皇帝の前妻の妹が乗り込んできた 1
「あなたなの?」
突然乗り込んできたレディは、いきなり酒焼けした声で尋ねてきたた。
だれを指しての質問かわからないけれど、わたしを見おろしているのだからわたしに尋ねているのでしょう。だとすれば、どういう意味での質問なのかしら?
「だれかと思いきや、もしかして叔母様?」
「まぁ、ほんとうだわ。すっかりかわってしまっているから、すぐにはわからなかった」
リタとゾフィが、向かいの長椅子で驚嘆の叫びを上げつつ立ち上がった。そして、こちらにやって来て奇抜すぎるレディの左右にさりげなく立った。
こういうところなんて、さすがはリタとゾフィよね。
というか、おば様?
ああ、なるほど。このレディが、亡くなったラインハルトの奥様の年のはなれた妹というわけね。
ラインハルトの子種が欲しくて結婚を迫っているという、あの……。
ということは、先程の「あなたなの?」という質問の意味がわかったわ。
「はい。わたしが皇妃のチカです。皇帝陛下の年齢のはなれた妻です」
だから、誠心誠意をもって答えた。
「ふんっ! まだほんとうにガキじゃないの」
「はい。二十二歳になったばかりです」
吐き捨てるように言われてしまった。だけど、事実だから即座に肯定した。ついでに、ちょっとだけ大人の年齢になったことも付け加えておいた。とはいえ、一般的には二十二歳は立派な大人だと思うのだけれど。
成熟した大人な彼女からすれば、二十二歳でも立派なガキなのでしょう。
「そんな意味じゃないわよ。あなた、バカなの?」
「はい。自分でもそう思います」
事実だからまた肯定しておいた。
「だから、そういう意味じゃないって言っているでしょう? ほんと、田舎者のバカは仕方がないわよね」
いまのも事実だから、またまた肯定しようと思ったけどさすがにやめておいた。
彼女は、一応年長者。揶揄うにもほどがあるでしょう。
「まったくもう。最近のガキは、どうしようもないわね」
「叔母様、いつ帝都にお戻りになったのです?」
「しばらく領地にひきこもっていらっしゃったのですよね?」
「ええ、そうよ。病気療養。つい先日戻って来たばかり。ヨルクお兄様とデカパイだけでお頭は残念なディアナからきいて、挨拶かたがたやって来たの。それにしても、ほんとうにちんちくりんの「メガネザル」よね」
リタとゾフィが水を向けると、彼女はさっそく絡んできた。
「病気療養ですって! きいた、リタ? 伯爵子息を自殺未遂にまで追い込んで謹慎をおおせつかったことを、いまどきは病気療養って表現するらしいわよ」
「斬新よね、ゾフィ。そういう病にはかかりたくないわよね」
「うるさいガキどもね。とにかく、わたしは「メガネザル」を見に来たのよ。それから、ラインハルト、いえ、お義兄様を誘いに来たわけ」
「ロイター公爵令嬢。さあ、早く退出なさって下さい。あなたは、皇宮への出入りを禁止されているのですぞ」
そのとき、業を煮やした執事長のヴォルフが割って入ってきた。
彼は、宮殿内の様々な権限を与えられている。
「うるさいわね。わかったわよ」
彼女が口を開けるたび、強烈な酒精が漂ってくる。
「何事だ」
そのとき、ラインハルトがやって来た。うしろにジークとシュッツを従えている。
調練の打ち合わせから戻ってきたばかりの三人は、将校服姿で左腰に剣を佩いている。
ラインハルトは、この部屋に入ってくるまでに使用人たちに事情をきいたに違いない。
渋い美貌がめちゃくちゃ怖くなっている。
「まあっ、お義兄様」
彼女は、途端に黄色い声を響かせつつ腰をくねらせラインハルトに抱きついた。
一瞬、彼女がこちらに意地悪な視線を走らせたのを見逃さない。
「やめろっ」
鋭い制止とともに、彼は彼女を突き飛ばした。とはいえ、彼女がうしろへよろめく程度にではあるけれど。
そんなラインハルトの態度は、きっぱりさっぱりすっきりしすぎている。
たしかに、男性がレディに対するものにしては厳しすぎる。だけど、皇帝として、あるいは大将軍としてであれば、当然の対応だったのに違いない。
もしも彼女が刺客だったら、とんでもないことになっていた。
ラインハルトだけではない。ジークとシュッツも左腰の剣をいつでも抜けるよう、剣の鞘と柄に手を添えている。
「もうっ! お義兄様ったら、あいかわらずシャイなのですね。久しぶりにお会いしたといのに。まあ、いいですわ。来週、わたしの社交界復帰のパーティーが行われるのです。ついでといってはなんですが、お父様の引退とヨルクお兄様の爵位継承と宰相就任のお祝いも兼ねています。お義兄様は家族ですから、是非とも出席なさってくださいますよね?」
「オリーヴィア、皇宮の出入りを禁止しているはずだ。さっさと出て行け。出て行かぬのなら、親衛隊に……」
「お義兄様ったら。わかりました。出て行きます」
彼女は、フラフラと歩き始めた。と思ったら、こちらに振り返った。




