ドレスの色は真っ赤っか
うーん。このドレス姿は、なんと表現すればいいのかしら。
「お義母様、とっても可愛いですわ」
「お義母様、動脈を切ったときの血の色がほんとうにお似合いですね」
「リタ、たしかにそうね。同意するわ。もしかしたら、お義母様は静脈出血したときの色の方がいいかもって思っていたけど、動脈出血のときの色の方がよりいっそう可愛らしく見えるわね」
リタとゾフィが褒めてくれた。というよりかは、何かコメントしなければ悪いと思っておべんちゃらを言ってくれているのね。
リタもゾフィもいつも気を遣わせてごめんなさい。
それにしても、血の色ですって?
ドレスの色を血であらわすなんて、とても斬新ね。
いずれにせよ、今日は公式の場に出るとき以上に気合いを入れなければならない。
ラインハルトに恥をかかせたくないから。
だから、羞恥心をかなぐり捨てた。リタとゾフィにされるがまま、ドレスを着せてもらった。
それが、動脈出血時の血の色と同色のドレスというわけ。
つまり、鮮やかな赤色。
鮮やかな赤は、わたしがもっとも苦手とする色。そして、胸元のカットも大胆すぎる。大胆すぎて、貧乳のわたしには何の効果もなくて笑ってしまう。
これが巨乳と呼ばれる胸だったら、パーティーの男性出席者のほとんどの視線を集めることが出来るはず。
そうよね。そんなところで目立つ必要はないわよね。なにもセクシーさで政治的な味方を増やすというわけではないし。
だから、これでいいの。大丈夫よ、わたし。たかだかちんちくりんの「メガネザル」が、真紅のドレスに憑依されているだけのことじゃない。
憑依? なかなかナイスな表現ね。まさしくそうよ。どちらかといえば、逆憑依といった方がいいのかしら?
まぁ、そんなことはどちらでもいいことね。
リタとゾフィと三人で並んでみた。
同じ人間よね? 同じ女性よね?
疑問をていしたくなるほどの差がある。差がありすぎて、すがすがしいくらいだわ。
比較出来ないのだったら、いっそそれでいいじゃない。
ということにしておきましょう。
「お義母様、ほんっとうに可愛いですわ。小人形そのものですよ」
「ゾフィの言う通りです。自信を持って下さい。小さな着せ替え人形のように愛らしいですよ」
左右から、ゾフィとリタがおべんちゃらを言い続けてくれる。
二人とも、わたしに該当するのは「小さい」というところだけね。
だけど、おべんちゃらでも少しずつその気になってくるのが、ど厚かましいわたしらしいわよね。
「チカ―ッ! なんて可愛らしいのだ」
身支度を整え、続きの間から主寝室に戻るとラインハルトが飛んできた。
「見ろ、ジーク、シュッツ。チカは最高に可愛いぞ。覚えているか? 三年前に首を刎ね飛ばした敵将の体から噴出したときの血の色と同じ色のドレス、最高に似合っている」
ちょっ……。
まだ動脈や静脈はよしとしましょう。
だけど、首を刎ね飛ばした体から噴出した血の色?
やだ。その光景が頭の中にはっきり出てくるなんて。
「ええ、陛下。胸ポケットに入れたいくらいですよ」
「それはいいな、シュッツ。肩に乗せて歩いても可愛いぞ」
あの、シュッツ、それからジーク?
それって、まさしくペットよね。
そういえば、お茶会のときにディアナにペットと言われたわね。
そのときのことを思い出してしまった。
まぁ彼女が言ったのは、いまのペットの意味とは違う意味だったのでしょうけど。
「チカを人前に出したくないな」
「ダメですよ、陛下。人前にださないと。うらやましがらせるのです」
「そうですよ、陛下。陛下の特権であることを誇示するのです」
「そ、そうだな」
リタとゾフィに叱られ、ラインハルトはシュンとした。
あいかわらず可愛いわ。
愛おしさがますます募る。
「チカ、注意したことを忘れてはならない。それと、これは一番守ってもらいたいことなのだが」
ラインハルトは、わたしを見下ろし厳かに続ける。
「ぜったいにメガネをとるな。人前でメガネなしの顔をさらしてはならない」
なんだ、そのことね。
大丈夫。大勢の人に不愉快な思いをさせるのは、わたしの本意ではない。
なにより、ラインハルトに大恥をかかせることになるから。
それに、ほとんど見えないし。そうなると、不安で仕方がない。
視力矯正トレーニングを続けているせいか、最近ほんの少しだけ改善してきているような気がする。ほとんど見えなかったのが、物や人の輪郭がわかるようになってきた。
「陛下、承知いたしました」
大きくうなずき了承した。
そして、わたしたちはロイター公爵家へ向かった。




