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人形師と精霊と〇〇の話。  作者: 星空流
5/5

創る話。





 店に帰り着くころには、日はもう傾き店が黄金色に染まっていた。

 扉の鐘の音が鳴ると、カウンター奥の階段から小さな足音が降りてくる。顔を覗かせた少女は、一人は嬉しそうにの笑みを浮かべ、一人は不服そうに口を歪めた。

 

「おかえり、なさい」

「遅かったじゃない」

「ただいま、エメ、スティル」

「た、た、ただいまっす!」

 

 大きな布を担いでいるエルは、ぜーぜーと息を切らしながらも元気に挨拶を返す。それを横目に見て、テオは静かにカウンターの中へと入っていった。

 少女たちの頭を撫で、そのまま階段は上らずに奥の扉に手をかける。振り返り、エルの名を呼んだ。

 

「材料は、ここに」

「……えっ!? そこって……」

 

 その扉はエルがいくら願おうとも入れてもらえなかった場所。

 テオが人形を創る工房への、入り口。

 

「いいんすか!?」

「……まぁ、材料を運んでもらったからな」

「頑張った甲斐があったっす!!!」

「よかったじゃねぇか、相棒」

 

 荷物を持ったままガッツポーズ、にはならないポーズをとって喜びを表現するが、荷物や人形への配慮は怠らない。器用に隙間を縫ってスキップする姿に、エメがクスリと小さく笑った。

 

「ほら、相棒。はやく」

 

 フードの中から後ろ頭をポスポス叩くパシィに急かされ、エルは急いでテオの後ろに立った。

 テオが手首を捻る。高鳴る心臓を、エルは力強く抑えた。

 

「わ、ぁ」

 

 扉の先は、工房だった。

 分かりきったことだとしても、それはエルにとって夢の始まりの場所だった。

 店と同じぐらい広い部屋に、所狭しと並んだ人形達。店には置いていない成年型もいくつか壁に寄りかかるように座っている。床は絨毯が敷かれ、座って作業することも多いのだろう、手頃な場所に工具などが置かれている。部屋の一番奥、この部屋唯一の窓の側にはテーブルと椅子が置かれ、暖かな日差しが部屋を美しく彩っていた。

 

 (ここが師匠の作業場)

 

 ここから生まれるのだ。あの心踊る人形達が。

 

「材料、そこの絨毯の端に置いてくれ」

「あ、はいっす!」

 

 思わず見とれていた視線を戻して、テオの指示通り担いでいた荷を下す。思ったよりも負荷をかけていたのか、下ろした途端に肩と腰に重い痛みがのしかかった。

 

「つ、疲れたっす……」

「ご苦労様。僕はこのまま人形創りに入るから、君はクレアにそれを伝えてきてくれ」

「あ…………はいっす…………」

 

 もう少しこの場を見ていたかったが、作業の邪魔をするわけにはいかない。エルは大人しく、しかし名残惜しそうに振り返り、扉を閉める直前まで部屋とテオを見つめて、ゆっくりと作業場を後にした。

 店内にクレアも少女達もいないことを確かめると、そっと階段を上る。勝手に上がるのは失礼かとも脳裏を掠めたが、作業場の横で大声で呼ぶのは作業する師匠の迷惑だ。きっとクレアも分かってくれるだろうと、軋む焦茶色の階段にそっと足を置いた。

 二階の床の高さから頭ひとつ分ひょこっと顔を覗かせると、二階は左右に続く廊下になっていた。どちらにも陽を取り入れる窓があり、その向かい側、今いる階段側の壁にそれぞれ2つずつ扉がある。エルの鋭い聴覚は、右のすぐ近くの部屋から何かを叩くような音を聞き取った。

 階段を登り切り、夕飯の香りのする扉をノックする。クレアの声で、短い返事と共に「入ってどうぞ」という言葉が聞こえた。

 

「お邪魔するっす! いい匂いっすね!!」

「テルミスさんたちから良いお野菜やお肉をいただきましたからね。早速夕飯の準備をしているのですよ」

 

