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元アラサー女子はスライムとして生きて行く(仮)   作者: おんじゃく
第三章~王都~

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70 よくってよ

 師匠さんは錬金術が嫌い。


 突然与えられたその情報に驚きながらも、心のどこかで納得している自分もいた。


 錬金術を使用せずに手作業で薬を作るのにはかなりの手間と時間がかかる。

 私が今作っている基剤だってそうだ。


 薬草の下処理は手が荒れるし、火にかけている間は灰汁取りが必要だ。濾す作業には力がいるし、出来上がってからもあら熱がとれるまで絶えず混ぜ続けなくてはならない。

 基剤は熱されるととろみが増して重くなるので、混ぜ続けるのは結構な重労働だったりする。


 薬を作るのには根気も必要だ。


 それが錬金術には必要ない。

 薬草の下処理も灰汁取りも濾す作業も混ぜる作業も、錬成空間で全て行う事が出来る。しかもほぼ自動でだ。


 けれど師匠さんもトビー君も手作業で薬を作る。道具や場所が限られている旅の間ですらだ。




 ☆


「……確かに。師匠は錬金術が好きではないのかもしれません」


 私の出した答えにアーシェラちゃんは息を呑んだ。そして矢継ぎ早に問いかけてきた。


「やっぱりそうなの!? マルチーノ様がそう仰ったの!? トビー様も…………トビー様もそうなの!?」

「ぇ? ぇえ?」

「そんな! なんてことなの!」


 悲鳴のような声をあげて、アーシェラちゃんは俯き両手で顔を覆う。


 ――――いや、ちょっとまて。


 さっきの「ぇ? ぇえ?」はYESを表す肯定の返事ではない。「ぇえ? そんなの分かんない」の戸惑いをあらわす「ぇえ?」だ。


「あの……」

「聞きたくないわ!」


 ――――いや、聞いて?


「……」

「……」

「……あ、トビー君――――」


 顔を上げて音速で身嗜みを整えるアーシェラちゃん。

 恋する乙女って可愛い。


「――――と思ったけど違った。風で木が揺れただけでした。間違えました。ははっ」


 アーシェラ(般若)ちゃんから顔を背け、ごほんと空咳をひとつ。

 恋する乙女って怖い。


「え~、錬金術が嫌いと師匠から直接聞いたわけではありません。先程のはあくまでも私の推測です」

「……推測。けど貴方は、マルチーノ様は錬金術がお嫌いなのだと、そう思ったのよね?」


 アーシェラちゃんはグッと口元を引き結ぶ。


「違います」

「え?」

「“嫌い”ではなく“好きではない”です」

「……それって同じ事なんじゃないかしら?」


 訝しげな顔をするアーシェラちゃんに、首を横に振って全然違うよ~と返す。


「確かにお二人とも錬金術を使用しません。薬を作る道具や場所が限られている旅先ですら、です」

「それじゃあ……」


 私はピッと手の平をアーシェラちゃんに向けて言葉を封じる。――これブリュノー(商人)さんにもやったな。


「ですが薬草の研究――薬学には熱心に取り組んでおられます」


 二人が旅先で採取した薬草は、貴重な種でもその土地固有の種でもない、どこにでも生えている身近な薬草ばかりだった。

 なんでも育った土地や環境の違いで薬効に差が出るらしく、二人はその違いを長年、調査・研究しているのだそうだ。


 その研究結果の一部は、医師や薬師のバイブルでもある薬学書にも記載されている。


「『薬学は錬金術の基礎』ですよね?」

「それは、そうだけど……」


 『薬学は錬金術の基礎』とは医者見習いが薬学を学ぶ際に必ず教わる言葉だ。

 医師の昇格試験の8割は薬学に関する事だそうだし、そもそも薬草の知識がなければ薬どころかポーションも作れない。


 だがアーシェラちゃんは“納得できない”とムッとしている。


 気持ちは分かる。確かにそれだけで錬金術の好悪を判断することはできない。

 薬草の研究だって錬金術を使えば、もっと効率よく出来るはずだ。便利な錬金術を敢えて使わない理由が分からない。


 けれどひとつだけ確かな事がある。


「お二人の本心は分かりませんが…………少なくとも錬金術を他者が使用する事に嫌悪感は無いみたいですよ?」

「そうなの?」

「はい」


 私が錬金術を目の前で使っても、師匠さんに嫌そうな顔をされたことは一度もない。


(……変な顔はされたことはあるけど。錬金術で魚の煮付けを作った時だったっけ? でも旨いって完食してくれたし)


