俺はイタリア猫だ!
俺の名前はロメオ。イタリアで生まれた猫だ。ナポリっていう南部の美しい港町なのだが、当時、そこの滞在していた日本人シェフに拾われて、彼が帰国の際に日本に連れてこられた。イタリアには2歳になるまでいたかな。人間でいうと20歳ぐらいに相当する。こんな猫なんてめずらしいだろう?
ナポリは、燦燦と輝く太陽の下、いつも海がキラキラと輝いていたね。気候のせいなのか、人々はみんな陽気で猫たちにも寛大に接してくれた。野良の猫たちが彼らの庭や建物の中に侵入しても、放っておいてくれるし、親切な人は食べ物も恵んでくれる。そんな環境で過ごすためか、猫たちも人懐っこくなるんだろうね。
俺も最初は野良猫だった。親の顔は知らない。きっとどこかの家庭で生まれた後、捨てられたのかもしれない。狭い裏通りの赤茶けたレンガ道を数匹の子猫たちと歩き回っていたのを覚えている。
当時は、その通りにある小さなレストランで、スパゲッティの残りをもらってよく食べていたものだ。猫は子供ころに食べていたものを一生食べ続けるという。だから、今でもナポリタンが大好きだ。時々、日本の野良猫たちの集会に顔を出すことがあるが、あいつらは魚ばっかり食べている。よくあんな生臭いものが食べられるものだ。それに俺はスパゲッティをすすって食べる。日本猫にはできっこない芸当だろう。あいつらはむにゃむにゃかむだけだからな。よく驚かれるよ。
それはそうと、そのレストランで修行していたのが今の飼い主・藤沢で、彼が俺にこっそりスパゲッティを差し入れてくれていた。野良で常に腹をすかしている時代だったからありがたかったよ。ある日、彼がトランクを引き摺って歩いているとき、一緒についていったら、飛行機に乗せられて、この国に連れてこられたってわけ。飛行機ってやつに乗ったのはそれが最初で最後だけど、ものすごく速い乗り物に乗っているってのは直感で分かったし、相当の時間乗っていたのだから、だいぶ遠いところに来てしまったんだなって思った。降りてみると、そこにいる人びとも猫たちも風景も明らかに違うから、ついに異国に足を踏み入れたんだなって。旅の間はゲージに入れられて、貨物室のようなところに置かれていたのだけど、過酷な旅だったね。終盤は気分が悪くなって、何度も吐きそうになったよ。飛行機はもうごめんだ。
日本では飼い猫として不自由なく暮らせていたから、時々イタリアを懐かしく思い出すことはあるにしても、わざわざ帰りたいとは思わなかった。それが不可能なこともわかっていたから、運命を受け入れていたこともあるけどね。
日本での生活に慣れたある日のことだった。藤沢が2週間ほど家を空けることなった。彼が家を空けるときにはたいてい誰かの家に預けられるのだけど、それまではせいぜい2,3日間だった。今回は期間が長かったから、1週間も経つと捨てられた可能性が頭をよぎって少し寂しくなったが、それはそれで仕方ないかと思っていた。もとは野良の身だしね。
それで今回、俺が預けられたのは彼の両親の家だった。イタリア人のようにイタリア猫もフレンドリーだから、その家の家族にもすぐ馴染むことができた。でも、食事だけがいけなかったね。彼らの持つ固定観念のせか、魚ばっかり食べさせやがる。俺は魚の下のご飯だけを我慢して口に入れていた。きっと変な猫だと思われていただろうな。
5日目の昼近く、俺はスパゲッティ恋しさに、親戚の家を飛び出した。そして町外れのしゃれたイタリアンレストランを見つけた。店の中が若いカップルで賑わっているのがガラス越しに見えた。俺はガラスの扉に前足をつけて「にゃー、にゃー」と鳴きまくった。
しばらくして、店員のお姉さんが扉を開けてくれた。
「あら、猫さん、だめよ。あっちに行っ」
お姉さんがささやくや否や、俺は店の中に突進した。
「あ! ダメ、入っちゃ!」
お姉さんの叫び声を気にも留めず、俺は窓際のテーブルの一つに飛び乗り、そこに盛られていたスパゲッティに吸い付いた。
「このやろー!、クソ猫、ぶっころすぞ」
男性の罵声が飛んだ。どうやらデート中のカップルのテーブルに飛び乗ってしまったようだ。俺は、一瞬、びびったが、女性の声がすぐに男をなだめた。
「ねえ、乱暴は止めて! 私のパスタあげるからさ。猫さんに食べさせてあげましょう。だって、こんなにおいしそうに食べてるんだよ。店員さんもお願い、猫さんが食べ終わるまで待ってあげて。」
まさに彼女は天使だったよ。俺は彼女を気に入った。店を出た後も、俺は彼女についていったんだ。
「まあ、毛並みの良い猫さんね。私この猫飼いたい。」
彼女はおいらを抱きかかえた。男性の方はずっと不機嫌だった。
「勝手にしろ、猫女!もう付き合ってらんねえよ!」
男性は罵声を浴びせ立ち去った。
俺をきっかけに彼女と藤沢はつきあうことになった。そして、家族になったんだ。俺は藤沢の作ったスパゲッティを食べ、彼女の膝の上で眠りながら、時々、ナポリのレンガ道を歩いていたころの夢を見る。日本にいても俺はイタリア猫として堂々と生きるだけだ。




