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第10話「広がる災禍」

 「……フゥーッ」


 うーん、今日はなんだかやることがとことん上手くいかない気がする……。


 と、腕の中にいるさっき化け物に食われかけてた彼女――聞こえた声だとのぞみさんと言うらしい――を見下ろす。

 恐らくボガスカンの中だと思われる薄暗い空間の中、腰につけた水晶ランタンの魔力だけが光源となっていた。

 


 「念を入れて正解だったな」


 のぞみさんの服と首の間から一枚の羽根を取り出すと、役目を終えたそれはボロボロと崩れ、やがて灰となって崩れて消えた。

 そう、事前に自分の触媒をのぞみさんに隠しておいて、万が一の時にすぐ傍に転移できるようにしていたのである。


 『引き寄せ――あれ、不発!?』


 そして化け物の口が閉じ切る前にもう一度適当な羽根を撒いた場所に転移して事なきを得る――つもりだったのだが、転移直後は結構魔力が乱れているため連続の転移発動は難しかったのだ。


 そしてそのまま間に合わず、のぞみさんと一緒に口の中、というわけだ。

 今まで転移直後に基礎魔術以外の魔術を使った経験が無いが故の失敗だった、今度は上手くできるようにそのうち練習する必要があるだろう。


 「……やっぱり吸われているな」


 それから、さっきから俺の身体を通して魔力が漏れ出し始めている。

 基礎魔術による魔力循環すら切っているのにこの現象が起きているということは、やはりあのボガスカンとやらにはエネルギーの吸収器官があるのだろうか?

 とにかく、ここに長居するのはまずい。


 「『くらましの影』」


 俺は懐からもう一枚羽根を取り出すと、のぞみさんを魔術で大量に生成した羽根に包む。

 こうすればまず周りの羽根から魔力を吸収しようとするから彼女を上手く保護できるはずだ。


 「流れは……こっちか」


 流れ出る魔力の動きを追ってなるべくのぞみさんから羽根を落とさないように走り出す。

 こういう時は適当に壁でも見つけてそこから穴を掘れば何とかなるのだ。


 「今回は結構快適な場所だな」


 以前食われたときの悪魔の腹の中に比べると、ボガスカンの体内は広くて、蒸し暑くないしヘンな体液が流れたりしていない。

 これで魔力さえ吸われなければ結構いい場所なのかもしれない、と考えているとたどり着いた行き止まりを前に、俺は再び剣を引き抜いた。


 「そ~れっ!」


 そんな掛け声と共に剣を振り下ろすと、壁に大きく突き刺さる。

 結構柔らかかったそこは、剣がずぶりと沈んでいき、そこから勢いよく液体が噴き出てきた。


 「うおっと」


 腕の中ののぞみさんにかかりかけたので、慌てて距離を離してのぞみさんを一旦地面に置く。

 そして今度は両手で柄を握りしめると、鶴嘴を振るうように何度も振り下ろした。


 『ボッ!? ボギャッ!? ボギャギャギャギャ!?』


 頭上からボガスカンの苦悶の声が響いている辺り、エネルギー体の割には結構苦痛を感じているようである、内臓ロクにないのに痛覚いるのか?

 そんな事を考えながら発掘作業を続け、全身が黒い液体に塗れてきたところで遂に引き抜いた剣から光が差し込む。


 「えっ!?」

 「何か出てきた!?」

 『プイィィ~~!? ま、まさかのぞみの骨……!?』


 その光から響いてくる声から出口を確信した俺は、剣を引き抜いて鞘に収めると、穴に両手を突っ込み身体強化をフルに稼働させる。


 「フンッ! ンン~~~~ッ!!」


 ミチミチと音を立てつつも、その柔軟性からなかなか穴を広げることができない、それでも腰を落とし、尻の筋肉までギュッと引き締めて全力で両手を広げると、ぶちッと音が変わった瞬間に一気に抵抗感が無くなり、ブチブチブチッ! っと広がる腕と一緒に光が視界一杯に広がる。


