中村某の事
江戸からそう遠くないある小藩に中村という男がいた。
体が大きくどっしりとしていて見た目で言えば偉丈夫と言えたが足音を立てず少し聞き取りにくい小声で話す様が体に似合わず、全体もっさりとした印象を相手に与える為少し馬鹿にしたような態度を取るものもあったがまるで気にする様子は無かった。
ある日藩内のある村はずれに浪人らしき2、3の者たちが暴れているといった話が入り、打ち手が向かったが真剣を振り回しどうにもならぬという事だった。
そんな騒ぎをよそに中村は役目を終え家へ戻った
草鞋を解きかけていたところ父親の代から仕えている老中間が
「中々難しいようですな、どうです行ってみては」と言った
それを聞きほんのせつな動きが止まったが、
「うむ、では行ってみるか」
と草鞋を締め直し足早に現場へ向かった
見ていたものの話しによると中村が
「一手所望」と腰に差した木剣を抜くとあっという間に浪人どもが倒れ、その様はまるで風の如し、舞の如しだったという。
その場に居た者全員が目を丸くしているなか、中村はさっさと消えた。
結局追手のものが捕縛し中村の件は何事もなかったように処理された。
その後しばらくは藩内で中村を見るとひそひそ話を始めたり、軽く一礼をするものがあったという。