 クレアの手元を見れば、先ほどの叩く音は包丁の音だったことがわかる。鍋では深い色の葉が湯にかけられ、湯の色を薄い緑色に変えていた。

 部屋の中央、広いキッチンの後ろ側に位置する場所は食事をするテーブルと椅子が置かれており、少女たちが腰かけていた。スティルは相変わらずエルたちを見て顔を歪ませているが、隣に座るエメはテーブルに紙を広げて夢中で何かを描いているようだった。

 

「何描いてるんすか、エメちゃん?」

「ひゃあ!?」

 

 後ろから覗き込むと、猫のように飛び上がるエメ。すかさずスティルがエルを睨みつけポカポカと殴った。

 

「ちょっと! エメを脅かさないでよ!!」

「ご、ごめんっす! 脅かすつもりは……!」

「ん? これは服か?」

 

 スティルがエルを押しのけている合間にちゃっかりテーブルに飛び乗ったパシィは、てちてちと紙に近づき顔を近づける。反応の遅れたエメは隠そうにも動けず、あわあわと意味なく両手を振った。

 

「あ、あの、これは、」

「ちょっと! 勝手に見ないで!!」

「悪いな。しかしよく描けてるじゃねーか、もしかして人形の服か?」

「エメはよく服のデザインをしてくれるんですよ。店の人形たちの中にも、エメの服を着た子がいるんです」

 

 後ろで調理を続けていたクレアが楽しそうに言う。エルは、下にも響きそうな声で叫んで、エメの高さに合わせるように腰を屈めた。

 

「すごいっすねエメちゃん!? 俺、服のデザインが苦手だから本当に尊敬っす!!」

「そ、そんな……」

「誰でもできることじゃないっすよ! よかったらコツとかあったら教えてほしいっす!」

「えと……その……」

「エメが困ってるじゃない、離れなさいよ子犬!」

「子犬って俺っすか!?」

「い、いいの、スティル、大丈夫だよ」

 

 言いながら、赤かった頬を更に赤くするエメ。小さな口の端が少し上がっているのを見上げて、パシィは満足げに頷いた。

 

「大したもんだぜ、嬢ちゃん。デザインするのが好きなのか?」

「う、うん。お絵描き、昔から好きなの。それに……私も、テオのお手伝い、したいから」

「そりゃ素敵だ。いつか嬢ちゃんがデザインした服も着てみたいな」

「いいね! エメちゃん、作ってくれるっすか?」

「も、もちろん……!」

 

 エメが両手をぐっと握って笑う。同じくらい嬉しそうに笑ったエルは、大きな手を同じように握って、小指を立てた。

 それをエメの前に差し出す。小さく首を傾げて見上げたエメは、キラキラした青い瞳と、目が合った。

 

「俺もいつか、師匠に負けないぐらいの人形を作ってエメちゃんにプレゼントするっす! 約束っす!!」

 

 真っすぐ立った小指を見つめて。もう一度、青い瞳を見つめて。エメは小さな小指を、恐る恐る、結んだ。

 

「……うん。やく、そく」

 

 その姿を、パシィは楽しそうに、クレアは微笑ましく、スティルは複雑な表情で見守っているのだった。






 工房の扉にそっと耳を当てる。夕飯をご馳走になり楽しく食卓を囲んでいたエル達だったが、月が高くなってもテオは現れず、エルは一人様子を伺いに来ていた。

 しかし部屋からは物音ひとつしない。

 仮にも店に隣接した工房だ、防音性に優れているのかもしれない……と考えはしたものの、物を作っているのにこれほど静かなのはおかしい、と首を傾げた。

 外出しているとも思えない。エルの脳裏に嫌な想像が走る。


(もしかして、空腹で倒れてるんじゃ……!)


 いてもたってもいられず思わず扉を蹴破りそうになったが、実は本当に防音性に優れているだけかもしれない。確認をするだけ、と言い聞かせ、なるべく音を立てないようにそっと扉を開いた。

 わずかな隙間から中を覗き見る。部屋の電気はついておらず、開けた扉からの光と、窓からの月光が部屋の明かり代わりをしていた。絨毯の上には今日仕入れた材料や作りかけの人形の部品などが並んでいる。

