生意気な王女と手負いの青年
結果から伝えると、襲撃者たちはさる国の諜報員たちだった。彼らは、わたしを誘拐するつもりだったのである。
オリーヴィアがそれに関与していたのか、あるいはヨルクも絡んでいたのかどうかはわからない。
だけど、ヨルクはその国とつるんでいるらしい。なにせ、彼は父親のゲオルクより野心的だから。
ヨルクが諜報員たちを手引きをした可能性は、かぎりなく高い。しかしながら、よくあるように真実を明るみにすることは難しい。
ラインハルトとジークとシュッツは、これからもつねに内なる敵に備えなければならないのである。
わたしの幼少の頃の出来事は、忘れていたのではなく失われていた。
わたしの育った国が滅ぼされ、母と兄たちと森の中の別荘に隠れていたことがあった。その際、ラインハルトとその部下が、諜報活動で訪れた。その時期、バーデン帝国は戦後の混乱に紛れてわたしの国を滅ぼした国ともども二国を手に入れようとしていたらしい。
しかし、諜報活動がバレてしまった。ラインハルトは手傷を負ったばかりか部下たちとはぐれてしまい、どこかに潜伏する必要があった。
いまははっきりと思い出せるし、そのときの光景が脳裏にくっきり出てくる。
森の中の大木に背を預け、ぐったりしている若かりし頃のラインハルトの姿を。
カッコいい商人風の青年を、まだ五歳だったわたしはかいがいしく介抱した。とはいえ、怖がりながら血を拭ったり、おでこを彼のそれにくっつけて熱があるかどうか確かめたり、眠ってしまわないよう話しかけたり、そんな程度だったけれど。
そして、彼が動けると言うので別荘に連れて行った。
お母様が彼の手当てをしてくれて、残り少ない食料を分け与えてくれた。
そして、少しでも体力が回復するまでのしばらくの間、別荘でいっしょにすごした。
わたしは、そのカッコいい青年に一目惚れした。ケガをして動くことの難しい彼に、いろいろなことをねだった。
わたしは、その頃すでにメガネをかけていた。そして、当時は活発で少しだけおしゃまだった。そんなわたしが、そのときはじめてメガネをかけていることが恥ずかしかった。
お兄様たちから「メガネザル」と揶揄われていたので、メガネ姿はみっともないと思い込んでいたのである。
とはいえ、メガネを外した顔もみっともないのだけれど。
そんな顔以上に恥ずかしいことに、彼のお嫁さんになるとみずから宣言をした。ほんとうに彼のことが大好きだったから。
「大人になったらぜったいに美しくなる。だから、ぜったいに、ぜったいにお嫁さんにして」
幼い頃のわたしは、そのようなとんでもないことをねだった。
しかし、彼とのひとときは唐突に終わった。
わたしの祖国を占領した軍が、わたしたちを見つけだして襲ってきたのである。
ラインハルトは、逃げずに戦ってくれた。ケガをしているのに。彼は商人だと身分を偽っていたけれど、子どもながらにそれは嘘だと見抜いていた。
その彼は、隠し持っていた剣で獅子のごとく暴れた。
折しも天候は荒れ、雷鳴が鳴り続けている。
が、しょせん彼は一人。
襲撃してきた兵士たちが、お母様やお兄様やわたしを斬ろうとした。お兄様たちやわたしは、お母様に抱きしめられ、ただただ震えていた。
そのとき、ラインハルトが身をていしてかばってくれた。
先日見た彼の腕と脇腹の傷は、そのときにできたものである。
力尽き、倒れたラインハルト。そして、連れて行かれるわたしたち。
わたしは、倒れて動けない彼に向って叫び続けた。
「獅子さん、きっとあなたのお嫁さんになるわ」
そのように。
「獅子さん」というのは、わたしが金色の髪と瞳を持つ彼につけたあだ名である。
「ぜったいに、ぜったいにきみを見つけ出す。見つけ出して、奥さんにするからな」
彼も、襲撃兵たちに取り押さえられながら何度も叫んでいた。
その直後、わたしは記憶を失った。
このときの記憶はいまはとり戻せたけれど、その後の記憶はいまだにとり戻せていない。
おそらく、お母様やお兄様たちが殺されるところを見たからかもしれない。そのショックで記憶を失ってしまったに違いない。
その一部分の記憶だけ、ラインハルトのお蔭で戻ってきたのかも。
そして、その失われた記憶のことが起った後、生き残ったわたしはいろいろな国をたらいまわしにされるようになった。
そう推察する。
「すまなかった。なんの恩返しも出来ないまま……。調べたかぎりでは、きみの母上と兄上たちの消息はつかめなかった。しかし、きみは生きている可能性があった。おれも傷が癒えた後、自分のことで手いっぱいだった。だから、きみの居場所を調べることが出来ない。しかし、誓ったんだ。どれだけかかろうとも、きみを捜しだすと。年齢が離れているから、さすがに妻にというわけにはいかない。しかし、せめて近くにいてもらって何不自由なくすごしてもらうのだ、と。だからこそ、最初の妻のときは彼女の態度はともかく、必要以上に関係を改善する必要がないと決めたのだ。ジークとシュッツには寂しい思いをさせてしまったが」
ラインハルトは、わたしをそっと抱きしめてくれた。
「やっときみを見つけ、ルーベン王国から奪った。そしてあのとき、国境できみに会った瞬間、一目惚れした。別荘で言ったことや寝室で言ったことは嘘ではない。きみに会うまでは、年齢のことや『獅子帝』にまつわる噂のことで、きみが嫌がるだろうと思って諦めていた。が、会った瞬間にそれらのことがふっ飛んでしまった。昔の約束を守るべきだ。そうあらためて決意した。それ以降のことは、きみも知っての通りだ。もしもきみがいまだにおれを疑っているのなら、これで払拭されたのではないだろうか? おれたちがいまここにいるのは、まぎれもなく運命だ。縁だ。身勝手だが、きみがどう思っていようと関係がない。おれは、きみをけっして離さない。きみを側に置き、しあわせにする。だから、きみもそれを受け入れてくれ。いいや。受け入れるのだ」
ラインハルトは、ワガママで生意気な小さな王女を守ってくれたばかりかくだらない口約束を守ってくれた。
わたしは、わたしはすでにしあわせよ。
あなたやジークやシュッツ、リタやゾフィにしあわせをあたえてもらっている。
そのことを口に出す必要などない。だって、彼は心でそれを感じているのだから。
この日、初めて彼と口づけをかわした。




