62 オーレリー=ヴィ=ダルクという人間(表)
『ダルク公爵の話を遮ってはいけません』。
それが副隊長さんから事前に受けたダルク公爵と会った際の注意事項だった。
ダルク公爵は自他共に認める愛妻家で、初めて会う人に妻との馴れ初めを必ず語る。
そして最後に話の感想を求められるのだが、ここで重要なのが“どんな感想を述べるか”ではなく“最後まで話を聞けたかどうか”なのだそうだ。
とりあえず話を遮らなければ『及第点』とみなされるので、どんな衝撃的な話を聞かされようが決して話を遮らないようにと再三注意を受けた。
確かに好きなものの話を途中で――しかも楽しく話している途中で――遮られるのはイラッとするものだ。
私だってにゃんこのにくきゅうの素晴らしさを語っている時に横槍を入れられたらムッとするだろう。
とにかく徹底的に聞き役に徹する事を副隊長さんに約束し、私達は王都にあるダルク公爵家の屋敷へと向かった。
☆ ☆ ☆
突然の来訪にも関わらず、ダルク公爵は嫌な顔ひとつせず私達を屋敷へと招き入れてくれた。
出されたお菓子はひと口サイズの五弁の花を模したクッキーで、味のバリエーションも豊富で女の子へのちょっとしたプレゼントに重宝しそうだ。
あ、余談ですがこの世界にもコーヒーがあることが判明しました!
名前は『カフワ』と言って、地球と同じく豆を焙煎して作られる。ただ地球とは違い、ヤシの木のような植物から豆を採るのだそうだ。
子供の飲み物ではないらしく、残念ながら私とソラは紅茶を頂いたのだけど、あまりにも私が興味津々だったので師匠さんがちょっとだけ飲ませてくれた。
結論、タンポポコーヒーは類似品であって本物ではなかったのだと痛感した。
でも『カフワ』はお値段がべらぼうに高い。分かりやすく言うとコーヒー 一杯でウン万円……。
サヨナラ私のモーニングコーヒー。そして仲良くしようねタンポポさん。
ちなみにクッキーは奥様が経営しているお店の商品で、食べ物以外にも女性向けの商品を色々取り扱っているから、一度行ってみるといいと紹介状代わりのカードを頂いた。
店員さんにカードを見せると色々と融通してくれるらしい。
それにしてもダルク公爵の奥様はかなりアグレッシブな女性のようだ。
女性の社会進出が進んでいるとはいえそれは主に庶民の間の話で、貴族の女性で店を経営している人は珍しい。店を持っていても名前だけで実際の経営は別、なんていうのが普通なのだそうだ。
そんな奥様の事を誇らしげに語るダルク公爵を見て、本当に奥様の事が好きなんだなぁとほんわかしながら話を聞いていた。
だがしかし。
奥様の自慢話が一通り終わり、さあ、いよいよ感動の奥様との出会い編! となった辺りから話が斜めどころか宇宙の彼方へとブッ飛び始めた。
最初におかしいと思ったのは、奥様が実父に売られたという不吉な言葉が飛び出してきた時だ。
奥様は元男爵令嬢。
本来なら男爵家を継ぐ――この国では正妻の長子が家を継ぐ――のだが、当時、男爵家は父親の借金によってお家取り潰しの危機に瀕していた。
借金の返済に困った父親は、あろうことか娘を売ってなんとかしようと考えた。――最低である。
そんな最低な父親に優良な買い手として目を付けられたのが、当時、女性関係で浮名を流していたオーレリー青年――当時はまだ公爵ではない――だった。
オーレリー青年も初めは断った。だが借金の一部だけでよい、娘の事も飽きたら返却してもらって構わないと男爵に泣きつかれ、それならまぁいっかと受け入れたのだそうだ。――最低である。
そして数日後、約束どおり男爵の娘はやってきた。
深夜、娘が待つ寝室の扉を開けたオーレリー青年は、目の前の光景に我が目を疑った。
部屋にいたのはひとりの美しい少女。
長い金の髪と深い青の瞳の美少女は、天蓋付の豪奢なベッドの上に下着姿で仁王立ちで立っていた。――ん?
生まれて初めて思考が止まるという経験をしたオーレリー青年は、フラフラと少女に近づき手を伸ばし――。
気付けばオーレリー青年は床に転がっていた。
ぼんやりと見上げたその先には、不愉快そうに足の裏をシーツに擦り付ける美少女の姿。
そしてオーレリー青年を襲う鈍い痛みと止まる気配のない、鼻血。
そう、少女は美の結晶とも言われるオーレリー青年の顔を思いっっっきり踏んで蹴り倒したのだ。
途切れる事なく滴り落ちる鼻血と不快な痛みにオーレリー青年は涙を流し狂喜した。――は?