 『ボギャァァァアアア!?』

 「…………」


 しかし、外に出られた感動も一瞬で、ボガスカンの腹の裂け目の端からボトボトと落ちてくる真っ黒な体液を頭上から被ってしまい一気にテンションが下がる。

 コート中の服にまで染みてないのを祈りつつ、帽子の液体を振って取り除くと被り直し、のぞみさんを再び抱えて外へと飛び降りた。


 「あ、あなたは……」

 「ん?」


 しばらくボガスカンから距離を取った後に瓦礫に座り込んでちょっと休んでいると、すぐ横から震える声が聞こえる。

 呑気な動作で振り返ると、そこには呆然や驚愕の混ざったような顔のエスキュートたち――って、思った以上にビックリしてるな、俺が唐突に現れたのは別に今日が初めてじゃないだろうに。


 「どうして……どうやって……?」

 「……敵がまだ、いる」


 最初に介入した時ぶりの銀のエスキュートがまとまらない言葉で問いかけてくるが、俺はそれにそっけない態度でスカムとやらを顎で指す。

 ……素人あがりっぽい人にあんまり魔術関連の事を喋るとトラブった時責任を背負わされかねないのである、許せ。


 因みに俺以外の魔術師がエスキュートに関わるのを避けているのもこれが理由の一つだったりする、アメリカとかならスカウトしたかもしれないが……そこは国民性だ。


 「…………」


 とかなんとか考えてる内に彼女たちは構える。

しかし、エスキュート連中は構えるもののちゃっかりとこっちにも対応できるよう警戒しているようだ……ちらちらとのぞみさんを見ているあたり、顔見知りなのだろうか?


 「……心配するな、何もしない」

 「信じていいの?」

 「後ろ……あの妖精の近くに置こう、それでいいか?」


 このまま戦いに集中されないのも困るのでのぞみさんをプイプイ喧しい妖精の付近に置く……柔らかくて甘い匂いするしもうちょっと抱えていたかったな、と少しだけ惜しむ下心が彼女を必要以上にゆっくりと降ろした。


 『コルウス……!! またしてもいいところで!』


 蛇男のスカムが歯ぎしりしながら俺を睨んでくる。

 それを睨み返して互いに戦闘の構え――に入ろうとしたところで急激に身体強化が途切れ、活力が抜けていく。

 何事かと思うも、原因はすぐに分かった――魔力切れだ。


 「……ッ!」

 「……どうしたの?」


 通常、魔術師は戦闘において事前に魔力を仕込んだ触媒を使うので魔力を消費することは少ない、触媒を使わないにしろ、身体強化など魔力を気にすることなく使える魔術しか使用しないのだが……転移魔術は別だ。

