ちんちくりんの「メガネザル」に一目惚れ
「陛下、もういいです」
「やりすぎです」
「お、義母様っ、お義母様がっ」
「大変っ、お義母様が圧死なさっているわ」
こうしてクラウス、いえ、皇帝との再会、そして出会いは終わった。
何かすごく違う気がするのは、きっと気のせいね。
とりあえず、居間で話をすることになった。
長椅子に皇帝とわたしが並んで座り、ローテーブルを挟んだ向かい側にはジークとリタが座った。ゾフィとシュッツは、ふつうの椅子をひっぱって来てそれに腰かけた。
「『獅子帝』の正体がこれ、なんだよな」
ジークは、右手を閃かせて皇帝を示した。
「義母上。誤解のないよう伝えますと、陛下の態度はどんなレディに対してもというわけではありません。まぁ、たしかに男性に対してよりかは不愛想ではありますが。すくなくとも、メロメロ状態なのは義母上が初めてのことです」
シュッツの説明にうなずくしかない。
どうとらえていいのかわからないから。
シュッツは続ける。
皇帝が架空の将軍クラウスと偽ったのは、通常ならわたしを試すとか警戒して偽るものである。
たしかにそうよね。それは、おおいに納得出来る。
わたしについては、亡国の生き残り王女というだけでそれ以外はまったく情報がないはず。だから、警戒するのが普通よね。というわけで、皇帝が身分を偽ってわたしを試したり観察することが出来る。
「陛下の場合は、それこそが言い訳なのです」
シュッツは、さらに続ける。
それを理由にしてはいるけれど、ほんとうは違うのだと。
皇帝は、一目惚れしたらしい。わたしを見た瞬間、経験のない「ビビビッ」に襲われてしまったとか。
えっ?
「ビビビッ」って、よく小説に出てくるアレよね。
ほんとうは、ある程度偽ったあとに正体を明かすつもりだった。だけど、正体を明かしたら嫌われてしまう。二十五歳も年長で、荒くれ将軍で、しかも「獅子帝」などと怖ろし気な異名までついているおっさんである。そんなおっさんを嫌ったり気色悪がることはあっても、慕うようなことなどまずありえない。ましてや、強面のおっさんの妻になってそのおっさんを愛そうなどとは、バーデン帝国軍が他国の軍に敗れることくらい考えられない。
そんな奇蹟、自分に起こるわけがない。
皇帝は、そう結論付けた。
正体を明かせなかった理由は、他にもまだあるらしい。
クラウスといういもしない皇族の一人になりきっていれば、不思議とわたしに接することが出来る。でも、皇帝としてはダメダメになってしまう。とてもではないけれど、会話すらまともに出来そうにない。
皇帝は、そう確信をした。
だから、別れるまで正体を明かさないことにした。
しかし、途中でどうしても耐えられなくなってしまった。
わたしをだましていることへの罪悪感、そして想いを募らせすぎていること。
このままだと、拗らせ暴走してしまう。
だから夜のうちに別荘まで駆けに駆け、ジークとシュッツに迎えに来てもらいたいと相談をした。
しばらく頭と心を冷やし、あらためて正体を明かそう。
話し合いは、それで終わった。
そして、話し合い通りジークとシュッツが迎えに来てくれた。
もっとも、ジークとシュッツまで偽る必要はなかったみたいなんだけど。
二人は二人で、皇帝、つまり自分たちの父親をメロメロにさせたわたしがどんなレディなのか、知りたかったらしい。
彼らは彼らで、わたしが彼らの義母になるのだから一歩ひいて観察したかったのね。
それはともかく、事情をきけばきくほど「なぜなの?」と謎が深まり、疑問がふくらんでいく。
いえ、いまさら疑うわけではない。多少の誇張はあっても。
なぜこんなわたしを? ちんちくりんの「メガネザル」を? 黒髪で黒い瞳の不吉きわまりないわたしを?
見た目だけではない。性格だって根暗でうしろ向きでイジイジしているのに。
一目惚れする要素なんてちっともない。
もしもわたしが皇帝だったら、ぜったいに避けるタイプだわ。
まぁ、ちょっとだけ笑顔がよくっても、総合評価はマイナスでしょう?
そんなふうに自分を卑下してはダメなんだけど、一目惚れとかメロメロ状態とか言われれば、どうしても「自分はそんなのではない」とか「資格がない」って声を大にして言いたくなる。
冷静に自分を見つめざるをえない。
「というわけなのです」
シュッツは、そう話をしめた。
どういうわけなのかはわかったけれど、いろいろな意味で理解出来ていない。いまの時点では、理解不能な未知なる部分が多々あるままの状態である。
 




