第12話「デビュー戦は即出落ち」
「カラスの羽根はそこの瓶に集めてます……あっ、それは黒玉砂利ですね」
「暗くて分かりにくいっすね……それはそうとコレも貰っていいですか? 欠片と粉末で」
「ま、また使い切ったんですか……!? 集めるのちょっと面倒なのに……もうっ」
部屋の整理整頓を終え、遅めの昼食代わりのハンバーグを食べ終えた頃。
戦闘や任務で必要になるであろう触媒の補充に俺は部室の棚をガチャガチャと漁っていた。
俺の使う魔術の内、『引き寄せ』以外は『影の魔術』というもので、『くらましの影』がカラスの羽根を触媒とするのに、他の魔術はどれもこれも中身まで黒い石というちょっと面倒な条件の触媒がいる。
昔は黒曜石じゃないとダメというもっと面倒な条件があったが、魔導士の研究・改善によって一部を除いて多少条件が緩和された。
だから山彦部長が小言を漏らすのだが……ああ、本当に気が重い、俺はそれ以上にもっと値を張るモノを無くしてしまってるのだ。
「あのー……部長? 実は、その、言わなきゃいけない事があって……」
「…………な、何ですか? イヤな予感がするんですけど……」
俺が躊躇いがちに口を開くと、彼女も俺の様子を見てよくない知らせであるとは理解したのか固唾をのんで俺の方を見る。
これから降りかかるであろうお説教に一瞬身震いし、次に観念してこっそり息を吐くと山彦部長の方を見ないまま続きを話した。
「銀の短剣…………なくなっちゃいました」
「………………は?」
沈黙からの一言、彼女の口から漏れたそのたったの一文字で俺の心は凍り付いた。
無理もない、なんせアレの毒性を強める魔術付与をしてくれたのは山彦部長だったからだ…………それも毎日4時間の儀式を、2週間かけて。
「――はぁぁぁぁっっ!?」
その日、オカルト研究部の近くにいた生徒がビックリして足を止める程の怒号が俺を襲うのだった。
☀~~~☀
「エスキュート!? なる、なる! アタシ絶対になる~っ!」
『やったあ! エスキュート、あと一人っプイ~!』
「えぇ~!? ちょっと待ってよ! いいの!? そんなあっさり!?」
わたし、赤沢すもも! 今日はプイプイも連れて体育の授業でバレーをしていたんだけど、なんと隣のクラスの風森やよいちゃんがエスキュートだったのだ!
それでプイプイと一緒に休憩中にこっそり事情を話しに行ったら、やよいちゃんは話を聞くなりすぐにオッケーしちゃった!?
「えっと、戦うんだよ!? 悪~い人たちとか、コワ~い怪物がたくさん出るんだよ!?」
「だったらなおさら! エスキュートっていうのは誰でもなれるわけじゃないんでしょ? それに、困ってる人はほっとけないよ!」
身振り手振りで大口のボガスカンとか、相手をぼっこぼこにするコルウスとかを再現してみても、やよいちゃんは益々目を燃やしてまだ見ぬ彼らへの闘志を熱く燃やしている。
う~ん……やよいちゃんがここまでエスキュートに乗り気なら止める方がかえって悪いような気もするような……。
わたしがやよいちゃんになんて言うべきか悩んでいると、突如として空が紫色に染まる、ワルジャーンたちが来た合図だ。
「これっ、ワルジャーンの……!」
「なにーっ!? よーし、じゃあ早速変身だ!」
『やよい、これで変身するっプイ~!』
わたしの呟きを聞いたやよいちゃんは、すぐさま空の色が濃いところへと走り出す。
途中でプイプイが投げたエスパッションをキャッチすると風のように走り去ってわたしの視界からあっという間に遠ざかってしまった。
『すもも! あたしたちも行くっプイ!』
「あっ!? まっ、待って~!」
そのあまりのスピードにわたしは一瞬呆然と見送ってしまったが、プイプイに背中を押されて慌てて走り出す。
いくらエスキュートでもボガスカンとの戦いに一人で、ましてや初めての戦いで上手く行くとは思えない、急がないと!
