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元アラサー女子はスライムとして生きて行く(仮)   作者: おんじゃく
第三章~王都~

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66 キイテル

 カチッ、と固い金属の音を立てて懐中時計の蓋を開くと、時計の針はちょうど正午15分前を指していた。


 今日から私は見習い医師として働く、というか学ぶ。

 本来なら朝から王宮へ赴き勉学に励むべきなのだが、私は読み書きどころかこの世界の一般常識すら知らない。

 そのため午前はソラと一緒に第7部隊の騎士の人達から読み書きを含めた一般教養を、午後から医者見習いとして学ぶカリキュラムを特別に組んでもらったのだ。



 懐中時計の蓋を閉め、濃緑色のローブのポケットにしまいながら玄関の扉を開けると、宿舎の正門前に小型だが一目で高価だと分かる暗緑色の馬車が停まった。

 馬車の側面に入れられた紋は、メイアと呼ばれる日本の山茶花(サザンカ)に似た花。この紋を使用しているのはこの国でたった一人だ。


 急いで階段を下り、馬車から降りてきた人物に礼をとる。


「おはようございます、トビー先輩。今日からよろしくお願いします」


 馬車から降りてきた人物、トビー君は一瞬キョトンとし、続いて驚いたように目を見開いた。


「あ、そっか僕、先輩になったんだ。うわ~うわ~なんか緊張してきた」


 頬を赤く染めて慌てふためくトビーわんこ。

 その様子を永久保存版と書かれた心のアルバムにそっとしまっている間に、落ち着きを取り戻したトビー君が「こちらこそよろしくお願いします」と言って礼を返してくれた。


 左手を前にして腹部に当て、右手を後ろに回し頭を下げる――女性は右手でローブの裾を少しだけ摘まんで膝を軽く曲げる。

 この執事のお辞儀にも似た礼は医師同士でのみ行う特別な礼だ。


 基本的に下位の者から上位の者へ行う礼なので、上位者から礼を返す必要はないのだが、見習い同士で親しい間柄の場合は返す事もある。

 左腕を相手に見せるように少しだけ体を斜めにするのは、ローブの左腕部分にある医師の階級を示す白いラインを見せるためだ。


 このラインは最大で5本入る。

 ラインの階級がどんなものかというと、


 【0本 (ラインなし)】師事して一年未満の初心者。

 【1本】薬学に基づいた専門的な知識がそこそこある。一年経てば自動的に1本になるため個々の実力差が大きいランク。

 【2本】薬学の知識がかなりある。診療の補助、簡単な処置ができるレベル。

 【3本】医師の一歩手前。医師の指示の下に限るが、患者に直接触れて診断を下せる。薬の処方も可能。

 【4本】医師。

 師より独立し、他者に医学・薬学を教える事ができるレベル。

 爵位も上がり、医療関係に限るが国政への発言権も持つ。


 といった感じだ。


 【5本】は医師として偉業――新薬の開発や疫病の根絶等――を成した人物に特別に与えられる本数で、今現在この国で5本のラインが入ったローブを着ているのは師匠さんだけだ。


 私は新人なのでローブにラインは入っていない。

 一年経てば自動的に1本になるが、2本以上になるには国家試験に合格する必要がある。

 しかも合格しても五年毎に再試験が行われ、その試験で規定の点数に届かなかった場合は降格となる。

 過去には昇格と降格を繰り返し、20年以上見習いだった人も存在したらしい。


 『錬金術』のスキル持ちは国に保護され、多くの優遇措置を受けることができるが、それと同時に生涯このシステムに縛られる事となる。


 医師の世界は予想していたより厳しい。


 ちなみに兄弟子であるトビー君の腕には3本のラインが入っている。

 師匠さんいわく4本になる試験を受けても問題ないレベルで知識も経験もあるそうだが、もう暫く師の元で勉強したいという本人の意思を尊重し、昇格のための試験を見送っているのだそうだ。


 トビー君の腕のラインを見て、(ポーションの味は合否の有無に関係ないんだな……)と秘かに思った事は内緒だ。




「ではそろそろ行きましょうか」


 本日の護衛を担当してくれる副隊長さん――もう一人はグリシャさん――の声に了承の返事を返しながら、見送りに来てくれていたソラを手招きで呼び寄せ、そっと耳元で囁く。


「キッチンの戸棚にパウンドケーキあるから、お腹へったらそれ食べて」

「…………分かった」

「全部食べても良いけど一気に食べないで、ちょっとずつね」

「ん」


 今から夕方までソラとは別行動だ。

 私が王宮で学んでいる間、ソラは宿舎で見習い騎士としての仕事――宿舎の掃除や馬の世話、先輩騎士の指導の元で武器の手入れ等の雑務――をこなす。


「……じゃあ、行ってきます」

「ああ」


 馬車に乗ろうと足を向けた時、ふと、長時間ソラと離れるのが久々だという事に気付いた。

 ガレーパでも旅の途中でも、別行動をする事はあってもすぐにお互いが確認できる距離にいた。


 ――――どうしよう。


 急に心配になってきた。


 本人に自覚はないかも知れないが、ソラには辛くてもギリギリまで我慢してしまうという困った癖がある。

 我慢しなくては生きていけない環境で育ったから、普通の人なら根を上げるような事でも黙って受け入れてしまうのだ。


 それは体の痛みだけでなく、心の痛みもだ。


 辛くても平気そうな顔を当たり前にするから、忘れそうになる。

 ソラがまだ11歳の子供だということを。


「ハル」


 思わず眉をしかめたその時、ソラが私の名を呼んだ。

 振り向くとソラの青い瞳と目が合う。

 そして、ソラが口を開き、言った。



「……お前、ちゃんとおとなしくしてろよ」





「………………ん?」


「余計な事はするな」

「……………………」

「あと、できるだけ黙ってろ」

「……………………」


 呆然とする私の両肩を真剣な顔をしたソラが正面からがっしりと掴む。


「分かったか?」

「……………………」


 ―――…………え? なに、この状況。


 助けを求めるように近くにいた副隊長さんをちらりと見たが――スッと視線を反らされた……。


「おい、聞いてるのか?」


「………………キイテル」




 メンタルに。

【後書き】

トビー君は乗り物酔いしますが、短距離であれば大丈夫です。

話には出していませんが御者は王宮務めの人がしています。

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