嫁ぎにバーデン帝国へ
まず二十五歳も年上だとすれば、夫婦ではなく父娘といってもおかしくないわよね。
これはもう、虐待されることを想定した方がいいかもしれない。
気性が荒くて乱暴者であれば、精神的より肉体的に痛めつけられる可能性がある。
彼は、どうして大の女嫌いなのかしら。子どものときからなの?それとも、大人になってから?
もしも、亡くなった皇妃が原因でら女嫌いになったのだとすれば、ここぞとばかりにやられてしまう。
もしくは、まったく無視されるという可能性もある。
これまでは、たいてい蔑まれたり虐げられてきた。それがほとんど。あとは、無視。わたしという存在そのものが、彼らにとってなかったという感じ。
後者の方がラクだった。最初こそ、無視されることにいちいちショックを受けたり傷ついたけれど、それに慣れたらそっちの方がずっとよかった。
とはいえ、蔑まれたり虐げられるのも、相手によって態度をかえてあしらえばラクなんだけれど。
しかし、それを見誤ってしまうと面倒くさいことになるけれど。
今回は、いっそのこと無視してくれるといいのだけれど。
いずれにせよ、皇太子争いを繰り広げているという皇太子たちは、多少面倒くさいことになるかもしれない。
彼らは、わたしを味方につけようとするかしら?
だけど、わたしを味方につけても仕方がないわよね。
いずれにせよ、今回の移動は面倒くさいことになりそうね。
どんなふうに演じるか、情報を得て決めようと思っていた。だけれども、結局決めかねてしまう。
とりあえずは、様子をうかがってからね。
それにしても、娘みたいなよそ者をもらおうだなんて、どんなおっさんなのかしらね。
面倒くさいと思いつつも、物珍しさもある。
頭の中であれこれ考えつつ、十一番目の側妃マーヤにお礼とさよならを告げた。
バーデン帝国との国境までは、馬車で送ってもらった。
とはいえ、王族の馬車ではない。王族が手配した馬車ですらない。
王宮で働いている見ず知らずの庭師の従兄が運送業をしているとかで、その馬車に便乗させてもらったのである。
道中、馭者台で馬を馭している馭者に尋ねてみた。
バーデン帝国までの運賃はいくらなのか、と。
「タダだ」
すると、出っ歯の老馭者はぶっきらぼうに答えた。
彼らが通常運ぶ荷物よりも、わたし自身はずっと小さくて軽い。それに、わたしを迎えに来ているであろうバーデン帝国の受取人たちとの約束の地は、ちょうど通り道らしい。
だから、タダで運べと命令されたとか。
わたしってば、荷物より価値も存在感もないのね。
皺だらけで歯の飛び出た老馭者の横顔を見ながら、苦笑せずにはいられない。
そんな調子なので、老馭者と会話があるはずもない。
というわけで、あたらしく訪れる場所と新生活について妄想をふくらませる時間は充分ある。
多くは望まない。生きていけるだけの食糧と眠るところがあればいい。贅沢をいえば、本を読むことが出来てボーッとすることが出来ればいい。
平穏でのほほんとした生活。これが理想。
人とつるんだりかまわれたりは望まない。まぁ、わたしを罵ったりとか嘲笑ったりというのはぜったいにあるから、それは許容範囲内だけど。それ以外は、放っておいてくれればいい。
だけど、今回ばかりはそうはいかないかしらね。
二十五歳も上の皇帝はともかく、年上の息子二人にその嫁たちがいるのだから。
三歳上ねえ……。
年齢も近いこともあって、いろんな意味でかまってくることは間違いないわね。
「姉ちゃん、ついたぞ」
気がついたら、国境を越えてバーデン帝国に入っていた。
老馭者の指さす方を見ると、バーデン帝国軍らしい兵士の一団が待ちかまえている。
向こうも、こちらに気がついたらしい。
白馬に乗った将校が左右に部下を従え、こちらに向って来た。
「冗談じゃない。さっさと降りてくれ」
老馭者が気色ばんだ。
「バーデン帝国軍は残忍で容赦ない。なにをされるかわかったもんじゃない」
老馭者は、わたしをぐいぐい押しはじめた。
降りるしかない。すぐに馭者台から飛び降りた。