73 ダルク公爵夫人の店の従業員達
【前書き】
お待たせしてすみません。
しかも後半ほぼ新キャラ達の会話…………。
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「公爵夫人が冒険者? ですか?」
戸惑いをふんだんに含んだ私の問いかけに、ローデリックさんはその通りだと頷いた。
「エヴァ様は幼い頃より冒険者として活動しておられました。そして公爵家に嫁いでもからも冒険者の仕事を続ける事を御本人が強く希望され、それを公爵閣下がお認めになられたため、今現在も冒険者として活動なさっておいでなのです。――――とはいえ公爵家の人間がおいそれと他の国や領地に赴く事は出来ませんので、冒険者としての活動は基本的に自領内のみとなっております」
ダルク公爵夫人は自領地限定の冒険者らしい。
それならば完全にとはいかないまでも理解はできる。
自領内であれば多少の無茶は許されるだろう。それに領主の奥方が魔物の討伐を自ら率先して行うのだ、もし魔物が発生してもすぐに対応してもらえる可能性が高い。
エヴァさんを大切に思っている人達は気が気ではないだろうが、領民達は心強いんじゃないだろうか。
とはいえ――――
「公爵閣下が認めたなんて意外です。それに他の貴族の方々から反対されたりはしないんですか?」
あれほどの愛妻家――ぶっ飛んではいるが――であるダルク公爵が危険な冒険者の仕事を許すなんて意外だ。
それに外聞を気にする他の貴族達からも色々と言われそう。しかも回りくどい言い回しでネチネチと。
おそらく公爵夫人であるエヴァさんやダルク公爵に直接嫌味を言う人はいないだろうから――身分的な理由で――ターゲットとなるのは周囲の人達、使用人やエヴァさんが経営しているお店の従業員達だろう。
特に王都にあるこの店とか地味に嫌がらせを受けていそうだ。
前世で経験した『適当に扱えない面倒臭い上客の対応』を思い出して、内心で“うへぇ~”となっている私を知ってか知らずか、ローデリックさんは苦笑気味に答えた。
「閣下はエヴァ様のなさることに反対などされませんよ、閣下の全ての中心はエヴァ様ですから。他の貴族の方々からも反対されたことはありませんね」
「そうなんですか?」
「はい。魔物が発生したからと領地に招かれたこともあります。さすがにそれは閣下がお許しになられませんでしたが……」
「エヴァ様も望まれませんでしたしね」と最後にそう付け加えたローデリックさんの言葉に、私はうんうんと頷く。
そりゃそうだろう。
いくら夫であるダルク公爵の許可があって冒険者をしているのだとはいえ、エヴァさんは公爵夫人なのだ。何かあった場合、誰が責任を取る、または取れるというのか。
「けれど、魔物の討伐は危険ですから……心配ですね」
「そうですね。出来ることなら共に戦っていたかったのですが……私ももう歳ですから」
「ん? 共に戦っていたかった?」
「ええ。私は元冒険者です」
「ええ!? ローデリックさんが!?」
ローデリックさんが元冒険者!?
全然見えない。いや、冒険者の知り合いなんていないから、冒険者がどんな感じかも分からないんだけど。
「自分で言うのもおこがましいのですが、そこそこ名の知れた冒険者だったのですよ。ですが、ある依頼で怪我をしまして引退を余儀なくされましてね。途方にくれていた所をエヴァ様に拾っていただいたのです」
そう言って上品に微笑むローデリックさんは、やはり冒険者なんて職業とは無縁に見える。てっきりどこかの貴族の三男坊とかかと思っていた。
「私だけではありません。この店の従業員の大半は様々な理由から行き場を失った元冒険者達です」
「ああ、それで……」
なるほど……と武器だらけの赤い空間を見渡し、最後にチラリとモヒカンの男に目をやった。
「ああ、彼は違います。彼はトドスといいまして、職人です」
「あ、そうなんですね」
「彼は手先が器用でしてね。1階の商品は全てトドスが担当しております」
「…………は?」
――――え? 1階? 2階じゃなくって1階? あの乙女空間? レースとかお人形とか? え、マジで?
