63 無理
「いいだろう。私が君たちの後ろ楯になろう」
笑いを治めたダルク公爵はそう言うと、少し離れて待機していた初老の家令を呼び寄せ指示を出した。
「二人が泊まる部屋の準備を。そうだな……東のコネクティングルームを用意してくれ」
「え?」
「畏まりました」
「あ、あの……」
「宿舎の改装が終わるまで住む場所が必要だろう?」
「いえ、そこまでご迷惑は。役所の方からすでに宿は用意していると、聞いて……」
そこまで言っておかしいと感じた。これは勝手なイメージなのだが、ダルク公爵はこういった事務的な処理に対しては余計な事はしないし言わない人のような気がする、ならこの提案には何か意味があるはず。
「……何かあるんですか」
私の質問にダルク公爵はにっこりと微笑む。
「役所が用意する貴族街の宿泊施設は使わない方がいい、君と契約を交わそうと貴族の手の者が数日前から宿泊している」
「え゛」
「マルチーノ様もモリス殿も王宮へ戻らねばならない、義弟達は側に置けるがそれはあくまでも護衛としてだ、よほどの事が無い限り口は挟めないだろう。……君ひとりで対処できるのかな?」
「……」
――――――――無理。
庶民ならまだしも貴族への対応方法なんて知らないし、今教えて貰ったとしても付け焼き刃の知識でどうにかなるとは思えない。
「ここに宿泊するなら君達は私の客だ、私を通さざるを得ない。宿舎の改装が終わる頃には爵位の授与も終わっている、そうすれば堂々とマルチーノ様の弟子を名乗れるし、何かあれば師を通せと言えば大抵の者は引く。少しは静かになるだろう」
「……少しですか」
「対応出来るようになるまでは逃げ続けるしかないね。彼等はそうだな――――ラグノーとでも思えば良い」
☆
「義兄上……」
非難めいた声が義弟から発せられる。
ラグノーから命からがら逃げ切った少女にする例えではないと言いたいのだろう。
だがこの程度で怖じ気付かれても困る。後ろ楯になるとは言ったが、自分が保証するのはあくまでも後ろだけだ。正面に落ちているゴミの処理まで請け負うつもりはない。それに――
(そんな人間か?)
難しい顔をして黙り混む生き物を観察する。
『異物』。
それがオーレリーがハルを観察して得た結論だ。
この世界とは全く異なる理を持つ世界。“異世界”とでも言えばいいだろうか? そこからある日突然やって来た“異物”。
まるで夢物語のような話だが、それが目の前の生き物を表現するのに一番しっくりくる。
だが『異物』でもハルの本質は善だ。
頭は悪くないし、周囲を視る目も、いざという時の判断力もそれを実行する胆力もある。
疑わしい点は多々あるが害はない――ハルの大切な者、特に少年に手を出さない限りは。
おそらくハルは自分と同じ、たったひとつの為に全てを棄てる事ができる生き物だ。
唯一違うのはオーレリーがさっさと他に見切りを付けるのに対して、ハルは最後の最後まで他を棄てないという所だろう、その違いは大きいが選択できるという事実に変わりはない。
オーレリーが珍しくもほんの少しだけ目の前の生き物に親近感を得たその時、ハルが意を決したように顔を上げた。
「ラグノーと同じ……。それは頑張って倒せば旨味があるという意味ですか?」
「うん?」
ピキリ……と一瞬だが部屋の空気が冷えた。
「…………あ、旨味は無いんですね。ラグノーからは良い出汁が取れるのでそういう例えなのかと思ったのですが……。そうですか、しつこくて面倒臭いだけですか…………残念です」
「……」
オーレリーの脳裏に愛しい妻の顔が浮かんだ。
複数のラグノーをナイフ一本で撃退し、残された脚を鍋に放り込もうとしたのを使用人達に全力で止められ、なぜ食べないのかと怪訝そうな表情をした愛しい妻の顔が。
「……君はラグノーを食べるのかい?」
「? はい、あれば」
「そうか。……君は、妻と気が合いそうだ」
「え!?」
少女はギョッとした後、へにゃりと眉を下げて心底申し訳なさげに言った。
「あの、すみません。私。後ろ楯になって下さった方を踏むのは…………ちょっと」
「うん、それは私も望んでない」
【後書き】
★コネクティングルーム=隣り合わせの部屋を内側のドアでつなげた続き部屋のことです。廊下に出ずにお互いの部屋を行き来できます。
※こういった部屋の存在は知っていましたが名称は知りませんでした。ご存知の方もいらっしゃるとは思いますが、念のため追加説明しておきます。
★異世界=イシュハンメルに異世界の概念はありません。天才的に異常で異質な思考回路を持っているオーレリーだからこその表現であり例えです。まぁ当たってるんですが……スゴイネ!




