記憶が奔流となって……
「『獅子帝』……」
左頬に傷のある男も含め、襲撃者たちはジリジリと後退りしている。
わたしもまた、見上げている彼の渋くて美しい顔が怖すぎて、というよりかは彼の怒りに溢れるオーラに恐怖心を抱いてしまっている。
そういえば、わたしの背後にも廊下から入って来た男たちがいたはずなのに……。
思い出しつつ、視線だけをさっと巡らせてみた。すると、目の端に床上で死んでいる、あるいは気絶している何名かが映った。
ラインハルト……。
これがほんとうの彼なのかどうかはわからない。だけど……。
その瞬間、居間内に強烈な光が走った。
雷?
耳を澄ますと、雨音と雷鳴がきこえる。まったく気がつかなかった。
自分の目に映り、耳にきこえることだけに気をとられていて、雷雨になっているとは夢にも思わなかった。
一度光ると、次から次へと稲光が走る。しかも、雨音と雷鳴もすごくなってきた。
わたしに向ってきた二人の内の一人が、ラインハルトの無言の気におされて恐怖のあまり逃げだそうとした。
その男の動きを察知出来たわたしはすごい、と思った。
残念ながら、察知は出来ても対処は出来ないのだけれど。
それはともかく、踵を返して逃げだそうとしたその男は、ラインハルトにうしろから首を握られた。
一度だけ、鳥を殺すところを見たことがある。ラインハルトは、そのときみたいに男の首をやすやすと握っている。
「だれも何も言わなくていい。おれからも尋ねるようなことはしない。最愛の妻を傷つけた愚か者どもにあるのは、死だけだからな」
そのゾッとするような宣言に、だれも何も反応出来ないでいる。
彼は左手に男の首を握りしめたまま、上半身を折ってわたしが床上に置いた小刀を拾い上げた。
「チカ、ケガはないか?」
そう尋ねられ、われに返った。
「陛下、わたしは大丈夫です」
彼の気にあてられているのは、襲撃者たちだけでなくわたしも同様である。そう喉の奥から絞り出した声は、かすかにしか出なかった。
「待っていてくれ。きみに怖ろしい思いをさせた連中をことごとく始末するから」
向き合う襲撃者たちに背を向け、彼はわたしの方を向いた。
その瞬間、またしても稲光が走った。一瞬の光、そして影。
えっ?
またしても頭の中に何かが現れた。だけど、今度はいままでとは比較にならないほどそれがはっきりしている。
う……そ……。
そのはっきりとした光景を認めたとき、いろいろなことが頭の中に溢れ返った。それこそ、堰き止めていた大量の水が奔流となって大地を席巻するかのように。
その情報量の多さと内容の重要性に、不覚にも眩暈を起こしてしまった。
「チカッ」
ふらついてしまったところを、ラインハルトが左手の男を放り投げて受け止めてくれた。
「陛下、だ、大丈夫です」
ショックはショックだけれど、体調によるふらつきではない。意識は信じられないほどしっかりしている。だから、すぐに体勢を整え直して笑顔を作ってみた。
だけど、それはひきつっていた。
「陛下っ、うしろ」
そのとき、左頬に傷のある男ともう一人が短刀を振りかざして襲いかかってきたのが、彼の立派な体越しに見えた。
「ギャッ」
「グワッ」
だけど、二人とも尻尾を踏まれた猫みたいに叫んでからその場に倒れてしまった。
「死んでいないわよね? 殺さなかったから」
「気絶しているのよ。ああ、そこのあなたたち。やめておきなさい。わたしたちとでは実力差がありすぎるから」
リタとゾフィである。どうやったのかは見えなかったけど、いきなり出現した彼女たちが気絶させたらしい。
しかも、カッコいいキメ台詞をつけるなんて、さすがだわ。
「陛下、残りの連中は始末しておきました」
今度は、ジークとシュッツがテラス側から現れた。
そのジークの報告で、襲撃者はもっといたのだと知れた。
「チカ、大丈夫か?」
「陛下……」
彼に再度笑顔を見せようと思ったけれど、やはりうまくいかなかった。
すべてを思い出してしまったから。
まだわたしが小さな王女だったときに彼とすごしたひとときのことを思い出したから、どうすればいいのかわからないでいるから。




