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元アラサー女子はスライムとして生きて行く(仮)   作者: おんじゃく
第三章~王都~

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69 アーシェラ=ブリュノー

 火にかけられた鍋の中身を木べらでゆっくりとかき混ぜると、わずかな抵抗感と共にとろりとした淡いクリーム色の液体が渦を巻いた。


 皮を剥いたフロムベルと精製水を混ぜ合わせて弱火で煮込み、それを目の細かい布で3回濾すと今の状態になる。

 これを1日寝かせて、次の日に低級ポーションの素材でもあるヤマの抽出液と混ぜて、もう一度同じ作業を繰り返したら軟膏の出来上がりだ。


 煮詰まって鍋の中身が半分程までに減ったのを確認しつつ、そろそろ火から下ろしてもいいかなと思ったその時、側にいた人物が甲高い声をあげた。


「ちょっと! 私の話ちゃんと聞いてるの!?」


 鍋から視線を上げたその先には、1人の少女が腰に手を当て怒り顔で立っていた。


 腰まであるふわふわと柔らかそうな栗色の髪、つり目がちの大きな藍色の瞳、良く手入れされた白い肌と桜色の爪。医師の階級を示す右腕に二本のライン入ったローブの下に着ているのは淡い水色のワンピースドレス。その胸元には小さいながらも細かな細工が施されたブローチが飾られている。


 “お人形さんみたい”なんて喩えがあるが、目の前の少女は(まさ)しくそれ。

 少々キツそうな印象はあれど、はっきり言って文句無しの美少女だ。


 少女の名は『アーシェラ=ブリュノー』。


 そう、『ブリュノー』。

 彼女はガレーパで出会った商人、ブリュノーさんの娘さんだ。


 初めは似てないなと思った。だがよくよく見ると目元が似ていて、瞳の色もブリュノーさんと同じ藍色だった。

 そしてなによりも不機嫌な時に眉間にしわを寄せてムッとする所がそっくりだ。


 とはいえ、迫力のあるブリュノーさんの不機嫌顔とは違いアーシェラちゃんのムッと顔は超絶可愛い。

 そんなご機嫌斜めなアーシェラちゃんに向かって私はにっこりと微笑んで言った。


「やだなぁ、ちゃんと聞いてますよ~」

「……本当かしら」


 私の返事に疑わし気な視線を向けてくるアーシェラちゃんに、嘘じゃないよ~本当だよ~聞いてたよ~と何度も頷く。

 嘘ではない。

 私はアーシェラちゃんの話をちゃんと聞いていた――片手間にではあるが。

 でも真面目に聞いていなくても問題ない位、アーシェラちゃんの話は一貫して同じだった。それは――


「本当ですって、ちゃんと聞いてましたよ? トビー先輩が凄い人だって話ですよね?」


 私の言葉にアーシェラちゃんはあっという間に機嫌を取り戻し「そうなのよ! その通りなのよ!」と再びトビー君がどれほど素晴らしい人物かを語り始めた。


 私にはアーシェラちゃんが言う「切れ長の瞳の奥に宿る知的な眼差し」を持つ人物がトビー君の事だとは到底思えない――私には日向ぼっこしているわんこの目にしか見えない――が、こればかりは仕方ない。

 なぜなら恋する乙女(・・・・・)とはそういうものだからだ。



 そう、恋。

 この目の前にいる美少女、アーシェラちゃんはトビー君に恋しちゃっているのである。


 確かにトビー君は私の目から見てもかなりの優良物件だ。

 真面目で優しく、錬金術のスキルを持っているので将来も安心、見た目も悪くない。

 平民出身のため上級貴族や裕福な家の女性達からはそこまでではないが、爵位が低い家の女性達には結構人気がある。

 実際、役所等でトビー君にそういった目的で声をかける女性を何度か見かけたこともある――トビー君にその気が無いのか、皆さん上手にかわされてたけど。


 けれどそんな女性達とは違い、アーシェラちゃんはトビー君自身のことが好きらしい。

 少なくともトビー君の身分やお金は目的ではないと思う。なぜならアーシェラちゃんはそれら全てをすでに持っているからだ。


 大商人の父、元侯爵家令嬢の母、本人は史上最年少でローブに二本線を入れた才女。

 結婚相手に爵位持ちを望んでいるとしても、わざわざ一代限りの爵位しか持たないトビー君を選ぶ必要はないだろう。


 そしてなによりも雄弁に語るのが、トビー君の話をしている時のアーシェラちゃんの顔だ。


 アーシェラちゃんは頬を赤く染め、キラキラと瞳を輝かせながら本当に幸せそうにトビー君の事を話す。

 その姿は大商人の父と高貴な母を持つお嬢様でも、史上最年少でローブに二本の線を入れた才女でもない、ただの恋する1人の少女だ。


 ちなみにお相手となるトビー君はアーシェラちゃんが来る少し前に薬草を取りに行ってしまったのでここにはいない。



 そんな恋する乙女に癒されながら、ワカルワカルと相槌を打ちつつぐるぐると鍋をかき混ぜる。


「あら、そろそろ鍋を火から下ろした方がよくってよ」

「あ、は~い」

「火から下ろしても暫くは手を休めては駄目よ。ここで手を抜くと冷めたときにダマになって塗り心地が悪くなるから」

「は~い」


 と、返事をしながら鍋を火から下ろす。

 弛めのカスタードクリームみたいだなぁと思いながら混ぜていると、アーシェラちゃんがぽつりと呟いた。


「……やっぱり(・・・・)『錬金術』は使わないのね」

「やっぱり?」


 思わず見上げたその先に、眉間にしわを寄せてムッとしているアーシェラちゃんがいた。


「…………あなた、ガレーパから王都までマルチーノ様と一緒だったんですってね」

「え? あ、はい」


 何だろう、話が見えん。

 師匠さん達と一緒にいた事と基剤を作るのに錬金術を使わない事になにか関連性でもあるんだろうか?

 訳が分からず首を傾げていると、アーシェラちゃんがムッとした顔のまま「手が止まっているわよ」と睨んできたので、慌てて鍋に目を落としかき混ぜる。


「……あなた、マルチーノ様が錬金術を使った所を見たことがあって?」

「へ?」


 アーシェラちゃんは私ではなく鍋の中を睨むように見つめている。

 私はそんなアーシェラちゃんの横顔を眺めながら師匠さんと出会ってから今までの記憶を辿った。


 師匠さんが錬金術を使う所? 見たことあるよね? だってポーション貰った……。あれ? ポーションは貰ったけど錬金術を使う所は見たことない? あれ?


「無いでしょ?」

「……無いですね?」


 確かに、師匠さんどころかトビー君が錬金術を使う所さえ見たことがない。ただ単にその機会が無かっただけかもしれないが……。


「何でだ?」


 思わず呟いた私の問いにアーシェラちゃんはわずかに逡巡し、そして声を落とし、答えた。


「マルチーノ様は……。『錬金術』がお嫌いなのよ」

「…………はい?」

【後書き】

待望の女の子登場です!


ちなみにアーシェラちゃんのイメージはお金持ちの家で飼われてるペルシャ猫です。

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