あなたたちって妃殿下を殺しに来たの?
「ちょっと、あなたたち。もしかして、妃殿下を殺しにきた悪党?」
不安と緊張の圧に耐えていると、ディアナが身もふたもない発言をかましてくれた。
「やはり、ね。答えないところをみると、ズバリそうなのね」
お願いよ、ディアナ。いまはその官能的なぷっくり唇を閉じていてちょうだい。
残念ながら、わたしの心の叫びは、彼女に届きそうにない。
「金目の物をだしてもらおうか」
わたしの心の叫びは彼女には届かなかったけれど、侵入者の一人には届いたみたい。
ディアナがワーワーと叫びまくる中、左頬にいかにもな刃物傷がある男がうなるように言った。
「えっ、金目の物ですって? バカじゃないの。ここは、お仕置き屋敷よ。金目の物どころかロクな食べ物すらないの。しかも蓋の開かない酢漬けのキャベツとかタマネギとか魚とか、そんな保存食みたいなものばかり。それでよかったら持って行っていいわよ。そんなものでも、売れば銅貨の一枚や二枚にはなるでしょうから。それが嫌なら、メインの屋敷に行ってちょうだい。私兵もいまはパーティに警備に駆り出されているから、うまくいけばひと財産稼げるかもしれないわ。お祖父様、ご自身の書斎や寝室に貯めこんでいるから。お父様も、皇族に申し出ていない隠し所得や財産がたんまりあるのよ」
ちょっ……。
ディアナ。あなた、わたしが皇妃だということを忘れてない? というか、わたしがあなたの足許にしゃがみこんでいること、わかっている?
そんなうっかりさんのことはともかく、しゃがみこんだまま男たちをうかがっているが、ディアナの言葉にいっさい反応がない。
そこでハタと気がついた。
雇われ給仕人たちは、じつは泥棒である。厳密には、泥棒が目的で給仕人を装い雇われたのだ。
彼らは、メインの屋敷ではなく庭園の向こうにある小さめの屋敷に侵入した。当然、金目の物を奪う為である。が、ここにそんな物はない。
泥棒たちが屋敷内を物色していると、この「お仕置き屋敷」に閉じ込められているディアナとその彼女が呼び寄せたわたしと鉢合わせしてしまった。
泥棒たちは金目の物を奪えなかった腹いせか、あるいはわたしたちに騒がれた拍子にか、とにかくここにいたディアナとわたしを殺害し、姿をくらます。
こういう筋書きにそうことになっているのに違いない。小説は、たいていそうだから。
合理的だし、充分あり得る筋書きよね。
だったら、彼らがこのまま「はい、そうですか。では、いまからひとっ走りメインの屋敷に行って、金目の物や有用な書類などを奪ってくることにします」と言い、それを実行に移すわけがない。
さらに集中してみると、四人ともいまにも襲ってきそうな気配がする。武器か素手か、あるいはその両方でか。そうとはわからないほど微妙に指先が動いているし、わたしたちの行動を読もうと視線も動いている。
とにかく逃げなくては。まずは、ラインハルトの忠告に従うのよ。
ドレスの中で、靴をずらしつつ脱げるようにした。今日はいつもと違い、さすがにほんの少しだけかかとの高い靴を履いている。が、これではよちよち歩きは出来るけれど、とてもではないけど走ることは出来ない。
ディアナは素足なので問題ないわよね。
「だったら、諦めることね。ここに金目の物はないし、いつもだったら貴金属を身につけているけれど、今日は全部取り上げられていて何もないのよ。だから、ほんとうになーんにもないのよね」
「命があるだろう?」
左頬に傷のある男が尋ねると、ディアナは鼻で笑った。
「公爵令嬢に価値なんてないわ。あっでも、皇妃ならあるかも。ねぇ、妃殿下?」
ディアナ、あなたに悪気がないのはわかっているの。わかっているのだけれど、いまあなたのことを頭の中でぶん殴ってしまったこと、どうか許してね。
左頬に傷のある男と視線が合った。
彼の顔に気の毒そうな表情が浮かんだのは、きっと気のせいね。
「そうだな。だったら、公爵令嬢は売り飛ばすとするか」
「まあっ! それはいいかも。わたし、いくらくらいになるかしらね」
この不毛すぎるやり取りに終止符を打ったのは、かくいうわたしである。
ディアナに気を取られている男たちに、床上でぐったりしている酢漬けキャベツを手でわしづかみし、投げつけてやったのだ。
両手で投げつけたその二つの塊は、左頬に傷のある男とその隣にいる男の顔面に命中した。
「ギャッ」
「グッ」
どうやら目に当たったみたい。
わおっ! わたしってばすごい。
酢は酸だから痛いはず。案の定、二人とも手で目をおさえている。
「ディアナさん」
立ち上がりながら右足を、それから左足を振って靴を脱ぎ捨てた。同時に、ディアナの腕をつかんだ。そのときには、すでに駆けだしている。
とにかく、玄関の方へ向かって廊下を駆けた。
ラインハルトに何度も言われた通り、逃げに徹してみた。




