48 港町ガレーパ
港町ガレーパを一言で表すならば“多彩”だろう。
特に道の両脇にある小さな店先に所狭しと並べられた色とりどりの野菜や果物、そしてすぐそばの海で採れた魚介類が山となって積まれている通りは、ひときわ鮮やかで賑やかだ。
平地が少ないため建物の面積は狭く、その狭さを補うように上に積み上げらるようにして建てられたガレーパの建物はほぼ全てが三階建てで、複雑に入り組んだ脇道に入るとまるで巨大な迷路に迷いこんでしまったかのような錯覚に陥る。
実際に迷ってしまう人も多く、そんな人の為に家の壁と屋根が区域毎に色分けされて塗装されており、それがまたガレーパという町の独特の雰囲気を作るのに一役買っていた。
海が一望出来るテラスとシャワー付のレストルームが付いている豪華な部屋の窓から、潮の香りと買い物を楽しむ人々のざわめきが海風に乗って入り込んでくる。
ここは貴族向けの区域にある高級宿屋の一室。ガレーパに滞在する間に私達が宿泊する宿だ。
師匠さん達はともかく、私とソラは別の区域にある一般観光客用の安宿でも良かったのだが、この区域の治安の良さと、警護対象が一ヶ所に集まっている方が警護がしやすいからと副隊長さんに説得された。
そんな豪華な部屋の中には今、師匠さんとトビー君とソラと私の4人だけがいる。
騎士の皆は神殿へのアポイント取りと、盗賊団壊滅とナーガの件をガレーパの町長と冒険者ギルドへ報告する為に私達とは別行動中だ。
もちろん全ての騎士が出払っている訳ではなく、閉められた部屋の扉の外には騎士が二人、護衛の為に残ってくれている。
「じゃあハルちゃんがいた世界に獣人はいなかったんだね」
トビー君の質問に「そうだよ~」と返事をしながら、テーブルの上にあるガレーパの名産のレーズンとナッツがたっぷり入った焼き菓子を触手で持って、齧る。
そう、触手。
私は今、スライムの姿に戻っている。
実は師匠さんとトビー君には私がスライムである事を既に打ち明けていた。
もちろん最初は話す気は無かった。
モンスターだと知られればソラと引き離されるかもしれないし、私が殺される可能性も0では無かったから。
ならばなぜ打ち明けたのかというと、師匠さんが私とソラの身元保証人となると言ってくれたからだ。
人――私はスライムだけど――二人の身元保証人になるというのは生半可気持ちで出来るものではない。命を預る覚悟が必要だと私は思う。
もちろんそこまで考えずに身元保証人になる人もいるかもしれないが、師匠さんは違う。
師匠さんは覚悟を持って私とソラの身元保証人になると言ってくれた。
まだ出会って数日しか経っていないのにそんな事分からないだろう? と思う人もいるだろうが、数日で分かる事だってある。
薬にベッド、温かな食事、そして撫でようと、私の頭に躊躇いがちに乗せられたあの不器用な手。信じるには十分だ。
だから私も覚悟を決めた。
ソラにはかなり反対されたけど、何も聞かずに素性のしれない私とソラを守ると言ってくれた人に、本当の事を黙っている事は出来ない。
そして全てを話した私に、師匠さんはたった一言「……そうか」と言った。
そして「よく話してくれたな」と言ってスライム姿の私を、人であった時と同じようにそっと撫でてくれた。泣きそうになった。
当初は師匠さんだけに話すつもりだったのだが、師匠さんからトビー君にも話しておいた方が良いと言われた。
どじっ子なトビー君しか見ていないのでかなり不安だったのだが、
『トビーはああ見えて口は固い。信用してやってくれ』
の一言と、師匠さんの真剣な瞳に私は折れた。
師匠さんに呼ばれたトビー君か、天幕内にいるスライム姿の私を見た瞬間に「あれ? もしかしてハルちゃん?」と言った時はこっちの方が驚いたけど。
どうして分かったのかとトビー君に問うと「ん? 人間のハルちゃんもスライムのハルちゃんもそっくりだよ? どうして?」と不思議そうに首を傾げられた。
(……あ゛? それはいったいどういう意味だ?)
