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ギュギュギューって苦しい

「あ? いや、そういうことなのか?」

「陛下、ほらはやく。リタとゾフィの言葉がぜったいなことはおわかりですよね? あなたが従わねば、あとでシュッツとおれに災厄が降りかかります」

「ジークの言う通りです。ぼくらの為にも、義母はは上をギュギュギューッと抱きしめて下さい。ほらっ」


 ジークに続いてシュッツが言い、二人は同時にクラウスの背中をドンと押した。


 ドンと押すというのは、物理的にである。


 その不意打ちに、クラウスはこちらにふっ飛んできた。


 彼は、かろうじてわたしのすぐ前で足を踏ん張って止まることが出来た。


「その、チカ、怒っているか? そうだよな。それは怒っているよな?」


 彼は、今度は自問自答を始めた。


 わたしと視線を合わせるのが気まずすぎるのか、きれいな金色の瞳がキョトキョトとあらぬ方向を彷徨っている。


「オホン」

「エヘン」

「ウホン」

「エッヘン」


 わざとらしい四つの咳払いが起った。


「わ、わかっている。男だったら、何も言わずに、その、彼女を、ああ、抱きしめる? くそっ! どうすれば、ああ、そうか、抱きしめて」


 また彼が何を言っているのかわからなくなってきた。


「気合だ。三万の軍勢を前にしても怯まなかった。五万のときには、雄叫びだけで震え上がらせた」


 ついにブツブツとつぶやき始めた。


 というか、わたしって三万とか五万の軍勢より強敵なのかしら?


 そこまで覚悟が必要なわたしって、いったい何者なわけ?


 ただのちんちくりんの「メガネザル」のはずなのだけれど。


 クラウスのときとはまったく違う彼に、驚きを禁じ得ない。


 驚きというよりかは、ギャップのすごさが衝撃的すぎる。


 だけど、可愛い。すごく可愛い。


 あまりに違いすぎるし、可愛すぎて、笑ってしまった。クスクス笑いが出始めると、今度はそれが止まらなくなってしまった。


 笑いは伝染する、ときいたことがある。


 わたしの笑いにつられたのか、ジークたちもクスクス笑い始めた。


 そして、クラウス、いえ、皇帝自身も。


 笑うことで、少しは落ち着けた。それは、彼も同様みたい。彼も、わずかでも落ち着きを取り戻せたに違いない。


「チカ、その、詫びのしようもない。言い訳も出来ない。その、と、とにかく、いまは、いまはじっとして、そう、しばらくの間じっとしていてくれるとありがたい、かな?」


 人って、だれかを抱きしめるのにこんなに時間をかけたり言い訳をするのかしら?


 なにせまともに抱きしめられたことがないからわからない。


 両親には抱きしめられたでしょうけど、それも覚えてはいない。


 友達とか知り合いすらいないわたしには、挨拶のときのようなハグすらいままではされたことがなかった。


 クスクスと笑い続けながら、そんなことを思った。


 そのとき、彼が一歩前踏み出した。当然、わたしの方にである。


 彼の顔を見上げると、あらためて身長差を思い知らされる。年齢のわりにはずっと若く見えるので、渋くて美しい顔には年齢の差を感じることはない。だけど、身長差はありすぎる。


 滑稽なくらいだわ。


 底の分厚い靴とか、かかとの高い靴とか、それで身長差を縮めるなんてレベルではない。


 ローテーブルでも引っ張ってきてその上にのらなければ、というレベルね。


 軽く絶望している間に、彼の両腕が伸びてきた。それもオズオズ感がすごい。


 ようやくその両腕がわたしの体にまわった。そして、やはりオズオズしながらわたしを自分の方へと引き寄せ始めた。


 こんなシチュエーションじたいが初めてなのでよくわからないけれど、抱きしめられるってこんなにジレジレするものなのかしら? こんなに時間がかかるものなの?


 小説などでは、「サササッ」というような描写になっているけれど。


 体感的には大分と経ったあと、やっとわたしの顔が彼の分厚い胸板にくっついた。


 って思った瞬間、ものすごい圧がかかってきた。


 たしかに、リタとシュッツが「ギュギュギューッと抱きしめて」ってお勧めした。だけど、いまのこのギュギュギューッというのは、本来あるべきギュギュギューなの?


 く、苦しい。


 ちんちくりんだからかしら? これだけギュギュギューッとされたら、胸部に鼻を押しつぶされてしまう。ということは、息が出来ない。しかも、鼻ぺちゃな分口もふさがれてしまっている。当然、口呼吸も出来ない。


 抱きしめられるのって、じつは苦行なの?


 小説のような甘酸っぱいとかドキドキとかキュンキュンとか、そういうものではないということなのね。


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