 その中央。胡坐の上に木材を抱え、窓に昇る満月を見上げているテオがいた。夜の冷たい空気が、エルの横を通った。


「……ノックぐらいしろ」

「え、あっ、ごめんなさいっす! ちょっと心配で!!」

「……」


 テオが振り向く。月光の当たる右目が、黄金色を反射していた。

 何故か、喉が詰まる気がした。


「師匠……?」

「……入ってくるといい」

「は、はいっす!」


 そっと扉を閉めて、物を踏まないように慎重に歩を進める。再び窓を見上げるテオの隣に、エルはゆっくりと腰を下ろした。

 照らされたテオの表情は、どこか寂し気で、どこか遠いところを見ているようだった。エルには届かない、遠い場所。

 テオは月を映す水面のように、静かだった。

 再び足を踏み入れられた工房だったが、エルは周りを見て回ることもせず、ただテオの隣で彼の次の言葉を待った。

 暫くして。

 テオはゆっくりと、薄い唇を開いた。

 

「君は、どうして人形を創る?」


 それはテオと出会ってから、何度も言われた問い。

 エルは首を傾げながら、いつもと変わらない、同じ答えを伝えた。


「俺は相棒に最高の人形を作ってあげたい! そのためっす!」


 テオの瞳だけが、エルを見た。重いまぶたをゆっくりと下ろし、再び開いた。

 青の瞳は、金色と混ざり合って、知らない色をしていた。


「じゃあ、その学んだ技術が――――人を不幸にするものだとしたら。君はそれでも、人形を創るのか?」


 知らない声。そんなことはない。それでも、エルにとって、今のテオは知らないテオだった。

 どういうことだろう。

 言葉を、考える。人形を作ることが、人の不幸に繋がるなんて考えられない。しかしテオが冗談で聞いているわけではないことを、エルは感じていた。

 よく、考える。自分の作った人形で、誰かが悲しむとしたら。

 自分はどうするだろうか。


「……それでも、俺は作るっす」


 口が。体が動いていた。

 それは理屈ではない。

 彼の夢だった。


「でも、誰も不幸になんかさせないっす! もし誰かが悲しんだら、それが人形作りのせいだっていうなら、もっともっと勉強して、絶対絶対幸せにする……! 絶対なんとかしてみせる!!」


 立ち上がった彼は真っ直ぐにテオを見た。テオの青の瞳はエルと同じ色をしていて、テオの瞳の金色は、エルのキラキラした髪色を写し取っていた。

 もう一度、考える。何度も、考える。

 それでもエルの答えは変わらなかった。


「師匠の技術を、人形作りを、不幸だなんて言わせない!!!」


 テオが、大きく目を開いて、ゆっくりと閉じた。

 再び開いたとき、青い目が、同じ青の目を見て、そっと笑った。


「そうか」


 テオは抱えていた木材をエルに差し出す。今日買ってきた木材だ。首を傾げるエルに、テオは先程よりも熱を帯びた声で、告げた。


「これはマダムの人形の、顔の素材だ」

「おばあちゃんの……」

「君が創れ」

「…………俺が!?」


 思わぬ言葉にエルの身体が大きく仰け反った。仰け反ったまま、マジマジと素材を見つめる。それは確かに人形の素材となる木材であり、設計書に描いていたとおりの大きさのものであった。

 顔は人形の命とも言える場所。それを、まだまだ未熟な自分に任せるなど。

 到底信じられない事を、しかしテオは真面目な顔で、視線を逸らさず、エルを見ていた。

 あまりの責任の重さだ。だが、これはテオから技術を教わる、最初で最後のチャンスなのかもしれない。

 汗ばむ手を、エルは強く握った。そして、震えを隠さないまま、そっと、その木に触れた。


「……本当に、いいんすか」

「だめなら始めから言わない。……もしこれで君に才を見出だせなければ、師弟ごっこは終わりだ」


 両手で優しく、掴む。それは見た目以上に重く、繊細な肌触りをしていた。

 腰を下ろして膝の上に乗せる。木目をなぞると、柔らかな木の香りがした気がした。


「君の力は『情熱』だったな」

「はいっす」

「なら、僕の真似をするのがいいだろう」


 木材に、テオもそっと手を添えた。緊張で俯いていた顔を上げれば、思ったよりもずっと近いところに、テオがいた。

 目が、合う。

 青が、青を、写し取る。


「いいか、よく聞くんだ」


 テオの声は静かで。しかし確かな熱があり。

 その熱が、ゆっくりと、エルに流れ込む。

 身体の奥が熱くなっていく。

 この感覚を、エルは知っていた。


「『創造』は『想像』だ。思い描くんだ、強く」


 青の目に映るのは、自分の姿。あるいは、大切な相棒の姿。師匠の姿。

 胸の奥が熱くなっていく。この熱の名前を、エルは知っていた。

 

