美味しくって大満足
「冷えていてちょっとかたくなっているが、まだギリギリ許せる範囲だ。さあ、同じように食うといい」
そう勧めてきた彼の口は、ランプのほのかな灯りの中でも肉の油でギットギトになっているのがわかる。当然、両手は脂とソースでギトギトのベッタベタになっている。
豪快すぎるわ。躊躇してしまうのは言うまでもない。マナーなど逸脱しまくっている食べ方だから、というわけではない。レディだから、というわけでもない。
そうよね。これがこの料理の食べ方よね。逆に、この料理でナイフやフォークは使いにくいのよ。
だったら同じように食べるべきよね。
よーし。
決意したら即行動。両手で骨の部分をつかむと、思いっきりかぶりついた。
肉汁が口の中で広がった。だけど、肉にすりこんでいるハーブや塗っているソースのお蔭で、想像していたよりかはずっとさっぱりしている。
「お肉もすごく美味しいです。これは、癖になる味ですね」
一応、感想を述べたけれど、その後は一言も口をきかなかった。
骨までしゃぶり終わるまで、二人とも無言で食べ続けた。
「すまなかった。レディには豪快すぎて失礼だったと、いまさらだが思っている」
食後、クラウスの部屋の洗面所を借りて手を洗わせてもらった。それから、場所をテラスから彼の部屋の居間に移し、ローテーブルで紅茶をいただいている。
「それに、食うのに忙しくてろくに口もきかなかった」
ローテーブルをはさんだ向かいの席で、彼は足を組んでいる。
その姿がまたスマートでカッコいい。
「いいえ。とっても美味しかったですし、たとえ話しかけられても答える余裕などありませんでしたので」
お愛想などではなく、ほんとうのことである。
必死にかじりついたり頬張ったりしていたので、喋る余裕などいっさいなかった。
「夜営になると、似たような食事になる」
「楽しみですわ。いただけるだけで充分です」
「そう言ってくれるとうれしいよ。あっ、葡萄酒の方がいいかな?」
「ありがとうございます。ですが、葡萄酒は飲み慣れていませんので。紅茶の方がいいです。クラウス様、わたしにかまわずお飲みください」
「いや、おれもやめておこう」
そこで会話が途切れてしまった。手持ち無沙汰に紅茶を口に含む。
カモミールティーね。
よく眠れそうだわ。
「皇帝のことはきいているかい?」
しばらくの沈黙の後、クラウスが尋ねてきた。
「ええ、まあ。噂だけですが」
正直に答えた。
皇帝に嫁げと命じられただけで、その人となりについては教えてはもらっていない。いずれにせよ、ルーベン王国の国王や官僚たちだって、大国バーデン帝国の皇帝どころか帝国のことだってよく知らないはず。
情報量ですら、他国とは比較にならないほど少ないでしょうから。
「その噂というのは、おれもきいたことがある。まぁ度合いは多少違うかもしれないが、大筋はかわらないだろう。でっ、きみはその噂をきいてどう思っている?あるいは、その噂を信じているかい?」
「そうですね……」
彼から視線をそらし、開けっ放しになっているガラス扉へそれを移した。
テラスのテーブル上では、ロウソクがまだ灯っている。