今は時折何かを悩んでいる仕草を見せていますわ。
最初は新しいお菓子作りのアイデアが浮かばずに悩んでいるのだと思いましたが、先日も彼女の働くスイーツ店には新作の限定品が出たばかり、この線は薄いでしょう。
しかし、それ以外の事となると一体何が彼女の頭をそんなに悩ませているかは皆目見当もつきませんでしたわ。
「何か悩みがあれば、わたくしが相談に乗りますわ!」
「大丈夫ですよ~、心配かけてごめんなさいね~」
いつも通りのやんわりとした様子で、しかし明確に提案を断られたわたくしは内心それなりに大きなショックを受けていました。
新しい学年が始まり、その年の生徒副会長として選ばれて次期生徒会長なんて言われているのに、友人一人に相談もしてもらえないのですから。
「…………そうですか、分かりました、あまり無理はしないでくださいね?」
「はい、ありがとうございます~」
気の遣えるのぞみの事です、今の自分の内心を知ってしまったらきっと彼女も傷ついてしまうと判断したわたくしは、ちょうど生徒会での仕事が終わったのもあって荷物を纏めて部活へと向かう事にしましたわ。
友人同士でも踏み入れないのぞみの悩み事に歯がゆい思いをしつつ、鞄と竹刀を持って部屋を後にしましたわ。
☀~~~☀
「……それで? 後ろの彼女はあなたの友達なの、のぞみ?」
「えっへへへ……はい~、アレはみもりちゃんだと思います~」
「……困ったわね」
と、私こと『エスキュート・シルバー』……改め『宙銀ひとみ』は眉間を抑えて呟く。
事の始まりはすもも達にエスキュートの集まりとして顔を出した時、他のみんながそれぞれ私服だったのに対して私が高校の制服のままだった理由を聞かれた事だった。
私は正直に、制服とパジャマだけ持っている事を彼女たちに伝えたのだけれど、何故かすももを筆頭にみんな大騒ぎしてしまって急遽、次の休日にショッピングに出かける事となったのだ。
ワルジャーンに苦戦続きの現状でそんな事をしている暇はないと言ったのだけれど、大事な制服を汚したらどうするのか、というすももの問いに私は答えられず、結局今日は服と特訓に必要な器具を買いに来たのだった。
「ぐぬぬ……」
そして今日、皆で待ち合わせの場所に来たのだけれど、私たちの様子をのぞみの友人という紫がかった髪の女の子が手近な店の看板に隠れて見ていたのだ。
……大きなロールが思いっきりはみ出しているのだけれど、あれで隠れているつもりなのかしら?
「のぞみ、エスキュートの事は……」
「はい、もちろん言ってません~」
「よかった、何を聞かれても喋っちゃダメよ」
あの娘には気の毒だけれど、それでも無関係な人に迂闊にエスキュートの事を話してしまったら何が起こるか分からない。
それこそ、ワルジャーンの標的にされてしまっては彼女に為す術はない、隠し通すべきだ。
「えっと、とりあえず今日はただのショッピングだから大丈夫だと思いますよ、ひとみ先輩!」
「……そうね、いつまでもここにいても仕方ないでしょうし、行きましょうか、すもも」
すももの言葉に頷くと、私たちは目的の店に向かって歩き出す。
……後ろから感じる気配については、なるべく気にしない事にした。
【ブロードソード】
幅の広い直剣、一般的なロングソードより重たいが、その分攻撃力が高い。
退魔師の中には、幅広で付与魔術を行いやすいこちらの剣を好むものもいる。
退魔師には必ず贈られる言葉がある。
「道具に頼る事を恥じる者は、いずれ命を弾かれる」