「細部を考えろ。君の知る全ての知識と知恵を絞り出せ」


 学校で習った基礎を思い出す。何度も見た、テオの人形を思い出す。

 自分の作りたかったもの。憧れたもの。もう一度、何度でも、手を伸ばす。

 全身に血が巡る、この昂ぶりを、エルは知っていた。


「そして意義を考えるんだ。この人形は、何の為に在る。何の為に、君は創る」


 嬉しそうに笑う、彼女の顔を思い出した。皺だらけの手の、優しい温もりを思い出した。

 彼女は言っていたはずだ。これは彼女の気持ちの形だと。

 生まれる前から愛していた、証だと。

 この気持の名前が、今なら、分かる気がした。


「思い描いた全てを込めろ。いま考えたもの。今まで感じたもの。君の中に捨てるものは、何一つない」


 光が灯る。それは、燃え盛る炎のように。全てを照らす、太陽のように。

『情熱』が、溢れる。


 

「君の心、全てが――――『創造』になる」


 

 それは、精巧で、美しく。

 たとえ師匠のものとは、比べ物にならずとも。


 呼吸を思い出したように、エルは大きく息を吐いた。手元にあるのは、紛れもなく人形の顔となるパーツ。世界で二つ目となる、『情熱』の人形の、一部。

 エルが確認するよりも早く、テオはそれをひょいと持ち上げて隅々まで手早くチェックする。そして顎に手を当てて、低く唸った。

 正座で息を整えていたエルの肩が跳ねる。


「なっ……なんか良くなかったっすか!?」

「いや、むしろ感心している。純粋な創造系でもなく、経験も浅いのに、能力だけでここまで……」


 パーツの外から中まで隈なく眺め、触り、また眺める。唸るテオの横で、エルはパクパクと声にならない声を上げた。


(ほめ……られた!?)


 再び体が熱くなるのを感じる。今度は顔を中心に。

 自分は成したのか。成せたのか。

 憧れに指が触れた気がした。あの感覚を、良く思い出して、噛みしめる。

 まだまだ、テオの足元にも及ばないけれど。分けてもらった熱を、エルは大切に、心にしまった。


「エル」

「は、はいっす!」


 唐突に呼ばれ、背筋が伸びる。テオは人形の顔を傷つけないよう慎重に脇に置き、エルを見た。

 そこに先ほどまでの熱さはない。けれど、人形師の姿をした彼がそこにいた。

 彼の細い指がエルの顔を指さす。鼻先に突き付けられたそれに思わず目が寄る。


「良い出来だ。が、人形の形だけなら誰でも創れる。魔法陣を創れてこその人形師だ」

「つ、次は魔法陣っすか……!?」

「流石にそこまでは任せられない。だからまずは見て覚えてもらう。パーツについては実践を交えながらでもいいかもしれないな」

「……それって」


 エルの目が輝く。視線の合った師匠は、金を写して、不敵に笑った。


「二階の奥に空き部屋が一つある。明日、宿から荷物を引き上げてくるといい」

「~〜〜~ッ!!!」


 近付いた。また一歩、夢に。

 エルははち切れんばかりの喜びをぐっと握りしめ、背筋をもう一度正し、そして深く、深く、頭を下げた。


「よろしくお願いします、師匠!!!!!!!!!」


 エルの声と床に頭をぶつける音は、夜の人形屋中に響き渡ったのだった。


 

 


 



 

 

 

 


 

 


 


 

 



お久しぶりです。星空流と申します。

人形師のお話、ようやく一区切りというところまでやって参りました。

まだ続く予定でありますので、もう少しお付き合いいただければ嬉しく思います。


もしこの作品が気に入っていただけたなら、いいねや☆など頂けますと大変励みになります。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました!

これからも何卒よろしくお願いいたします。

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