と、少々。というかかなり複雑な気持ちになったけど……。
なので私の正体を師匠さんとトビー君は既に知っている。
かなり迷ったが言って良かったと今では思う。
二人に嘘をつかなくても良い事もそうだが、この世界の事を遠慮せずに聞けるというのは本当に助かる。
そのひとつがこの世界の種族についてだ。
この世界には人間を含め5つの種族が存在しており、それが巨人・小人・獣人・エルフ・人間の5種族。
これ以外にも動物や魔物も存在するが、意志疎通が可能なのはこの5種族だけらしい。
その他にもドラゴンや精霊も存在するが、これはまた別格だそうだ。
「ガレーパは人気の観光地なのに他種族の人達を見かけないのはどうしてなの?」
獣人は尻尾や耳を消して姿を人間に似せる事が出来るだろうが、巨人や小人は無理だよね? と思ったのだが、そもそも他種族との交流はあまり積極的に行っていないのだそうだ。
「獣人族は結構いるんだけど、彼等は常に耳や尻尾を消してるからね。獣人族の人達にとって耳や尻尾が出ている事は力の制御が出来ない半人前の証らしいよ」
「だからグリシャさん見せてくれないのか……」
残念そうに呟く私に苦笑しながらトビー君が、実は別の意味もあるのだと教えてくれくれた。
「あと種族が違うってだけで差別される事もあるからね。特に獣人の人達は苦労してるみたいだね」
「……そっか」
馬車内でグリシャさんが困ったような顔をしたのはその為だ。おそらく獣人である事は親しい友人や家族だけが知っていることで、知り合って間もない相手に話すものではないのだろう。
(後でグリシャさんに誰にも言わないって言った方が良いかも……。グリシャさんだけでなくてグリシャさんの家族にも影響する事だもんね)
よし、そうしよう。
そんでもって恩を売っ……違った。仲良くなっていつかケモミミを見せて貰おう。そしてあわよくばモフろう。
うつむいてそんな事を考えていると、私が落ち込んでいると勘違いしたトビー君が励ますように言葉を付け足した。
「人間全員が他種族を差別してる訳じゃないよ。明日会うガレーパの神殿長は他種族の差別を無くそうと活動している事で有名な方だしね」
ここは貴族向けの区域だから見当たらないが、町民の生活区域には巨人族や小人族も――多くはないが――いるそうだ。
ただエルフだけは例外で、他種族と寿命が大きく異なる事もあり関わる事はほぼ無いらしい。
「明日会う神殿長さんってどんな人ですか?」
「僕も何度か会ってるけどとても優しい方だよ。そうそう、神殿長はグリシャさんの義理の弟さんでもあるんだ」
「え、そうなんですか!?」
ソラに隷属を付与した神殿長は高齢のため2年前に引退しており、その後任に選ばれたのがグリシャさんの弟さんである今の神殿長さんなのだとか。
神殿長さんは元は孤児で、グリシャさんの実家がある村の孤児院にいたのだそうだ。
グリシャさんの家。フロック家は神官を多く輩出している事でも有名な一族で、特に孤児院の運営に力を入れており、孤児院にも頻繁に訪れる。
そのためフロック家の人達と神殿長さんは面識があり、なおかつ実子であるグリシャさんが騎士の道を選んだため、神殿長さんが神官になる際にフロック家に養子として迎えられたのだそう。
実子であるグリシャさんは騎士で、養子である弟さんが神官になるなんて、家族仲はどうなのかと余計な心配をしたのだが、全く問題ないそうだ。
というよりその弟さん、かなりのお兄ちゃん子で、グリシャさんが特別扱いはするなといくら注意しても「いやだ」と言ってちっとも言うことを聞かないらしい。
しまいには「兄さんが僕を棄てようとする」と、実家に泣いて訴えたそうな。
……なんか凄い。
ちなみに弟の特別扱いに困惑しているグリシャさんが今回、神殿にアポイントを取りに行く騎士に選ばれたのだが、それはもちろん本人の意思ではなく副隊長であるレイさんの命令だ。
その時のやり取りがこちら。
「いや、副隊長。自分が行くと……」
「行ってらっしゃい」
「…………はい」
しょんぼり項垂れるごつい男が可哀想で可愛いと思ったのは初めてである。
決してしょんぼり項垂れているグリシャさんの頭部に見えないケモミミを妄想で付け足して、心の中で悶えたりなんかしてない。……してない。
だからソラ。妄想タイムに突入した瞬間に私を冷たい目で見るのはそろそろ止めにしないか?
【後書き】
既に師匠さんとトビー君にはスライムってばらしてました~。
そしてソラが全然喋んない!
まあ、無口な子ではあるんだけどさ……。




