58 神殿長さんと一緒
お待たせして申し訳ありません。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
静まり返った室内。
笑顔の神殿長さん。
真っ青な顔のグリシャさん。
眉間にシワを寄せているソラ。
そして――――
(エ? ナニコレ?)
テーブルの上に置かれた二種類のブツに固まる私。
☆
ことの始まりは昨日。宿で午後のお茶を楽しんでいる時のことだった。
グリシャさんがやって来て「ラファエルが明日ハルちゃんに会いたいと言っているんだが」と申し訳なさげに聞いてきた事から始まる。
キョトンとする私にグリシャさんは苦笑しつつ、義弟に私が獣人に興味があるようだと教えたら、もう一度会いたいと言われたのだと教えてくれた。
「…………ぁ、ああ、神殿長さんが、そうですか」
と返しながらそっと視線を逸らした。決して(ラファエルって誰だ?)と思ったからではありません。
だがその様子を見て私が乗り気ではないと勘違いしたのだろう「断ってくれても構わないよ、“組合”の話だろうし」と付け足した。
“組合”というのはグリシャさんの実家でもあるフロック家が表立って運営している組織の事で、主な活動内容は他種族の人達――主に獣人族とその家族――の保護だそうだ。
獣人は祖先となる動物の特徴を持っている種族なのだが、彼等には“国”や“王”という概念がない。同じ動物を祖先とする“同種”だけで集落を築いて静かに暮らしている。
そのため国や身分にこだわりを持つ人間の貴族達から『国すら持てない蛮族の集まり』と見下されているのだそうだ。
そして残念な事にそういった一部の貴族の考えが平民の間にも浸透しており、この国では獣人が不当な扱いを受ける事も少なくないそうだ。
そんな獣人達を救いたいとグリシャさんのお祖母さんが立ち上げたのが“組合”らしい。
「ふ~ん?」
私は少々困惑した。いや、別に話を聞くのは構わないのだが、なんか変じゃないか?
だって“組合”の話はグリシャさんでも出来るはずだ、グリシャさんもフロック家の一員なのだから。
なぜ神殿長さんである必要が? “組合”とは別に個人的に話したい事でもあるのだろうか? と不思議そうにしている私を見て、グリシャさんは諦めたような笑いをこぼし、非常に言いづらそうに口を開いた。
「ハルちゃんが獣人の耳の事を“ケモミミ”と表現した事も話したんだが、その…………それにひどく感銘を受けたみたいでね」
「(感銘)!」
「おそらくだが“ケモミミ”について語り合いたいんじゃないかな?」
「……ぉぉ」
「断って――」
「明日 必 ず 伺いますとお伝え下さい」
「……そうか」
そして次の日の午後。
神殿に赴くと別室で組合の説明を受けたのだが、予想に反して組合へのお誘いはなかった。
てっきり組合の会員にならないかと言われると思っていたのだが……。
自分で言うのもなんだが私は結構な優良物件のはずだ。保護者であり錬金術の師となるのはこの国のVIPだし、私自身も一代限りとはいえ爵位を持っている。
てっきり勧誘されると思ってましたと正直に告げると、会員を増やす事ももちろん大事だが、それよりもより多くの人に“組合”を知ってもらい、“組合”の存在を広める事の方が重要なのだと言われた。要は口コミである。
確かに“組合”の話をするのに会員である必要はない。それに話をする側の負担も少ないに越したことはないだろう。
“組合”に反対している人の中には爵位の高い貴族もいる。会員となって獣人に直接救いの手を差し伸べるには、いざという時に自分と周りの人達を守れるだけの身分が必要だ。下級貴族や平民には荷が重い。
ちなみにフロック家の爵位は『侯爵』。上級貴族である。領地も広く『国の食糧庫』と言われるほどに豊からしい。
組合の運営状況は磐石のようです。
下級貴族ごときが大変失礼致しました。
「でもハルちゃんならいつでも大歓迎だよ」と微笑む次期フロック家当主のゆるっとした勧誘を「ご冗談をオホホ」とゆるっとかわしておいた。
そして「ここからは神殿長でもフロック家の人間でもない一個人として話すね!」と興奮気味に前置きされたあと、獣人の耳を“ケモミミ”と表現した事を盛大にリスペクトされ、そして「ハルちゃんに是非見てもらいたい物がある!」とあるものを懐から取り出しテーブルの上に置いた。←イマココ
☆
(エ? ナニコレ?)
ソレを見た瞬間そう思った。
いや、正直に言うと私はコレを知っている。コレを前世で見たことがある。そして使用している人を見たこともあるし、お店で友人と遊び半分で装着したこともある。
ハロウィンなどで大活躍する頭に装着するそれ。
そう、コレはまごうことなき。
(ケモミミカチューシャ!)
