55 娘さんの属性
「なにが望みだ?」
まだ若干顔色が悪いがなんとか復活したブリュノーさんから低い、地を這うような声が発せられる。
まだ笑顔だが私を見るブリュノーさんの瞳には最早好意の欠片すら無い。
かなりの迫力だ。普通の子供なら恐怖で泣き出すか、縮こまってしまい何も言えなくなってしまうだろう。
だがおあいにくさま。私は“子供”ではない。
作り物の笑みを顔に張り付けたまま(なに言ってんのこいつ? 子供だからわかんな~い)と小首を傾げる。
「望み? 何の事でしょうか? 私はただブリュノーさんがソラのペンダントをお嬢さんにプレゼントすると、そうなる可能性があるな~と思っただけですよ?」
とっとと諦めろ、ウフフ。と微笑む私にブリュノーさんの頬がピクピクと痙攣する。そして――
「おっさん。悪ぃけど俺はこれを手放す気はねぇよ。あんたにとっちゃただの“物”なんだろうが俺にとってはじいさんの“形見”だ。……“物”が欲しいなら他を当たってくれ」
ソラの絶対手放さないという強い意思を宿した眼差しにブリュノーさんの顔が悔しそうに歪む。交渉が完全に決裂したと悟ったのだろう。
「ブリュノー殿、ひとつ聞いてもよいか?」
「……何でしょうかマルチーノ様」
「アーシェラ嬢は本当に月鳥の羽を欲しているのか?」
師匠さんの言葉にブリュノーさんの眉が寄る。
「……どういう意味ですかな?」
「月鳥の羽が市場に出回る事は確かに珍しい。だが羽を持っている者が少ない訳ではない。10倍の値段を出すと申し出れば喜んで譲ると言う者もいるだろう。色無しが欲しければ三ヶ月あれば色無しになるのだからそれより前に手に入れればよい。アーシェラ嬢とてその事は知っているはずだ。それなのにブリュノー殿は高い金を払ってでも今欲しいという。それはなぜだ?」
「……」
「もう一度聞こう。……アーシェラ嬢は本当に月鳥の羽を欲しているのか?」
確かに師匠さんの指摘は最もだ。
月鳥の羽は三ヶ月もあれば無色に戻る。もしお嬢さんがそれを知らず、三ヶ月を過ぎた段階で欲しいとおねだりされたのならば、説明して待って貰うか他のプレゼントに変えて貰えば良い。
アーシェラ嬢が期限内ではないと嫌だと我を突き通すような娘ならブリュノーさんの行動にも納得が行くが、師匠さんの話す感じではそんな娘では無さそうだ。
ブリュノーさんは返事をせず口をへの字に曲げ、怒っているような、困っているようなそんな顔をしている。
だがやがてじっと黙って返事を待っている師匠さんに根負けしたのか、疲れたようなため息をひとつ吐いて話しはじめた。
ブリュノーさんいわく、お嬢さんにプレゼントの条件を出されたのだそうだ。
「条件とは?」
「それは……」
「失礼だが自信が無いのではないか? アーシェラ嬢の望みが月鳥の羽である自信があったのならばブリュノー殿ならばとっくに手配して手に入れているだろう?」
「……」
「無理にとは言わんが……話してみてはどうだ? 幸いアーシェラ嬢と同性のハルもいる。何か分かるかもしれん」
(え゛?)