「ハル様がご購入を希望されております商品もトドスが担当となりますので、後程、本人から詳しい説明をさせていただきます」
「え、あ、はい、、、、はい?」
――――え゛、マジで?
「ソラ様がご希望されている品は私がご説明致します。あとで修復予定のナイフを見せていただいても宜しいでしょうか?」
「……ああ」
「ではお部屋にご案内致します」
そう言ってローデリックさんは歩を進め、その後にソラが続く。慌てて追いかけようとしたその時、ふと背後から視線を感じた。
振り返った先には赤いモヒカンがいた。
モヒカンはナイフを片手にニヤリと笑った。
――――マジかー。
☆
2つの小さな姿が見えなくなるまで見送ってから、ローデリックは背後にいるであろう人物に声をかけた。
「ご感想は?」
問われ、姿を現したのはこの店の制服に身を包んだ十代後半の少女。
ふわふわとしたピンクブロンドのピッグテールに、つり目がちのオレンジがかった金の瞳が印象的な美少女だ。
少女の名は『ネネル』。
豊富な知識と巧みな話術で頭角を現し、数年前からローデリックの補佐を勤めている。
ネネルはローデリックの隣に並ぶと、2人が去った方角を眺めながら答えた。
「ん~、いつでも簡単に殺せる……かな?」
ローデリックはその答えに目を見張った。
ネネルの発した言葉の内容にではない、ネネルの言葉尻に僅かな逡巡を感じ取ったからだ。
「貴女が断言しないとは珍しいですね」
可愛らしい外見からは想像しづらいが、ネネルは元暗殺者だ。それもかなりの腕前の。
元々は主人であるエヴァの命を狙っていたのだが、エヴァに体を、ダルク公爵に心を折られ、今ではダルク公爵家に忠誠を誓っている。
ネネルは固い表情のまま暫しの間黙り混み、やがて答えた。
「殺せる。だけど…………勝てる気がしない」
「それは……相討ちになるという意味ですか?」
「違う。ソラは確かに才能あるけど、今のあの子じゃ私に触れることすら出来ない。……問題はハル」
ローデリックはネネルの出した評価に困惑した。
確かにソラはローデリックから見ても素質があるように見えた。まだ幼く、今までいた環境のせいで身体も小さいが、十分な食事と睡眠を取り、剣術に真面目に取り組めば、さほど遠くないうちに第七部隊の隊員達と肩を並べて戦えるようになるだろう。
しかしハルは錬金術のスキルを持つ以外は到って“普通”だ。
事前に受けていた情報どおり、確かにかなりしっかりしているとは思う。ふとした瞬間に大人の女性と話しているような気分になるほどだ。
とはいえ、ただそれだけだ。それ以上でも以下でもない。
敵対しても驚異になるとは思えないし、ましてやネネルが力で遅れを取るとは考えにくい。
だがネネルの表情は固いままだ。
そして、そんなネネルが続けた言葉にローデリックはさらに困惑した。
「ねぇ、あの子。…………本当に人間?」
「は?」
冗談かとネネルの方を見るも、ネネルは真剣な眼差しでローデリックを見返す。
あまりにも突拍子もない内容に呆気にとられたが、ローデリックはすぐさま「それはあり得ません」と首を横に振った。
「ハル様は錬金術が使用できる医師、しかもマルチーノ様のお弟子様です。王都に着いてすぐに最上級の鑑定書を用いて調べられたでしょう。もし人間でないのならその時に判明していますよ」
「鑑定書で分からないとなると魔物か精霊になりますが……」あり得ないと思いつつも可能性のある種族名を出したが、ネネルは「……魔物? ……精霊?」と首を捻る。
その時、ドスドスという重い足音が背後から聞こえ、ひとりの男が姿を現した。
「ローデリックさん、ちょっといいですか? あ、ネネルもいたのか。ワリィ」
そこにいたのは丸々とした体躯と独特の髪型をした目付きの悪い男、トドスだ。
凶悪犯かと見紛うような風貌だが、趣味は裁縫と料理。繊細で傷付きやすく、他人の痛みに寄り添い涙を流すような優しい性格の男だ。
