皇族専用の別荘
「そういえば、クラウス様も花粉のアレルギーだとおっしゃっていました。大変ですね」
花粉のアレルギーって、涙とか鼻水とかすごいのよね。
わたしはいまのところ大丈夫だけど、出会う人みんなが花粉に悩まされているのなら、わたしも悩まされることになるかもしれないわね。
「前置きが長くなりましたね。わたしのくだらない過去の話をおきかせして申し訳ありませんでした」
「いえ、あなたのことが知れてよかった。ですが、これからですよ。なあ、シュッツ?」
「ええ。それに、くだらないことなどありません。ですが、いまのあなたの話は過去のことです。これから、ですよ。過去がどのようなものであれ、これからです。過去を忘れることは出来ませんが、忘れるほど素敵なこれからがあります。それを忘れないで下さい」
「ジーク、それからシュッツ。ありがとうございます」
二人にお礼を言ってから続ける。
「これまでは、行く先のことを知らないでいました。知ったところで、自分の待遇は似たり寄ったりです。悪くなることはあってもよくなることはない。ですから、知識も先入観もわざと持ちませんでした。でも、そんな自分にうんざりもしていました。何事にも無関心で興味を持たず、人と接することなくすごしてきましたから。しかし、今回は自分を変えようと思いついたのです。というのも、これまで以上に過酷な気がしましたので。これを機に、自分を変えてみようと。ですので、『獅子帝』の噂をきいたりしました。そして、クラウス様やあなたたちにも尋ねたわけです」
二人とも、なるほどというようにうなずいた。
「過酷ですか」
「あ、いえ。言い方が悪いですね、ジーク。なにせ二十五歳も年上の、しかも『獅子帝』と呼ばれる方の妻になり、同時に二人の年長の皇子とそのお嫁さんたち、合計で四人の義理の子どもたちの母親になるのです。それって、側妃とか婚約者になるのとは比べものにならないでしょう? そういう意味での過酷という意味です」
「そうですね。たしかに、それは過酷すぎる」
シュッツは、知的な美貌に苦笑を浮かべてから続ける。
「皇子たちは、一言で表現したらクソッたれです。いろいろな意味で、ですが」
「それはピッタリな表現だ。気に入ったよ」
「だろう、ジーク?」
シュッツの表現するところの「クソッたれ」に、二人は盛り上がった。
そう。そうなのね。
「獅子帝」は噂通りで、その息子たちはクソッたれなわけ。
「さあ、チカ。皇族の別荘が見えてきました」
そのタイミングで森からまた池の畔へと出た。
向こうの方に大きなログハウスが建っている。
ついに会うのよ。
心臓が飛び跳ね始めた。
別荘は、想像していたものよりずっと小さくて簡素である。
いいえ、違うわね。皇族の別荘というから、勝手に大きな屋敷を想像していた。ログハウスじたいは、一般的なそれよりもずっとずっと大きい。
あくまでも、わたしの想像からは小さくて簡素というわけ。
ログハウスの前にはだれもいない。
それこそ、親衛隊とか使用人とかも。
ログハウスの前がすぐ池で、桟橋の杭にボートが幾つかくくりつけてある。
向こう側には、ボートなど池遊びをする為の小屋が見える。
きっと、ボート遊びや釣りをするのね。
天気のいい日に、池の畔でボーっとしたり読書するのも気持ちがいいでしょうね。それから、雨の日にはログハウスの窓から池を眺めるのもいいかもしれない。
静かにすごすには、ここは絶好の場所だわ。
つかず離れずでついて来ていた兵士たちが、いつの間にか追いついて来ていた。
ジークが合図を送ると、三名の兵士が馬から飛び降りてこちらに駆けて来た。
「馬は、彼らが面倒をみてくれます」
シュッツに言われたので、すぐに飛び下りた。
「失礼いたします」
わたしと同年齢か少し年上っぽい兵士が、わたしの牝馬の手綱を取ってくれた。
「お願いします。お借りしている馬なのです」
「ご心配なく。ちゃんと面倒をみますので」
「ここまで乗せてくれてありがとう」
「ブルルルル」
彼女の鼻筋をなでると、鼻を鳴らしてからわたしの頬に鼻を擦りつけてきた。
フニフニして気持ちがいい。
「馬の鼻、気持ちがいいですよね。わたしもその感触に癒されます」
若い兵士は、にっこり笑ってから他の二人とともに牝馬を連れて行った。
「チカ、大丈夫。ほら、にっこり笑って」
「ぼくらもついています。最高の笑顔でいきましょう」
ジークとシュッツに励まされた。
その二人の励ましが、デジャブーみたいで驚かされた。
クラウスみたい。
また、クラウスのことが思い出されてしまった。
「はい。笑顔でがんばります。ジークとシュッツがついていてくれるのでしたら安心ですから」
二人に笑顔を見せてから、前を向いた。
それから、ログハウスへ向かって歩を進めた。




