60 メリットとデメリット
≪3階建の石造りの頑丈な建物です。
建物東側にある広い庭は自由に使用可能。
西側の庭にはよくしつけられた軍馬が5頭おり、いつでも触れ合う事が可能です。
また建物内には腕に覚えのある騎士が常駐しておりセキュリティ面も万全!
さらに敷金・礼金・家賃全て無料!
王都建国における歴史的建造物に凄腕の騎士達と一緒に暮らしてみませんか?
※入居先は建物2階部分、現在物置部屋となっている部屋となります。※部屋の改修費用等は入居者様がご負担下さい。※魔石代も入居者様のご負担となります。≫
色々と突っ込みたい所はあると思うが、ハルムートさんから聞いた第7部隊の宿舎を日本の物件情報誌風に変換するとそんな感じだった。
ちなみに1階部分に応接室と食堂兼調理室、そして食糧庫とシャワールームがあり、2階の一部と3階に騎士達の個人部屋があるそうだ。
改修費用と魔石代は国が賄ってくれるので問題ない。
ちなみに魔石代=水光熱費のこと。
この世界の道具は魔石の力で動いているので、魔石の中の魔力が切れる前に魔石を取り替えるかその魔石に適した魔力を持った人に魔力を注入してもらう必要がある。魔石代とはその際の費用のことだ。
少し気になったのは築年数。
≪歴史的建造物≫といえば聞こえは良いが、裏を返せば築200年の古い建物だということになる。
とはいえ国に仕える騎士が住む宿舎なのだからある程度の修繕は行っているはずなので、そこまで酷くはないだろう。
良い物件であり条件だと思う。
私の護衛を第7部隊の騎士達が担当してくれるという点も大きい。護衛は国から派遣された人がすると思っていたので、これは嬉しい誤算だった。
ただ、大きな問題というか疑問が残っている。
「私は皆さんとポーションの契約をしていますが騎士ではありません。騎士ではない私が騎士の宿舎に住んでも問題ないんですか?」
騎士は国に仕えている、いわば国家公務員みたいなものだ。そんな騎士の為に用意された宿舎に、騎士見習いであるソラはともかく騎士とは無関係の私が住む事は可能なのかということだ。
そう疑問の声を上げた私に、ハルムートさんは狼狽える事もなくズバリと答えた。
「問題はある」
「あるんかい」
囁くような小さい声で突っ込みを入れたのだが、耳の良いアレックスには聞こえていたらしい、口元をピクピクさせながら必死に笑いをこらえている。
それにしてもハルムート君、問題があるのならなぜ提案したのかな? あれかい? 君は上げてから落とすタイプなのかい? 酷い。
お宅の隊員さんどうなってんのぉ? と隊長さんと副隊長さんにジト目を向けたのだが、……スッと視線をそらされた。酷い。
そんな私達に構うことなくハルムートさんは淡々と話を続ける。凄い。
「問題はあるが前例がある」
「ん?」
「過去に隊員の家族が宿舎で生活していた記録がある」
なるほど。確かに前例があるなら次に同じような状況となった場合に要求を通すのは楽だ。
そして隊長さん達の反応でもう1つの疑問も解消した。
それは私とソラが第7部隊の宿舎に住む可能性がある事を騎士達が予測していたということ。
いくら補佐とはいえハルムートさんは第7部隊のいち隊員にすぎない。
そんなハルムートさんが第7部隊の代表として提案をしているのに騎士達に慌てた様子は無い。ならばこの提案はハルムートさんの独断専行ではなく第7部隊としての提案だということだ。
ならば騎士達に遠慮する必要はない、第7部隊にメリットがなければ隊長さんか副隊長さんがハルムートさんを止めるだろうし、そもそも提案される事もないはずだ。
改めて条件を熟考する。
私が第7部隊の宿舎に住むメリットはある。
間取りや庭、護衛の件もそうだが、なによりも騎士達の日々の生活を直接確認できるという点は大きい。