慌てて師匠さんを見ると(口を出すなら最後まできちんと責任を持たんか)とじろりと睨まれた。は、は~い。
やがて師匠さんの説得にブリュノーさんは渋々といった感じではあったがアーシェラ嬢の条件とやらを教えてくれた。その条件とは――
『昔、お父様とお母様と私が一緒に見たもの。それを私に見せて下さい』
だった。
え? と思わず師匠さんと顔を見合わす。
「それがなぜ“月鳥の羽が欲しい”という事になる?」
「あの子がまだ錬金術のスキルに目覚める前に、一度だけ妻と娘と私の三人で月鳥を見た事があるのです。その時に月鳥の羽が欲しいと言っていたので、おそらく……」
アーシェラ嬢だけでなくブリュノーさんにとっても思い出の光景なのだろう。難しい顔をしたまま自信無さげに呟きながらも、その瞳は昔を懐かしむような優しい光を灯している。
それならば月鳥が関係している可能性は非常に高そうだ――が。
「あの~。なぜ月鳥の羽という“物”になるのでしょう? お嬢さんは“欲しい”ではなく“見たい”と仰ってるんですよね?」
「? そうだが?」
不思議そうな顔をするブリュノーさんに私は悟った。
これは、あれだ、職業病。
アーシェラ嬢の条件を聞いて普通の人なら“物”を欲しがっているとは思わない。普通に考えてその場所に一緒に行って欲しいのだと考える。
だがブリュノーさんは商人だ。“見たい”=“欲しい”と思っているのだろう。
確かに商人であるブリュノーさんにとっては間違いではない。お店に来たお客様に“商品を見せて”と言われればその品物が欲しいと言われていると判断する。
「ええっと……お嬢さんは月鳥の羽という“物”が欲しいのではなく、月鳥をご家族の皆さんと一緒にまた見に行きたいと仰っているのだと思いますよ?」
「わしもハルと同意見だな」
なんでこんな簡単な事に気が付かないの? でもまぁ商売人なら仕方ないのか? でもこれで一件落着? と、そう思ったのだがブリュノーさんは苦笑まじりに首を横に振り、はっきりと「それは無い」と言い切った。
「お恥ずかしながら私は娘に嫌われているのですよ」
「喧嘩でもしたのか?」
「いえ。……いや、分かりません。数年前からでしょうか? 私が何を言っても何をしてもあの子はにこりともしなくなってしまった。理由を聞いてもただ怒ったような顔をするばかりで……。本当に分からないのです」
「アーシェラ嬢の年頃の娘は難しい所があるのは確かだが……。奥方はなんと?」
「妻はただそういう年頃だから仕方ないと……長い目で見てやって欲しい、とだけ。ですが娘は私の姿を見るだけで不機嫌になるのです。そんな娘が月鳥を、妻とだけならともかく――私と共に見たいと願うでしょうか?」
「う~む」
室内に重苦しい沈黙が訪れる。
「あの~」
「なんだね?」
「ちなみにブリュノーさんが何かした時のお嬢さんの反応がどんな感じなのか伺っても?」
「……大抵は怒っているな」
例えば、地方に仕事で行った先でのお土産を渡すと『なんなんですのこれは? センスの欠片もありませんわね』と冷たくあしらわれ――こ、これは痛い。でもそこまで言われるとは……。一体何を贈っちゃったの?
また、娘さんの錬金術の師匠に娘をよろしくと自社製品である商品を贈る――お歳暮のような物でブリュノーさんだけではなくどこの親もしている事らしい――と『私に一言の相談もなく余計な事はしないでくださいませ!』と烈火のごとく怒られ――これは娘さんの気持ちも分からんでもない。上司への贈り物って事でしょ? せめて何を贈るか事前に教えて欲しい。
それから、ポーションの材料が切れかけだろうと薬草を手配すると『このような事頼んでおりませんわ!』と追い返される。――あら、まあ、残念。
ちなみにお土産とポーションの材料は文句を言いながらも最終的には『一応感謝してさしあげますわ』と言って受け取ってくれたらしい。――受けとるんかい。
「私にはもう娘の気持ちが分からんのです」と項垂れ深いため息をつくブリュノーさんに「こればかりは奥方の言うとおり時間が解決してくれるまで待てとしかわしも言えんぞ」と困ったように眉を寄せて匙を投げる師匠さん。
だが私はあるひとつの可能性に思い至った。
「……あの~もしかしたらなんですが」
「な、何か分かったのかね!?」
「奥様の仰るとおり娘さんが難しい年頃なのは確かだと思います。それにブリュノーさんが娘さんの事を思ってした事がうまく伝わって無い事も確かです。ですがそれ以前に娘さんは……」
「む、娘は?」
ブリュノーさんが身を乗り出す。それにあわせて私も若干前屈みになる。真剣な視線がぶつかり合い、ゴクリとブリュノーさんが唾を呑み込む。
そして私は真面目な顔で答えた。
「ツンデレなのでは?」
「……つん……でれ?」
うん、そう。と頷く。
ブリュノーさんの額を一筋の汗が伝う。
「そ、れは。……まさか! 何かの病気かね!?」
「違う」
なんだろ?
「どっちかっていうと属性? 私は好きですけど。あ、ちなみに」
私は隣に座っているソラを指差す。
「ソラもツンデレです」
「よく分かんねぇけどやめろ」
【後書き】
ツンデレお嬢様。
王都で出てくる予定。
私の小説には女の子が少ないと最近気付きました。そのうち出す。出したい。




