メガネが外れて大恥をかく
ヨルク・ロイターが宰相になったけれど、彼は表立っても水面下でも何の動きもみせなかった。
というのも、自邸で行われたパーティの為に雇った給仕人たちが、じつは他国の諜報員だったからである。しかも、諜報員たちは皇妃を攫おうとした。わたしを攫おうとしたところを、皇帝がみずから阻止したのである。
ヨルクが結託していたのか、あるいはそのたくらみを知っていて素知らぬふりをしたのかどうかはわからない。けれど、いずれにせよロイター公爵家はいい恥さらしであることにかわりはない。そういうこともあり、しばらくの間はヨルクもおとなしくせざるをえない。
ヨルクの妹のオリーヴィアは、事件の直後にまたやらかした。そして、その翌日彼女はふたたび領地に強制送還されてしまった。
彼女は、もはやロイター公爵家の邸内にある「お仕置き屋敷」に閉じ込めるくらいではとうてい罰にならないのだ。
じつはあの事件直後、ラインハルトはまだパーティ中にもかかわらずヨルクを厳しく追及した。
ジークとシュッツは、捕らえた数名の男たちを大広間に転がした。その上で、ラインハルトがどういうことか問い詰めたのである。
まだ残っていたゲストたちは一様に驚いた。
そのときである。ヨルクが頭の中で言い訳を考えている間に、オリーヴィアが攻撃をしてきた。
ラインハルトではなくわたしを。
彼女は「年の離れたチビのクシャクシャを嫁にするからだ」とか、「こんなメガネブスのどこがいいのか」とか、とにかくわたしの外見の悪さを言い連ねた。
まあ、それに関しては間違ってはいないけれど。
彼女は散々わたしを誹謗中傷した後、泣きながらわたしに殴りかかってきた。こうなったら、どこからどう見ても悪者はわたしである。本来なら、そんな彼女の攻撃など余裕で避けたり殴り返したり出来る。だけど、なりふるかまわない彼女があまりにも気の毒すぎた。だから、されるがままになった。残念ながら、彼女はすっかり酔っていた。その為、彼女の暴力はわたしの顔や体にあたることはなかった。しかし、偶然にも彼女の手がメガネにひっかかった。その拍子に、メガネがふっ飛んでしまった。
途端に視界がぼんやりしてしまった。視力矯正のトレーニングのお蔭で、以前よりかはマシだけれど、それでもまだ見えにくい。
すると、人々がざわめき始めた。
「う、嘘だろう? 陛下、これは詐欺ではないか」
ヨルクの怒りの声が耳に飛び込んできた。
ああ、あれほどラインハルトに言われていたのに……。
大勢の人々の前でメガネのない顔をさらしてしまった。人々の視線が痛い。ざわめきがつらすぎる。
メガネ、メガネはどこ?
探そうにも探せるわけがない。
「嘘っ! すごいわ、妃殿下。ふふんっ。ババア、妃殿下をよく見なさいよ。ざまぁみろって言わせてもらうわ」
「なにを言うの、このおバカな姪はっ!」
ディアナとオリーヴィアも大興奮している。
いっそ穴があったら飛び込みたい。めちゃくちゃ恥ずかしい。
「見るなっ! 全員、とくに男どもは目を伏せよ。わが妻を見るのではない。わが妻の顔を見た者は、おれみずから首を刎ねてやるっ」
ああ、ラインハルト。わたしの顔のことでごめんなさい。大恥をかかせてしまったわ。
首を刎ねられるべきは、ここにいる人たちではないわ。それは、このわたしよ。
すぐにリタとゾフィが、メガネを探しだして手渡してくれた。
この一件があって、オリーヴィアはまた帝都から消えた。
表向きは、病の療養であることはいうまでもない。
わたしのせいだわ。オリーヴィアに悪いことをしてしまった。




