【最終話】ちんちくりんの「たらいまわし王女」はしあわせになる
「義母上。宰相やその一派と争うことになるのもそう将来のことではないでしょう。われわれがこのまま仲の悪いふりをしてやりすごすより、やはり家族の絆を見せつつ対処した方がいいかもしれません」
「義母上、ジークの言う通りです。ジークリタ、それからゾフィとぼくは陛下と義母上を立て、ぼくら兄弟は仲良くする。そして陛下と義母上は、ぼくら子どもや孫を慈しむ。それこそが、本来あるべき家族の姿だと思うのです」
「ちょっと待って、シュッツ。あなたの言うことは、まったくその通りよ。だけど、『親は子や孫を慈しむ』って? もしかして、ゾフィに子どもが?」
ゾフィを見ると、彼女は美貌にはにかんだ笑みを浮かべた。
「お義母様。じつは、わたしだけではないのです」
「えっ? まさか、リタも」
「ええ、お義母様。わたしも、です」
「う、嘘だろう、おいっ」
ラインハルトは、文字通り飛び上がって大喜びした。
「チカ、おれに孫が出来た。しかも、二人も」
「陛下、おめでとうございます。陛下の孫なのです。女の子でも男の子でも強くて聡明で美しい子どもに違いありませんよ」
すごくうれしそうにしているラインハルトが愛くるしすぎる。
「チカ、それは違う。チカとおれの孫だ」
彼にギュギュギューッと抱きしめられた。
彼とわたしの孫……。うれしいけれど、ちょっと複雑な気分かしらね。
「まだ二十二歳にして孫と、さすがにキツイか」
ラインハルトもそれに気がついたみたい。渋くて美しい顔に苦笑が浮かんだ。
「そうですよ、陛下。それなら、まずは子どもでしょう?」
「シュッツの言う通りです。いまならまだ間に合います。子と孫をほぼ同時期に得ることになされてはいかがですか?」
「それはいい考えね、ジーク。では、陛下。しばらくの間、お義母様との夜の鍛錬は寝技にされてはいかがでしょうか?」
「ゾフィ、それは最高の考えよ。そして、お義母様とあなたとわたし、三人で産んじゃいましょう」
シュッツ、ジーク、ゾフィ、リタ。
そんなに簡単に言わないで。
ラインハルトとわたしは、まだ口づけ程度しか鍛錬していないのよ。
それをいきなり子どもを授かる為の寝技って、わたしにはハードルが高すぎるわ。
それこそいままでこなしてきたどんな鍛錬より、いろいろな意味でハードかもしれない。
「家族が増えることはいいことだ」
ラインハルトは、わたしを抱きしめたままひとつうなずいた。
昔、わたしは家族を喪った。そしていま、家族を得た。
いいえ。家族だけではない。得たのは縁、そしてしあわせ。
ちんちくりんの「メガネザル」、いえ、「たらいまわし王女」でも、しあわせになっていいのかしら。
そうよね。しあわせにならなくては。その機会を与えてくれたラインハルトたちに申し訳が立たない。
そうすればきっと、家族を増やすこともまた恩返しにつながるわよね。
「ええ、陛下。同感です」
即座にラインハルトに同意した。
「チカ、ありがとう。では、さっそく今夜から寝技を試してみよう」
「陛下、ご享受お願いします」
わたしを見おろす彼の顔は真っ赤になっている。きっと、彼を見上げるわたしの顔もそれに負けず劣らず真っ赤になっているはず。
その証拠に、顔がすごく熱いから。
ジークたち四人が、揶揄ってきた。
それがまた、すごくこそばゆい。
「おっとそうだ。きみの侍女のイルマだが、弟が絵の賞を取ったというコンテストの主催者を見つけだした。その主催者を通じて、絵を見せに来るよう本人に伝えてもらうことにした。おれがその絵を見てから、帝都の美術学校に通う奨学金を出すつもりだ。賞を取ったのだ。才能がある子に違いない。よほどの絵でないかぎり、実際のところはおれがパトロンになるつもりだ。無論、秘密でだが。このくらいの融通をきかせても、バチはあたらないだろう」
「陛下……」
ラインハルトにイルマの弟のことを話してよかった。
さすがは愛する夫ね。
「きみに褒めてもらいたいからね」
「陛下ったら」
思わず笑ってしまった。
「そう。その笑顔だ。それが最高だ。きみのその笑顔は、まだ小さい子どものときからちっともかわっていない」
「ありがとうございます。出来るだけ、笑顔で陛下の側にいます。もちろん、メガネをはずすようなことはしませんので」
「そうだな。この帝国のほとんどの男どもの首をみずから刎ねるような事態になれば、おれは暗君とか愚帝として後世に語り継がれることになる」
「陛下。というよりか、この帝国は終わりますよ」
「それにしてもあのパーティのときの宰相は、いまにも義母上を寝台に誘いそうだったよな」
「ええ、ジーク。彼の目を潰してしまいそうになったわ」
「あら、リタ。わたしなんて彼のアレを潰したくなったわ」
ラインハルトに続き、シュッツとジークとリタとゾフィが言ったけれど、言っている意味がよくわからなかった。
「チカ。きみは気にしなくていい。そうだな。まだ暗くはなっていないが、鍛錬だったらいつ始めてもおかしくはないだろう。さっそく寝室に行こう」
「い、いえ、陛下」
あまりにも性急すぎる。
それ以前に、わたしは……。
「そうだな。これでは、きみに嫌われてしまうな。これではただのスケベジジイだ」
「いえ、陛下。違うのです。お腹が減って死にそうなのです。これって『腹が減っては戦が出来ぬ』ですよね? わたしの愛用の小刀が使われている国では、そういう格言があると陛下が教えて下さいました」
「そ、そうだな、チカ。きみは、色気より食い気だ。それこそ、きみらしくてますます愛おしくなる。では、厨房に行って肉と野菜を焼いてかぶりつくことにしよう」
「うれしいです」
満面の笑顔になっていた。
その瞬間、ラインハルトに口づけされた。
わたしのしあわせは、二十五歳離れた夫と年長の息子たち夫婦とともにある。
そうそう忘れていた。わたしたちだけではないわね。
まだ見ぬわたしたちの子ども、それから孫たちもね。
(了)