耳の形から見てレアな熊耳とみた!
しかも茶と黒の二種!
まさかケモミミカチューシャが異世界にも存在するとは……。と感心し、モフリストとしてモフ具合を確かめねばなるまいと手を伸ばした次の瞬間、ソラがぼそりと呟いた。
「獣人の耳の剥製か?」
(!?)
ソラのサイコパスな発言に、私は伸ばしかけた手をひゅっと引っ込めた。
(え? なに、その表現………………怖い)
改めてテーブルの上のブツを見る。
た、確かにそう見えなくもない、のか? 私は前世の知識があったからコレを作り物だと判断したが……。ここは獣人という種族が存在するファンタジーな世界。(え、え? まさ、か?)と恐る恐る神殿長、いや、ラファエルさんを見る。
「違います! 布です! 作り物です!」
と、顔を真っ赤にして否定するラファエルさんにほっと胸を撫で下ろす。デスヨネ。
改めて気を取り直し、今度はラファエルさんの許可を得た上でケモミミカチューシャに触れた。
まずは黒い熊耳様から。
毛は若干固め。ふわふわ感は無いが、その代わりに艶がありスルッとした手触りが心地好い。
お次は茶色の熊耳様。
黒耳よりも柔らかく毛も若干長め。スルリとふわりの間――スルふわ?
モフモフモフモフモフモフモフモフ……。
結論。
どちらのケモミミも適度に厚みがあり、非常にモフりがいのある良いケモミミである。
よくよく見れば耳の形がわずかにだが異なっており、製作者の並々ならぬこだわりを感じる。
本物の熊の耳になんて触った事はないが、これはかなり実物に近いのではなかろうか?
私は時間をかけて二種類のケモミミカチューシャのモフ度を心ゆくまでじっくりと堪能し、この出会いに感謝しつつ顔をあげた。
真剣な顔をしたラファエルさんと目が合った。
「……」
「……」
熊耳カチューシャをそっとテーブルに戻し、私は無言でラファエルさんに右手を差し出す。
ラファエルさんはそんな私の手を迷うことなくガッシリと握り返してくれた。
「素晴らしいケモミミだと思います」
「さすがハルちゃん」
「素敵な時間をありがとう」
「こちらこそ」
「この製作者は。……まさか神殿ちょ、いえ、ラファエルさんですか?」
「いいえ、ダグです」
「!?」
まさかのダグさん! いつも影のように控えているダグさんが製作者!
グリシャさんが「ダグ……すまない……すまない」と小さく繰り返し呟いているのが聞こえるが気にしない。
ダグさんに「素晴らしい腕前ですネッ!」と称賛の言葉を贈ったら、無言&無表情でお辞儀を返された。COOL!
けれど部下であるダグさんを誉められて嬉しかったのだろう、ラファエルさんはニコニコとご機嫌だ。
「いやぁ、久々に物に“萌え”を感じてしまいました」
あっはっはと笑う私に、なにそれ? と不思議そうなラファエルさん。
なんという事でしょう。
この世界にはケモミミカチューシャは存在しても“萌え”の概念がないらしい。
ならば伝えねばならぬ、そして広めねばならぬ。
「“萌え”とは。可愛い物や仕草などを見て『心に春が来た』的な幸せを感じたときに使用する言葉です。本来は春になって草花の『芽が出る』事を指す言葉なのですが、そういった感情を表現する場合にも使用します」
「心が暖かくなるような幸せを感じた時に“もえ”と言うのですか?」
そうだヨ。とうなずくワタクシ。
ラファエルさんはぶつぶつと「もえ、モエ」と呟き――――――――、一言。
「兄さん。…………兄さんのケモミミ萌え?」
合ってる? と可愛らしく小首を傾げた。
私はすぐさま判定を下した。
「合ってる!」
「義弟に変な言葉を教えないでくれ!」
若干涙目のグリシャさんに“萌え”た。
けど変だなんてひどい。
“萌え”は立派な日本文化ですのに。オホホ。
~おまけ~
「ハルの『萌え』はあれだろ?」
神殿から帰る途中、ソラが日なたぼっこ中のキジトラにゃんこのポワポワなお腹を指差した。
ソラ君なかなかのチョイス。
が、惜しい。
「あれは『 尊 い 』」
残念。と判定を下したのだが「納得がいかねぇ……」と言われた。
だがなんと言われようがポワポワ腹毛が『尊い』である事は変わらない。出直してきたまえ。
【後書き】
神殿長さんと(趣味が)一緒。が正しい副題ですね。
ダグさんは護衛も出来ますし家事も出来るハイスペックな万能人間です。そしてラファエルに心酔、いや、信仰している、の方が正しいか……。




