ロイター公爵家のお仕置き屋敷
てっきりロイター公爵家の屋敷の二階に向かうのかとばかり思っていた。
寝室は、たいてい二階にあるものだからである。
が、執事はテラスから庭園を横切ってスタスタと歩き続けている。だから、どんどん屋敷から離れていく。
ああ、やはり罠だったのね。
こんな夜にこんな広い庭園に人気があるわけがない。
屋敷の灯りは見えてはいる。だけど、ここで襲われたとして、大声を上げてきこえるかどうか自信がない。
これまで全力で叫んだことがないから、自分の声量がどれほどのものか想像もつかない。
「あの、ディアナさんはどこで待ってくれているのですか?」
前を行く執事の背に問いかけた。
どうせ教えてはくれないだろうと思いつつ。
「もうすぐでございます、妃殿下」
執事は、こちらを振り返るどころか歩調すら緩めることなく答えた。
「見えてまいりました」
そう言われ、前を見ると建物がドンと建っている。そこまで大きくはないものの、立派な屋敷である。
さすがはロイター公爵家ね。庭にこんな屋敷を建てているなんて。
そうよね。いまは、そんなことを感心している場合ではないわね。
精神を集中し、神経を研ぎ澄ませつつ執事について行く。
そこにいたると、執事は玄関の扉を開けた。
「妃殿下」
と認識するまでに、中からだれかが飛び出してきてわたしにぶつかった。
これが暗殺者だったら、わたしは確実に刺されるか突かれるか斬られるかしていたはず。
当然、死んだはずね。
自分が殺されたと認識することなく。
「ハンス、もういいわ」
「はい、お嬢様」
屋敷内から出て来てわたしにぶつかって、というよりかは抱きついてきたのはディアナだった。
「妃殿下、はやく中に入って下さい」
彼女におもいっきり腕をひっぱられ、屋敷の中に連れ込まれてしまった。
彼女は玄関扉を音高く閉じると、それに背中をあずけてホッと溜息をついた。
いろいろ尋ねたいことはあるけれど、とりあえず彼女がどうでるか待ってみることにした。
「ここは、「お仕置き部屋」ならぬ「お仕置き屋敷」なのです。オイタをしたとき、ここに閉じ込められるのです」
なるほど。彼女、ここで謹慎をさせられていたわけね。
万が一、彼女の被害者のだれかが乗り込んできたとしても、ここなら隠れていられる。
「見たんです」
彼女は、唐突に言いだした。
あいかわらず「わが道爆走レディ」ね。
だけど、勝手に喋ってくれるからラクといえばラクかしら。
「ババアが見知らぬ男たちと話をしているのを見たのです。パーティーが始まる前、そこの窓から外を眺めていたら、ババアが複数の見知らぬ男たちを連れていました。ガラの悪そうな連中です。ぜったいに妃殿下を殺す男たちに違いありません。だから、妃殿下はここに隠れていた方がいいと思ってハンスに呼びに行かせました」
やはり罠だった。
オリーヴィアは、ディアナがここに閉じ込められていることを知っている。そして、彼女はディアナがわたしに通じていることも知っている。
なにより、ディアナのお頭がお花畑で男性との交際以外では要領が悪いということをよーっく知っている。
ディアナがわたしを呼びよせること、わたしがそれにのることも知っている。
ということは、案内してくれた執事のハンスが遠ざかったら、襲ってくる可能性が高いわね。
ディアナが見た複数人の男たちが、である。
「ディアナさん……」
言いかけたとき、「ガチャン」と屋敷内のどこかでガラスが割れた音が響き渡った。
周囲が静かなだけに、余計に響き渡った気がする。
「な、なに? なんなのいまの?」
ディアナは、絶世の美女と謳われている美貌に不安気な表情を浮かべている。
美女は、怖がるときもやはり美しいのね。
ムダに感心してしまった。
「ディアナさん、灯りを消してください。玄関と裏口以外で、ここから抜けだせそうな扉や窓はありますか?」
「え? いったいどういう意味……」
ダメだわ。彼女、まったく役に立たない。
仕方がないので、自分で玄関口の灯りを消してまわった。
「あなたが見たとき、男たちは何人いましたか?」
「えっと、五人くらい? いえ、十人だったかしら」
ダメだわ、彼女。記憶力もお花畑ね。
「では、どこか隠れることが出来そうなところは? いまの音は、あなたが見た男たちが侵入してきた可能性があるんです」
「な、なんですって? では、妃殿下は殺されるのですね」
一瞬、彼女をぶっ飛ばしそうになった。
ダメだわ、わたし。なんてはしたない。というか、人間としてどうなの?
わたしの人間性はともかく、このままではディアナも危険だわ。
「こっちです、妃殿下」
そのとき、まるで何かが憑依したかのようにディアナがキビキビし始めた。
先程と同じように、わたしの腕をつかむとひっぱり始めた。
複数の窓から射し込む月光を頼りに、彼女は玄関ホールから奥の廊下へとわたしを導いた。
 




