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元アラサー女子はスライムとして生きて行く(仮)   作者: おんじゃく
第二章~邂逅と別離~

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閑話~探し物~

【前書き】

ハルがいなくなった地球の話です。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 鉛色の空の下、喪服に身を包んだ初老の男が縁側に腰かけ、物寂しい冬の庭を眺めていた。

 白髪混じりの頭髪に、日に焼け深い皺が刻まれた痩せた顔に浮かぶのは深い悲しみと怒り。


 苛立ちを紛らわすために伸ばされた指先に、けれども目的の物が見付けられず、男は小さく舌打ちをする。


「煙草は嫁さんに止められてんだろ? 口寂しいならこれでも食ってろ」


 声をかけられ振り向いた先に、痩せた男と同年代の、坊主頭の太った男が、饅頭が二つ載った皿を手に立っていた。

 坊主頭の男は痩せた男に饅頭をひとつ取らすとその隣にどかりと座り込み、皿に残った饅頭を口に放り込む。


 庭の片隅に咲いた甘い香りを放つ蝋梅(ろうばい)の花をじっと見つめる痩せた男に、坊主頭の男がちらりと視線を向けぼそりと呟く。


「犯人、自首したんだってな」

「……ああ」

「ハル、幾つだった?」

「34、今年で、35だ」

「……若っけぇなぁ」

「……そうだな」


 ズッ……と坊主頭の男が鼻を啜り目頭を拭う。

 見た目は厳ついが、涙脆く、情の厚い男なのだ。


「ハルは……良い()だったなぁ」

「そうだな」

「小梅さんを困らせた事もなかった」

「……小さい頃はそうでもなかったそうだぞ」

「そうなのか?」

「ハルがこの家に来てまだ間もない頃、頻繁に家を抜け出していたらしい。ふと目を放した隙に突然居なくなっていて肝を冷やしたと小梅さんが言っていた」

「そんな事があったのか」


 坊主頭の男が驚いたように目を見張る。


「ああ。とは言ってもいつも同じ場所でぼーっと突っ立っていたらしいから、探す手間はかからなかったそうだが」

「ハルは何処にいたんだ?」

「河川敷の蝋梅の樹の前だ」

「なんでそんな所に? 蝋梅って……この庭にもあるじゃねぇか」


 坊主頭の男が視線を向けた庭の片隅に、蝋細工のような薄黄色の花を数輪つけた樹がひっそりと立っていた。


「その樹はハルの脱走を防げないかと小梅さんが植えたんだ」

「そうだったのか……。けどなんでハルは脱走なんてしたんだ? 花を見るためか?」

「小梅さんも不思議に思って聞いたらしい、なんでだってな。そしたらハルは…………『探してる』と答えたらしい」

「『探してる』? 何をだ?」

「…………『名前』だそうだ」

「は? ハルの名前は『ハル』だろ?」

「『私じゃない』。ハルはそう言ったそうだ」

「そりゃあ……一体どういう意味だ? ハルにとって『ハル』は自分の名前じゃないって意味か? それとも探してるのは自分の名前じゃないって事か?」

「そこまでは分からなかったらしい、というかハル自身もよく分かってなかったそうだ」


 訳が分からないといった顔をする坊主頭の男に、痩せた男は再び視線を庭に戻した。




 夕闇の中、街灯近くの蝋梅の樹の下で探していた人物を見付け、小梅はまた(・・)かと深いため息を吐いた。

 安堵に滲む涙を拭い、続けてキッと睨む。

 こんなに心配をかけて、きちっと叱ってやらなけりゃと足早に近付くにつれて、孫娘の様子がいつもと違う事に気付き眉をしかめる。


 ぼんやりと蝋梅の花を見上げる孫娘は、声も出さずに静かに泣いていた。

 そっと隣に立ち、街灯に淡く照された蝋梅の花を見ながら話しかけた。


「こんな所で何してるんだい?」

「………………探してるの」


 小さく囁くようなその声に、亡くなった息子夫婦の顔が浮かびツキリと胸が傷んだ。

 だが続けて発せられた孫娘の予想外の返答に一瞬思考が止まる。


「『名前』を探してるの」


 名前を探している? 両親じゃない? 幼い子供の独特な言い回しだろうか?