オーレリー青年は悟った、これが愛の痛みなのだと! ――違うと思う。
そしてオーレリー青年は少女に跪き切願した。「もっと踏んでくれ!」と。――エー!
少女はそんなオーレリー青年を一瞥すると、その艶やかな赤い唇を開いて吐き捨てるように言った。
「黙れ。――――人間のクズが」
その瞬間、オーレリー青年は恋に落ちた。
☆
「どう思う?」
……え゛?
……いや、そんな。頬を染めて恋する乙女のような顔で問われても……。あ、これ感想を聞かれてるのか。じゃあもう話は終わったってことか。ヨカッタ。
でも「どう」って言われても……。
①「素敵な奥様ですね!」とノる。
②「黙れこの◯◯◯◯」と罵る。
③「(どうでも)いいと思います!」と逃げる。
④「カンドーした!」と涙する。
の四択位しか思い付かない。
う~むと唸りながら左右に目をやり救いを求めてみた。
副隊長さんは屋敷に来た時から既に瀕死状態なので戦力外だ。そっとしておいてあげよう。
ソラは随分前からお茶請けのクッキーに魅了されている。……うん。もういいよ、お食べ、私のもお食べ。
頼みの綱の師匠さんは…………寝てた。
どうやら我がパーティーは私を残し全滅したようである。悲しい。
……①かな? 愛妻家なのは間違いないし。
副隊長さんも感想はどうでも良いって言ってたし適当でいっか~とダルク公爵をチラリと盗み見て――――、ぶわりと鳥肌が立った。
嫌な汗が背中を伝い、ヒクリと顔がひきつる。
この感覚には覚えがある。
ほんの一瞬だったけど間違いない。
これは敵と対峙した時の感覚。
でもなんで突然? 失礼な態度を取った覚えはない。一瞬とはいえ敵視される理由が思い付かない。
そもそも話を最後まで聞けば及第点じゃなかったのか!? と若干パニックになりながらも必死に思考を回転させる。
訳がわからないが、とにかくダルク公爵を敵に回したらいけない事だけはよーっく分かった、この人なんかコワイ。
だとしたら①~④の感想は却下だ。
うわべだけの感想では意味がない。
でも何を言えばいい? 何が正解?
グッと拳を握りしめ、ダルク公爵の真意を探るように彼の目を見た。
するとダルク公爵がおやっという顔をした。
そしてダルク公爵の顔から作られた優しげな微笑みが消え、次いで、面白そうな玩具を見つけた子供のような笑みが浮かぶ。ヒィッ。
「どうしたんだい? 感想を聞かせて欲しいんだけど?」
とっとと感想を言えって事ですね! 分かっております! でも感想ってどんな感想だよ!
「公爵様は変態なんですね」流石にない!
「奥様は変態なんですね」愛妻家のダルク公爵に喧嘩を売っているのか!?
ダルク公爵がまだ? というように首をかしげ微笑みを深くする。ヒィッ!
そして真っ白になった私の口から飛び出した言葉は
「ぉ」
「お?」
「そぉの! 時の!! 奥様のパンツは何色だったんですかねぇぇぇ!!!」
感想ですらなかった。
「……」
「……」
ヤ ッ チ マ ッ タ ゼ 。
シンッと静まり返った室内にソラがクッキーを齧る音だけが響く。ソラ君パネェ。
驚きに目を見張るダルク公爵――ゴメン――から、私はゆっくりと視線を反らしうつむいた。
…………死にたい。
やがて、ぐふっとアレックスが吹き出したのを皮切りにダルク公爵が腹を抱えて笑い出した。
そして数分後、ダルク公爵は笑いを必死で堪えながら、燃え尽き灰と化した私に一言「それはヒミツ」と言った。
あ、そうですか。
心底どうでもいい。
★おまけ~ソラの感想~★
ソラ「…………あんたって変態なんだな」
ソラ以外の人達「!?(言っちゃった!!)」
【後書き】
※エヴァさんについて……父親の愚行にブチキレて女王様へとシフトチェンジしましたが、彼女は本来とても優しい女性です。ブチキレた理由は父親が自分だけでなく弟の事も売ったから。レイさんを取り戻すため包丁持って相手の屋敷に単独で乗り込んだそうです。
ちなみに当時エヴァ16歳、レイ6歳です。
※男爵令嬢が公爵家の嫁になれた理由は次話の後書きで補則予定です。
※SMはソラの教育に悪いのでは? と心配される方がいるかもしれませんが、ソラはいたって冷静です。なんせ盗賊と暮らしてましたから……。
あとハルさんの『ラ・ルゥ』であることも大きな要因のひとつです。現在のソラの精神状態は非常に安定していますのでご安心を。




