チカ、奮闘する
「えっ? さ、さあ、どうかしら。というよりか、答える必要はないと思います」
どのようなことについてきかれているのかわからないので、無難にそう答えておいた。
「そうか。否定も肯定もしないということは、きっとそうなのだろう」
えっ、どうしてそうなるの?
「だったら、お嬢ちゃん。たまにはあんたが痛い目にあった方がいい」
左頬に傷のある男は、謎理論からの決断した。でも、いまの彼の言葉に首を傾げる間もなかった。
襲撃者たちが短刀を抜き放ったからである。
しかも、みんな異常に興奮している。
小説に出てくる殺人狂みたい。人を殺す前とか殺しながらとか殺した後とか、とにかく興奮しまくる理解に苦しむ人種だわ。
「まああああっ! さすがに切り刻むというのは試したことがないわ。だって、シーツが血まみれになるでしょう? バレバレですもの。妃殿下はいかがですか? 陛下とそんな危ないことをされたことあります?」
毎夜の鍛錬が脳裏をよぎった。
小刀の使い方を習う際、わたしは実際に小刀でラインハルトに斬りかかっていく。当然、彼は素手だけれど、そんな彼にでさえかなうわけがない。いつもあっという間にねじ伏せられてしまう。でも、それでもより実践的な使い方をすることで、少しずつでも上達はしている。と、自分では思っている。
「それは……。まあ、そこそこは……」
言葉を濁しておいた。それどころではないわよね、と思いつつ。
「えええっ! 妃殿下って見かけによらずなんですね。すごいですわ。さすが、わたしが見込んだだけのことはあります」
ディアナが褒めてくれた。何に対してかはわからないけれど。
そのとき、男たちの一人がわたしたちに向かってくるのがディアナ越しに見えた。
男は、短刀を振りかざして害意をふりまきながら向かってくる。その姿を目の当たりにしたとき、驚くべきことに体が勝手に動いていた。
「ディアナさん」
身をかがめ、肩で彼女の胸部あたりを突き飛ばした。同時に、右手がドレスの裾をまくり上げ、左ふくらはぎに装着しているベルトのスナップを外していた。
「カチンッ!」
うす暗い中、火花が咲いた。ほぼ同時に、金属の触れ合う独特の音が耳をつんざく。
抜き放った小刀が、襲いかかってきた男の短刀を受け止めていた。というよりかは、奇蹟的に男の短刀にあたった。
「なにっ!」
男の顔が、瞬時に驚きの表情にかわった。
ええ、わたしも驚いているわ。
彼に共感している自分が、すごく冷静であることにも驚いた。
が、それもほんとうに瞬時のこと。男はすぐに身をひき、瞬息の間をおいて再び短刀を繰り出してきた。
うわっ!
つぎも体が勝手に動いていた。
右に体を開いて男の短刀を流しつつ、身を沈めて一歩踏み込んでいた。ラインハルトの忠告通り、身を沈めた姿勢のまま小刀をまっすぐ突いた。短刀が空を切り、バランスを崩した相手に向けてである。
「くそっ」
さすがは玄人の暗殺者ね。彼は、器用に上半身をよじってわたしの渾身の突きをかわした。だけど、彼のジャケットの胸部分が、わたしの小刀の刃先によって切り裂かれた。
「おっと、妃殿下。なかなかやるようだが、時間がない。あまり手間をかけさせるな。見ろ」
左頬に傷のある男が顎で指した方を見ると、ディアナが襲撃者たちの一人に文字通り首根っこをおさえられている。
「わかっているな?」
ええ、わかっているわよ。
「ちょっと、放しなさいよ」
ディアナは、ジタバタとしながら喚いている。
しゃがむと、小刀をそっと床の上に置いた。それから、立ち上がった。
左頬に傷のある男をおもいっきり睨みつけてやる。最後の抵抗のつもりで。
「いい娘だ、お嬢ちゃん。それで睨んでいるつもりか? 『小便をちびったぜ』って言っておこう。ちんまりに対するご愛嬌にな。おおっと、そのままおとなしくしていろよ。おいっ、連れて行け」
なによ、もうっ!
せっかく強面をがんばってみたのに。
内心で口惜しがっている間に、左頬に傷のある男の指示で二人の男が近づいてきた。
すぐうしろからも、だれかが近づいてくる気配がする。
すると、二人の男が足を止めた。どちらの顔も驚きの表情が浮かんでいて、固まってしまっているように見える。
いいえ。二人の男だけではない。
前にいる他の襲撃者たちも驚きの顔になっている。
なんだ。わたしの睨みがきいているんじゃない。
ちょっと「エヘン」ってなった。そのタイミングで、彼らがわたしの顔ではなくわたしの顔よりもずっと上の方を見ていることに気がついた。
「妻を傷つけた貴様らは、ぜったいに生かして返さぬ」
そのとき、獣の咆哮のような怒声が降ってきた。
 