ソラが正騎士になるかはまだ分からないが、騎士という存在が――生活面を含め――ソラを自由でいさせてくれる存在であるかどうかの確認はしておきたい。
それがあの日、あの雨の中、ソラに滝から飛び降りろと言った私の義務であり責任であり――――願いだから。
だが私はまだ迷っていた。
なぜなら第7部隊の宿舎に住むことにはメリットだけでなくデメリットもあるからだ。
デメリットとは第7部隊との繋がりが深くなる事。
個人的には第7部隊の人達――まだ会っていない人もいるが――は好きだ。個性は強いがみんないい人達だと思う。
だがいい人達だから、だけでは乗り越えられない障害というものもある。
その障害とは第7部隊と貴族との確執。
師匠さんからやんわりと聞かされてはいるが、おそらく第7部隊の現状はあまり良くない。
そもそも国に仕え、戦いを本業とする騎士がポーションの遣り繰りに日々頭を悩ませているなんて通常ならあり得ない話だ。
第7部隊とポーションの契約をしただけの今なら影響は少ないと思う、けれど第7部隊の宿舎に住めば確実に目をつけられるだろう。
とはいえ、師匠さんの保護下にある私達に口撃はしても攻撃はしないと思う。
それに騎士見習いであるソラは貴族がいる王宮に行くことは基本ないので、何か言ったりされたりする対象となるのは、主に『無知で無力な小娘』である私だろう。
幸い(?)にも、陰口をハイハイソウデスネェ~と聞き流すスキルなら前世で既に取得済みだ。だてにアラサーまで生きてはいない。
だが、だからと言ってわざわざ刺激する必要もない。厄介事が回避出来るなら回避するに越したことはないし、陰口だって言われない方が良いに決まっている。
ソラが幸せで自由であることは私の願いだが、一番の願いは私とソラがずっと一緒に幸せでいる事なのだから……。
やはり役所に進められた物件にした方が無難だろう、騎士の事は宿舎に住まなくても調べる事は出来る。
ハルムートさんの提案を断る方向に思考を向けた時、ハルムートさんが口を開いた。
「ハルにとっての利点は場所や護衛以外にもある」
「……何ですか?」
それは貴族に目を付けられても良いと思えるほどのメリットなのだろうか。
よほどのメリットがなければ無理なんですけど。とハルムートさんに視線を向ける。
「俺達は担当しているテミザ地区に定期的に遠征に行く」
「? はい」
「遠征には夜営等の訓練も兼ねて見習いも同行する」
「!?」
は? え?
なん、だと!?
「通常は隊と専属契約を結んでいる薬師か医師に同行してもらうが、いない場合は役所に手の空いている者を紹介してもらい、一時的に契約を結んで同行してもらう」
「……」
「役所の紹介は指名制ではないからハルが選ばれる可能性は低い。だが、隊の宿舎に住んでいるなら仮専属とみなされ指名ができる――ハルが拒否しなければ確実に申請は通る」
そ、それはつまり――。
「利点とは、ハルも遠征に同行できるという事だ」
面倒なやり取りが減るから俺達も助かる、と正直に話すハルムートさんに、私はペコリと頭を下げて言った。
「お世話になります」
お貴族様の口撃など『師匠さん』という最強の呪文で全て返り討ちにしてさしあげてよ。おほほ。
【後書き】
ハルは最強の呪文をとなえた。
ハル「『師匠さん』」
貴族達は一目散に逃げ出した。
ハル「おほほ」
☆ ☆ ☆
虎の威を借る狐のハルさん。
※もちろん虎は師匠さんです。
といってもハルさんは尻尾が何本もあるような化狐なんですけどね。
ハル「酷い」
ハル以外の人々「…………(合ってる)」
☆ ☆ ☆
【医師と薬師の違いについて】
・医師……薬学の知識と錬金術のスキルを持つ者
・薬師……薬学の知識を持つ者
※庶民がケガや病気になった場合は薬師に診てもらいます。薬師は錬金術のスキルを持っていませんが、薬学の知識は医師と変わりません。中には医師よりも知識のある薬師もいます。