「名前? ハルの名前は『ハル』だろう?」

「……違う。――――『私』じゃない」

「……違うのかい?」

「違う。違うよ、違う、違う」


 違う違うと声をあげて泣き始めた孫娘に途方に暮れる。

 全く意味が分からない。分からないが、とりあえず涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を、持っていたハンカチで拭ってやり、落ち着くのを待った。


 完全に日が沈み、孫娘がグズグズと鼻をすすり始めた頃、もう一度確認する。


「ハルは名前を探してる、だけど見つからない。そうなんだね?」

「うん、大切なの、一番大切な“忘れちゃいけない”なのに……忘れ、ちゃった」


 そう言って再び目に涙を浮かべぷるぷると震える孫娘に、大きな声で「なぁんだ! 良かったじゃないか!」と言った。

 そしてぽかんとこちらを見上げてくる孫娘に向かって良かった良かったと笑った。


「……良い、の?」


 泣くことも忘れて目をぱちくりとさせる孫娘に、もちろんだと自信たっぷりに頷く。


「だって忘れただけで無くした訳じゃないんだろう? だったら“良かった”じゃないか」

「……よく分かんない」

「忘れても大事な物はちゃんとここ(・・)にあるって事だよ」


 孫娘の胸を優しくトントンと叩く。


「ここ? ここにあるの? 大事なの、あるの?」

「ある! ――――だからもう探さなくてもいいんだよ。だってハルは無くした訳じゃない、ちゃんと持ってるんだから、ね」

「……でも思い出せない」


 再びしょんぼりと項垂れる孫娘の不安を吹き飛ばすように呵呵(かか)と笑う。


「本当に大事なら思い出すさ」

「本当?」

「ああ本当だよ」


 小梅の自信に満ちた言葉と表情にしばし考え、やがて納得したように頷き顔を上げた孫娘に「さあ、『ハル』、家に帰るよ」と手を差し出した。


 おずおずと重ねられた孫娘の柔らかな手を、小梅はしっかりと握りしめた。





「その後、ハルの脱走癖は無くなったらしい」


 坊主頭の男が理解しがたいと眉をしかめたその時、家の奥から若い女性の悲鳴にも似た泣き声が聞こえてきた。

 よくよく聞くと「先輩、先輩」と言って泣いているのが分かった。おそらくハルが勤めていた会社の後輩だろう。


 再びしんみりとした空気を変えるように、坊主頭の男がぽつりと別の話題を口にする。


「……この家、どうなっちまうんだろうな」

「あいつがなんとかするだろ」


 “あいつ”とは喪主であり、2人の幼馴染でもある男の事だ。


「ハルにもしもの時の相談をされてたらしい」

「あいつは弁護士だからなぁ……。小梅さんの時も相談に乗ってたしな」

「ああ、それにあいつは…………小梅さんに惚れてる」


 この家に嫁に来た、一回り以上年上の小梅に一目惚れをし、いまだ独身の幼馴染の顔を思い浮かべる。


 坊主頭の幼馴染が自分の頬を両手でバチンッと叩いた。そして「っし!」と気合いを入れ立ち上がる。


「もうすぐ昼だな! 弁当はあっても汁物は無いだろう、作ってくる!」


 そう言ってドスドスと足音をたてながら台所へと向かうのを、相変わらず落ち着きのない奴だと苦笑しながら庭に視線を戻した。


「おい!」


 声に振り返ると、人相の悪い顔でジロリと睨まれる。


「饅頭食え! 自信作だ!」


 道を歩けば高確率で職務質問される坊主頭の幼馴染は、和菓子屋の店主でもある。

 返事代わりに持っていた饅頭にぱくりと食い付くと、ニヤリと笑って去って行った。



 自信作だという塩饅頭は旨かった。


 だが血圧が高く、日頃から塩分を控えている身には少し、ほんの少しだけ、しょっぱく感じられた。

【後書き】

※地球の話はこれで終わりです。


※ハルさんの家には喪主の男性が住み始めます。男性には料理上手な姪と又姪(姪の娘)がいて、将来二人で喫茶店を開くのが夢だとか……。もしかしたら場所を提供するかもしれません。

彼女達なら鉄鍋やフライパンも大切に使ってくれるでしょう。


※梅の漢字が使われていますが、蝋梅はロウバイ科です。実も食べられません。


※庭には梅の木も植えられていて、ハルさんと小梅さんは毎年その梅の実で梅干しを作っていました。

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