今もローデリックとネネルの話に無理矢理割り込んだのではと、その巨体を小さく縮ませている。
「大丈夫ですよ。どうかしましたか?」
「ああ……」
トドスはチラリと視線をネネルに向け、ネネルが何も言わないと分かると小さな声で言った。
「今日なんですが、少し早目にあがってもいいですか? もちろんその分の給金は引いてもらって構いませんから」
「それは構いませんが。どうかしましたか?」
「ハル様に頼まれた商品の手直しの材料を買いに市場へ行きたいんです」
「それならば仕事の範疇ですから直帰扱いにしますよ?」
「あ、いや、個人的な買い物もありますし。他の従業員にワリィから……」
そう言って申し訳なさそうに俯いたトドスに、ローデリックの隣から不機嫌そうな声が発せられた。
「あのさ、急ぎの仕事じゃないんだから、わざわざ今日買いに行く必要ないよね? 納品はいつでも構わないってあの子言ってたし」
「でも」
「でも、なによ? 何かあるわけ?」
「はいはい落ち着いてください。ハル様からご注文いただいたのはピクニックバスケットでしたよね? 確か『持ち運びしやすいように肩にかけれる長い紐を付けたい』でしたか?」
そうだと頷くトドスの隣でネネルが忌々しげに舌打ちをする。そして「料理の上手い女かよ、どうせ男なんて……」とぶつぶつと悪態をつくのを、聞こえない振りをして話を進める。
「それでしたら店の倉庫で探してもかまいませんよ? 紐も布もありますし」
「あ、いや、えっと……他にも買いたい物が……」
どうやら“個人的な買い物”の方が市場へ行きたい理由のようだ。そしてそれはネネルにはあまり知られたくない物らしい。
チラチラとネネルの方を見て言い淀むトドスに、ネネルの綺麗に整えられた眉が危険な角度を描く。
案の定「なに? 何かあるの?」とトドスに詰め寄った。
助けて欲しいと無言で訴えてくるトドスから視線を反らし、ローデリックは別の事を考える。
怒れる女性に男が敵うわけがない。
それは何年も前に妻から学んだ。
トドスは味方がいないと分かると、観念したのか渋々と口を開いた。
「今日、アズス商会の店にカオカバブの肉が入ったらしいんだ」
「なんとか言い――なさ、い? は? え!? カオカバブ!?」
「ああ。ネネル、カオカバブの香草焼き好きだろ?」
「うん! 好き!」
「夕方迄に漬け込んどけば今夜食えるぞ」
「やった! 付け合わせは? ジャガイモ? 飲んでも良い?」
「付け合わせはジャガイモとニンジンのバター焼き、あとは玉子とハムとニラのスープに海鮮サラダの予定だ。飲んでもいいぞ、明日は休みだからな。ただし1瓶までだ」
「やったー!」
途端にご機嫌になったネネルとトドスの会話を聞きながら、ローデリックはやれやれと顎を触る。
現在、二人は一緒に暮らしている。
元は別々の場所に住んでいたが、いつの間にかネネルがトドスの部屋に住み着いたらしい。
今現在の二人の関係は家族でも恋人同士でもないが、いずれそうなるだろうとローデリックも他の従業員達も予想している。
主であるエヴァに二人が連れてこられた日から知っているローデリックとしては、娘を嫁に出すような、息子が独り立ちするような。寂しいような嬉しいような。そんな、なんとも言えない複雑な心境だ。
「ローデリック! トドスは今日はもうあがるから! 良いよね!」
ネネルの弾んだ声にローデリックは思考を止め二人を見る。
暗い目をした包帯まみれだった少女が今夜の予定に瞳を輝かせ、蔑まれ謂れのない差別に心を閉ざした青年がそれを幸せそうに眺めている。
そんな光景に、ローデリックは苦笑しつつも頷いて許可を出した。
【後書き】
ピッグテール……髪が肩までのツインテールのこと。
※ローデリックさん達は別にハルさん達に危害を加えようとは思っていません。
ただ、最悪の事態(敵対した場合)の事を常に考えて行動しているので、このような会話をしているだけです。敵対はしないのでご安心を。