☽~~~☽
「ふぅぅ~……やっと機嫌直してくれた……」
怒りのあまり暗黒のオーラすら立ち上ってそうな山彦部長にひたすら平謝りし続けてようやく解放されたのがつい先ほど。
許す条件としてしばらくはどれだけ忙しくても必ず一日一回は部室に訪れる事と、彼女の髪と肌のケアに加えて肩もみとかのマッサージまで言い渡されてしまった。
まあ、無くしたものの罰としてはかなり軽いので文句なんて言いようもない……と言いたいが、やはりカワイイ女の子に触るとなるとドキドキして変な挙動をしないか心配である。
『いいですよ……どうせ、処沢くんは変なコトできませんから……ええ、できませんからね……はぁ』
と、山彦部長は俺を信頼するような事を言っていたし、せめて表面上くらいは完璧な平然を装う必要があるだろう。
紳士的な振る舞いは残念ながら転生者になっても身につかなかったのだ――前世からして女っ気0の人生だったから当たり前ではあるが。
「……ん?」
とぼとぼと廊下を歩いていると、ふとお隣の中学校の空が毒々しい紫色に染まっているのを発見する、何度もその空を見たことのある俺は、それがすぐにワルジャーンが襲撃してきた証だという事にすぐ気づいた。
「ああもう! 学校まだあるってのに!」
いつもなら登校中のトラブルは他の魔術師に任せているのだが、今はワルジャーン撃破の任務を受けている身、俺は急いで近場のトイレの個室に入り、マスクとコートを変化させている枝を折る。
変化解除の煙が火災報知器に引っかからないか心配しつつ、制服の上からコートを出現させ、眼鏡を外してマスクをつけた。
「……よし、誰もいないな」
周囲に誰の気配もない事を改めて確認し、俺は帽子をかぶって窓から外に出て人目につかないように屋上まで壁伝いに昇ると、縁に足を掛けて一気に跳躍し、電柱や屋根、街頭を足場にしながら中学校へと向かった。
☀~~~☀
「よっし! 正義は勝~つ!」
『ボ……ボガスガァァァン……』
アタシはそう宣言し、額の汗を拭って天高くピースを掲げた。
山積みになったカラスの怪物たちを見ながら、改めてアタシに宿った『エスキュート』の力を実感する。
目を回しているカラスの怪物は、しばらくすると黒い煙を出してきて、収まった頃にはきょとんとした様子のカラスが辺りを見回していた。
「ぐぬぬぬ……! エスキュートめぇ……!」
鞭を持った女の人がアタシを睨みつけるが、アタシも彼女を思いっきり見つめ返す。
アイツは動物を怪物に変えて学校を襲った悪いヤツなのだ、睨まれたって、怯むもんか!
そうしてお互いに相手を見据えてじりじりと距離を測っていると、アタシの後ろから誰かが駆け寄って来る足音が聞こえた。
「わわわっ! 緑色……? 新しい人ですか~?」
のんびりした声でそう尋ねて来る人を見ようと振り返ると、黄色い髪をふわりと広げたエスキュート――すももが言っていたのぞみ先輩だろうか――がぽてぽてとした歩みでこちらに近寄って来る。
ちょっと抜けてそうだな、と一瞬思ってしまったが学年もエスキュート歴も彼女の方が上なのだ、失礼があってはいけない。
「オスッ! 自分、今日からエスキュートにならせていただきました、『エスキュート・ヴェント』ですッ! よろしくお願いいたしますッ!」
「あらあら~、そんなにかしこまらなくったっていいのよ? あっ、ワタシ『エスキュート・テーレ』って言います~……うふっ、この名前で名乗るのって結構照れますね~」
そう言いながらのぞみ先輩は頬を染めて頭に手を置く……う~ん、やっぱりどこかほわほわした感じの人だ、ちゃんとエスキュートとして戦えるのだろうか?
そんな不安が頭を過った時、ざわざわと地面から黒い粒のようなものが大量にアタシたちの足元をすり抜けていく。
「オーッホホホホ! 油断したわね、エスキュート!」
「っ!? あんた、一体何をした!?」
粒の流れる先を見ると、さっき戻ったばかりのカラスたちを覆うように粒が纏わりついていた。
カラスはガアガアと鳴いて振り払おうとするが、落としても落としてもまた多くの粒が埋め尽くしていく。
鞭女の方を向いて問いただすと、彼女は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「この辺り一帯の闇のエネルギーをまた集めたのよ! 生まれるボガスカンはさっきの戦いを経験した更に強いボガスカン! エスキュートなんて一捻りよ!」
「なんだって!?」
鞭女の言葉を受けてようやくアタシは動き出そうとするも、既にカラスを取り込んだ闇のエネルギーはどんどんと膨れ上がり、その影でアタシとのぞみ先輩を覆ってしまうほどに大きくなっていた。
その様子を後ろ向きに眺めていた鞭女はバッと両腕を広げて高らかに宣言する。
「さあ! エネルギーを高めた『中級ボガスカン』よ! 今こそ世界に――」
「き、来ますよ~ヴェントちゃん!」
彼女の言葉が進んでいく毎にエネルギーは次第に暗い光を放っていく。
最早、ボガスカンの誕生は止められないと感じたアタシは足甲の存在を意識しながら構える。
見ればのぞみ先輩もいつの間にか取り出した大きな泡立て器のような武器を構えてエネルギーの繭を見据えていた。
「――闇をもたらせ!」
直後、ザパンという音と共に繭が真っ二つに裂ける。
そこから飛び出してくる大量のカラスたちの中から、カラスの顔をした人間のようなものがコートを翻して地面に降り立った。
【コルウスのマスク】
処沢刑二が『魔術師』として活動するときにつけている黒いペストマスク、何度も取り替えた跡のあるレンズ部位には簡易的な魔術が施されており、目の悪い人でも眼鏡なしで活動できるように改造してある。
このマスク自体には何の魔術的効果もないが、何の変哲もない道具が伝説を残し、魔性を帯びる事例は度々ある。
このペストマスクも、いつかそうなるのだろうか。