 私がガレーパでの出来事を思い返している間、アーシェラちゃんは黙考し、やがてぽつりと呟いた。


「……トビー様もそうかしら?」

「そうだと思いますよ?」

「じゃあ……。私が錬金術を使っても、嫌われない?」


 潤んだ瞳ですがるように、しかも上目遣いでそう問いかけられた。





 ――――なでなで。



「なっ! なにするのよ!」


 思いっきり手を払われた。痛い。


「可愛かったから、つい。すみませんでした」

「~~~っ」


 頭を下げて堂々と謝った。

 アーシェラちゃんは顔を真っ赤にして怒りと羞恥にぷるぷると震えている。


「あ、貴方っ!」

「あ、そうだ。私と友達になってくれませんか?」

「なにをし――――はぁ!?」

「駄目ですか?」

「え? え?」


 突然の展開にキョドキョドと視線をさ迷わせていたアーシェラちゃんは、あるものを見てハッと我にかえる。そして自らの左腕を付きだし言った。


「私は二本なのよ! 友達じゃなくって “ 先 輩 ” でしょ!」

「そうですけど、同い年ですし(見た目は)」

「そんなの関係ないわ!」

「……あ、トビー君」

「もうその手には――――」


「あれ? ブリュノー嬢? どうしてここに?」


「っぅっっ!?」


「お帰りなさい。――――師匠さんに渡したい物があるそうですよ。私では判断できなかったのでトビー先輩が戻るまで待っていてもらったんです」


 その間、基剤を作るのを見ていてくれました。という私の説明を聞きながら、鍋の中を覗き込んだトビー君は満足そうに頷いた。


「うん、いい感じだね。 ありがとうブリュノー嬢」

「べ、別に。先達として当然のことをしたまでですわ」


 わぁ、ツンだ。


「師匠なんだけど、今日は王宮に行っているんだ。おそらく夜には戻ってくるとは思うんだけど。……せっかく待っていてもらったのに、ごめんね」

「マルチーノ様はお忙しい方ですもの、仕方ありませんわ。――――では、戻られたらこれをお渡し頂けますか?」


 そう言ってアーシェラちゃんは持ってきたバックから細長い2つの黒い箱を取り出した。

 片方には緑色の、もう片方には茶色のリボンが巻かれている


「先日、ルテマナを分けて頂きましたでしょう? そのお礼の品ですわ。――――茶色いリボンはモリス様の分です」

「え? 僕にも?」

「そう申し上げましたわ」

「開けてもいいかな?」

「どうぞ」


 箱の中に入っていたのは一本の万年筆だった。


「ブリュノー商会から来月発売される新商品ですのよ」


 そう言って自慢げに語るアーシェラちゃん。

 ブリュノー(商人)さんが扱う商品と聞き、好奇心に負け思わず鑑定した結果。


 一本8万ペソと出た。


 ――――そりゃないぜアーシェラちゃん。


 と、心の中で突っ込みを入れる。


 自分より年下の女の子――しかも未成年――に植物の実を譲ったお礼が8万円の万年筆×2。

 正常な思考の持ち主なら確実にひく。


 ちなみにルテマナとは甘い香りが特徴の果実の事で、スライスして乾燥させた物には体を温める効果がある。冬場は品薄になり多少値が上がるが、決して高級な物ではない。


 案の定、トビー君は戸惑いぎみに口を開いた。


「えっと。これは貰えない……かな?」

「な、なぜですの!?」

「余っていたルテマナの実を譲っただけで、こんなに高価な物は受け取れないよ。師匠も受け取らないと思う」

「そ、そんな……」


 受け取ってもらえずショックを受けるアーシェラちゃんと困り顔のトビー君。


 そんな二人を、時間がかかりそうだなと冷めてきた基剤を混ぜながら眺めていると、ふとある考えが浮かんだ。


「…………借りる、ならどうですか?」

「「え?」」


 ぽかんとする二人に近より、まずはアーシェラちゃんに語りかけた。


「商会の新商品なんだよね?」

「え、ええ? そうよ?」

「使い心地とかはどうなの?」


 私の質問にアーシェラちゃんはムッとした顔で反論してきた。


「商会の商品に不良品なんてありえないわ!」

「どんな紙に使っても?」

「え?」

「目の粗い紙とかに使ってもインクが滲んだりしない? あと師匠さんは左利きなんだけど……左利きの人でも問題なく使える?」

「え!? それは……」


 他の人がどうかは知らないが師匠さんもトビー君も目の粗い紙をよく使う。そして師匠さんが万年筆は使いづらいと溢していたのを知っている。


 自信満々だったアーシェラちゃんの顔がどんよりと曇る。


「だ か ら、貸して(・・・)試して貰ったら?」

「え?」

「実際に使ってみてもらって改善点を教えてもらう。それをアーシェラちゃんがブリュノーさんに伝えれば、もしかしたら左利きの人専用の万年筆が出来るかもしれない、目の粗い紙に使っても滲まないインクが開発されるかもしれない」


 そうなれば嬉しくない? と振り向いてトビー君に聞くと、トビー君は「それは嬉しいかも」と呟いた。

 そして「商品開発の協力の為になら受けとる?」という問いには、暫し悩んだ末に「僕だけなら。師匠の分は保留にさせて」と頷いた。


 そして私達のやり取りを呆然と眺めていたアーシェラちゃんに「どうする?」と問い掛けながら近付き、そっと耳元で「感想を聞く事を理由に、堂々とトビー君に会いに来れるんじゃない?」と囁いた。



 呆然としていた顔が真っ赤に染まった。




 ☆ ☆ ☆



 後日、アーシェラちゃんから私宛に小包が届いた。


 中には花の香りがする女性に人気のハンドクリームが入っており、添えられたメッセージカードには綺麗な字でこう綴られていた。



 『友達になって差し上げてもよくってよ』








 『PS.トビー様の事をトビー君と呼ぶなんて一体どういう事なのかしら? 今度じっくりと話を聞かせて頂くわ!』

【後書き】

作中に出てくる『万年筆』は万年筆っぽいペンの事なのだと思って下さい。

決して異世界のペンの名前や構造を考えたり説明したりするのが面倒だったからではない。ないったらない。

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― 新着の感想 ―
[一言] アーシェラちゃんのツンが、トビーくんは気づいてないのかな。ハルさんは応援しているようで助言してましたね。お礼みたいなツンな手紙の追伸はちょっと怖いですね。まあハルさん的にトビーくん呼びしたい…
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