56 『レイアニルの神子』
「本当は好意を持っているのに素直に気持ちを伝えられず、意に反して敵対的な行動をとってしまう。――それが“ツンデレ”です」
私の説明にブリュノーさんは――ついでにソラも――納得いかないというように顔をしかめる。
まあ仕方ない。長年持て余してきた問題の原因がただの属性――ではなく性格だと言われても簡単には納得出来ないだろう。
案の定、反論しようとブリュノーさんが口を開いたが、私はそれを手で制し逆に質問した。
「娘さんはプレゼントは受け取ってくれるんですよね?」
「嫌々だがな」
「ではそのプレゼントがその後どうなったかはご存知ですか?」
「? 薬草類は錬金術の練習に使われたはずだ。最近贈った人形は娘の部屋に飾られている」
人形とは陶器で出来た人型の人形――ビスクドールのような物――で、娘さんと同じ年頃の貴族の子女達に人気があるそうだ。
残念ながら娘さんの好みには合わなかったそうだが、文句を言いつつも受け取って部屋に飾ってくれているらしい。
「そうですか……。ではやはり娘さんがブリュノーさんの事を本気で嫌っている可能性は低いですね」
「なぜそう言える?」
「ブリュノーさんは嫌いな人からのプレゼントを部屋に飾りますか?」
私なら絶対嫌。視界にも入れたくないから基本は物置にポイ。物によっては売却。最悪、ゴミ箱行きですね。と笑う私にブリュノーさんは――というか部屋にいる全員が――顔をひきつらせる。……あれ?
「で、では。私は娘に嫌われていないのか?」
「娘さんの反応を直に見たわけではないので絶対とは言えませんが、おそらくは」
「……そうか」
私の言葉を疑いながらも少し嬉しげなブリュノーさん。ヨカッタネ。
まあ“本気”ではなく“微妙”に嫌われている可能性はあるのだが……。それは言わなくても良いだろう。世の中には知らない方が上手くいく事もある。
「……わしにはアーシェラ嬢の考えは分からんが、月鳥を見に行く手筈は急いで整えた方が良いのではないか? 今の時期は天気が崩れやすい。月鳥は晴夜にしか見れんからな」
師匠さんの言葉にはっとなったブリュノーさんが「マルチーノ様のいう通りですな。急がねば」とソファーから立ち上がる。
「ぁあ~」
私の声にブリュノーさんの動きがピタリと止まる。
「……どうかしたのかね?」
「…………いえ。……別に。何も」
可哀想な人を見るような目をした後、わざとらしく視線を反らす。ブリュノーさんはしばし躊躇ったのちソファーに座り直した。
「……聞かせてもらえないか?」
「……娘さんからプレゼントの“条件”を出されたのはいつ頃ですか?」
「二ヶ月前だ」
「では約束の日まであとどのくらい日数がありますか?」
「二週間だ」
思わず顔をしかめる。
「かなり時間が経ってますね。遅くなった理由を問われたら、ブリュノーさんは娘さんに何と説明されるおつもりですか?」
「それは、仕事が忙――」
「『お父様にとって私は仕事以下の存在ですのね』――って言われません?」
ひゅっと息を呑み再び真っ青になるブリュノーさん。……言われた事あるな、これは。
「……回避方法。知りたいですか?」
「聞かせてくれ!」
「良いですよ。――ただし条件があります」
まさか報酬を要求されると思っていなかったのだろう、私の言葉にブリュノーさんだけでなく部屋にいた全員が目を見開いた。
☆ ☆ ☆
潮の香りを含んだ海風が広場を吹き抜け、風避けに植えられた木々を揺らす。
ここは神殿からさらに上へ数メートル登った先にある小さな広場。
白い、神殿の壁と同じ石材で造られた四角い墓石が立ち並ぶ、ガレーパで最も天に近い場所。
そう、ここは墓地だ。
隣に立った神殿長と共に遠くにいるハルとソラの姿を眺める。
花が供えられたテッドの墓の前でハルが手を合わせ、ソラもそれに習う。
何をしているのかと疑問に思うのと同時に、そういえば食事の前と後にも同じことをしていたなと思い出した。おそらくハルのいた世界では何かに感謝する時には手を合わせるのだろう。
「ハルちゃんは……なんというか、不思議な子ですね」
手を合わせて祈るハルを眺めながら神殿長がポツリと呟く。そしてくすりと笑った。つい先刻あった出来事を思いだしたのだろう。
「でもまさか商人相手に交渉を始めるとは思いませんでした。交渉は成立したようですが――ハルちゃんは一体何を求めたんですかね?」
何か欲しいものでもあったんでしょうか? と神殿長は不思議そうに首をかしげる。
「――――“名”だ」
「え?」
まさか答えが返ってくるとは思っていなかったのか、はたまたその内容に驚いたのかは不明だが、神殿長がこちらに視線を向けた。
「マルチーノ様? 今なんと?」
「ハルが求めたのはソラの“名”だと言った。――ハルはブリュノー殿にソラの“名”を呼ぶ事を。今後、ソラを一人の人間として認め、接する事を求めたんだ」
出会ってから一度もブリュノーはソラの名を呼ばなかった。奴隷を扱う商人であるブリュノーにとってソラは“元奴隷”であり“人”ではなかったからだ。だがハルとの交渉の後からブリュノーはソラの“名”を呼び始めた。
ハルに確かめた訳ではないがおそらく当たりだろう。
そう告げると神殿長は絶句し、そして――
「ハルちゃんはソラ君の『レイアニルの神子』なのですね」
と呟いた。
その言葉に思わず眉間にしわが寄る。
『レイアニルの神子』。
600年前に滅びた国、レイアニル。
その国にいたといわれる一人の神子。
予言の力を持ち、地竜に、世界に愛された神の子。
国が滅びているため僅かな資料と口伝でしかその存在を証明する物は残っていないが、神子はその力で多くの人々を守り導いたとされている。
子供向けの童話として民草の間で人気があり、600年経った今でも『誰かを守り導く者』の事を『レイアニルの神子』と呼ぶ事がある。
だが『レイアニルの神子』は不吉な意味も併せ持つ。
レイアニルの神子は“名”を失っている。
“名”は“魂”そのもの。
“名”を失うという事はその者の存在意義を失う事に等しい。いわば“魂の死”だ。
それはただの死よりも恐ろしい。
伝承では人々を守るため強大な力を使い“名”を失ったとも、神子が己の力に溺れ神罰を受けた為に“名”を失ったともいわれているが、真実は不明だ。
ただ神子がなんらかの理由で“名”を失った事は事実であり『レイアニルの神子』には『守り導く者』と同時に『魂の死』という不吉な意味も存在する。
神殿長はもちろん『守り導く者』の良い意味で使ったのだろうが――
「ハルは“名”を失ったりはせん」
そう言い、神殿長をその場に残してハルとソラの方へと足を向けた。
そういえば色々とやる事があってまだ二人にガレーパを観せていない。
ソラも以前は奴隷だったのだからガレーパをよく知らないだろう、王都にも珍しい物は多いがガレーパでしか見られない物も多い。
二人に少し時間を取ってやろう。知識はあるに越したことはないのだから。
海風に僅かに魚介類を焼く香ばしい匂いが混じる。
空を見上げ、眩しさに目を細めた。
太陽が高い。もうすぐ昼餉の時間だ。
【後書き】
やっと商人いなくなった~。
ブリュノーメンドイ(笑)
★追記★
神竜=地竜、どちらもエールデの事です。
聖職者は神竜と呼び、森の恵みに近しい者達は地竜と呼びます。
師匠さんも神殿長さんも言い間違えている訳ではありません。