 魔力の消耗を抑えるための触媒が使えず、術の燃費もすこぶる悪い。

 そんな魔術を長期戦の末に使い、更には魔力を吸われ続ければ流石に息切れする、これ以上の戦闘行為は不可能だ。


 ……正確には『あるもの』を使えばできない事も無いが、これは文字通り『自分を削る』、使いたくないのが心情だった。


 「……っ、『くらましの影』!」

 「えっ!? ちょっとコルウスさん!?」


 このままだと足を引っ張る、そう判断した俺は残った魔力で羽根を撒き散らすと一目散にその場を後にした。

 あそこにはエスキュートが3人もいるし、ボガスカンの腹も真っ二つに裂いてやった。

 以前戦った時の感覚から言って、単純なぶつかり合いなら後は彼女たちに任せても大丈夫だと思う。


 その後、同僚の監視員によると俺の予想通りにボガスカンは倒されたという、しかも新しいエスキュートが加わったらしく、結構余裕だったとのこと。


 そしてこの日を境に影人間の目撃例は全国に広がる事となり、ボガスカン、ひいてはワルジャーンという名は魔術師界隈でも有名となるのだった。



 ☀~~~☀



 「はぇ~~……そんな事があったんですねぇ~~……」


 戦いの後、建物を直して倒れていた人たちも元気になっていった中、エスキュートとなったのぞみ先輩にこれまでのわたしたちの戦いを一から全て話した。

 プイプイとひとみ先輩に出会った日のこと、わたしが初めてエスキュートになった時から今までのワルジャーンとの戦い……そして、魔術師を名乗る謎の男、コルウスのことも。


 「でも、ワタシたち以外にも戦っている人がいるって聞いて安心しました~」

 「悪いけれど、彼が確実に味方だとは思えないわ……何か、別の目的があるようにも見える」


 のんびりとした様子で笑うのぞみ先輩に対して、ひとみ先輩は厳しい目つきで彼女のいう事を否定する。

 そして、これまですぐ傍で彼の恐ろしい戦いっぷりを見ていたわたしもひとみ先輩の言い分の方に納得できた。


 「そうですよ! 確かにコルウスはのぞみ先輩を助けてくれたかもしれないですけど……そのあとすぐ帰っちゃいましたし!」

 「それに、あの人は今回といい、前の事といい、なんだか人を傷つける事を何とも思ってなさそうで……正直、怖いです」


 イルカショーの時の戦いを思い出したのか、すいなちゃんはちょっと青ざめた顔でわたしの言葉に乗っかる形で控えめに主張する。

 しかしのぞみ先輩はよく分かっていないのか、それとも分かった上で大して気にしていないのか少しだけう~んと悩むそぶりを見せると、次の瞬間にはぱっとわたしたちに笑いかけた。


 「とりあえず、コルウスさん? のことは後にして、パーティーの続きをやりませんか? せっかくワタシもエスキュートになったので、お祝いしたいです~!」

 『プイ! たっくさんケーキ食べたいっプイ~!』


 のぞみ先輩の提案に、エスキュートが順調に集まって上機嫌のプイプイに押される形で結局わたしたちの話し合いはそこで一旦打ち切りとなり、当初予定していたすいなちゃんの記念パーティーをのぞみ先輩も加えたパーティーに変わって楽しくスイーツを食べた。

 最初はイマイチ乗り切れなかったが、美味しいスイーツを口にする内にわたしの不安は溶けていった。


 「うふふ、あま~いお菓子は人を幸せにしてくれるんです~」


 本当に嬉しそうにそう語るのぞみ先輩を見て、わたしはどこかこの人に強い安心感を抱いていた。

 優しく夢を語るその姿は、がむしゃらにエスキュートをやっているわたしには無いものがあるように思えて、それがあるならきっと大丈夫だと、なぜだかそう納得してしまった。



 ★~~~★



 『それで? コルウスの足取りは掴めましたか?』

 「……駄目、足跡もあのエネルギーの痕跡もない、ワールルも反応なし」

 『フシュルルルル……! 本当にあのカラス顔にはハラが立ちまスね!』


 夜、満月だけが頼りの路地裏で黒髪の少女が風変わりな機械に向かって何事かを呟いていた。

 その機械からは神経質そうな男の声――スカムが通信機越しに悔し気に唸っていた。

 きっと自慢の科学が通用しない相手が心底気に食わないのだろう、と少女が考えていると落ち着きを取り戻したスカムが再び少女に声を掛ける。


 『とにかくッ、人間のエネルギーは有用である事が分かっただけでも儲けものでス』

 「そう……それじゃあ、いつ?」

 『もちろん、今すぐに、でス!』


 スカムがそう断言した直後、夜空に大きな穴が開き、そこから黒紫色に暗く、妖しく光る粒子が町中に降り注ぎ――次に、大量の粒子が今度は空を覆いつくさんとあちこちに散らばっていく。


 「……散布を確認、問題ないみたい」

 『シャッハハ! 当然でス! さあ、エスキュートよ! そしてコルウスよ! 止められるものなら止めてみろでス!』


 通信機越しにも分かるくらい興奮した声音のスカムの声が夜の路地に響く。

 これだけの現象が起きているというのに、空の異常に誰かが騒ぐことは無く、粒子は何者にも妨害される事無く地球に降り立って行った。


 『地球人類総エネルギー化計画を!』


 スカムの宣言は、最早ワルジャーン帝国の侵略が他人事ではなくなったことを意味していた。

TIPS


【魔力切れ】


 自分の体内の魔力が枯渇した状態、この状態になると発汗、体温低下、身体機能の低下が症状として現れる。

 人間が一日に出せる魔力は大体決まっていて、魔術師はそれらを無駄にしないためにも魔術を使わない日は触媒などに魔力を移していつか魔力を使う日に備えるか、魔力を必要としている人に売り渡したりする。

 ちなみに、鍛錬を繰り返すことで一日の魔力出力量はある程度増やすことが可能。


 魔術師にとって魔力とは力の根源であり、命であり、対価なのだ。

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