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元アラサー女子はスライムとして生きて行く(仮)   作者: おんじゃく
第二章~邂逅と別離~

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閑話~“名”を探す者~

【前書き】

久々の更新なのに閑話かい! という突っ込みが聞こえる気がする。

そ、そうだよ(((;゜Д゜)))ゴメンナサイ

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 深い闇に沈んでいた意識が甘い花の香りに誘われてゆっくりと浮上する。


 鼻先に雨粒がひとつ落ち、その冷たさに瞼をそっと持ち上げると、白い小さな花が咲き乱れた一本の大樹が視界に入った。

 厚い雲に覆われた闇夜の中で、白い花を付けたその大樹だけがうすぼんやりと明るい。


(甘い香りはこれか……)


 レナトゥスの花。

 上級ポーションの材料となる、神の花とも呼ばれる、春先の僅かな期間にしか咲かない貴重な花。


(『あの子』が好きだった花だ)


 遠い記憶の中で幸せそうに微笑む1人の人間の子供の姿を思い出し、懐かしさと愛おしさに思わず目を細める。

 だが次の瞬間、胸を抉られるような深い絶望と哀しみに低い呻き声をあげた。



 どれ程の時間、哀しみに耐えていただろうか。再び意識が深い眠りに落ちようとした時、こちらに近付いてくるひとつの気配に気が付いた。


「……フィオーラか」


 声をかけられるとは思っていなかったのだろう、歩みが止まり息を飲む気配がした。

 そして一拍の後、こちらを伺うような少女の囁く声が聞こえた。


「父様? 起きていらっしゃるの?」


 顔をあげると、そこには薄桃色の髪と瞳をした少女の姿があった。

 少女の名前はフィオーラ。己の魔力から産まれた娘。精霊だ。


「ああ、ちょうど目が覚めた所だ」


 そう言いながらゆっくりと体を起こし、寝床にしている洞穴から這い出て延びをする。長い間同じ姿勢で眠っていた為、些か体が強張っていた。

 狭い洞穴――といってもかなりの広さがあるのだが――から出てほっと一息付き周囲を見渡す。

 雨に煙り灰色に染まった山々が広がっており、それ以外には何もない。

 レナトゥスが咲いているということは季節は春という事だが、今いる場所は標高が高い為、日の当たらぬ岩影には氷となった雪が残っており、未だ冬の名残を残している。

 目覚めるより前の記憶は夏の盛り。

 どうやら随分長い間眠っていたらしい。


 最後に自分の背丈をゆうに越えたレナトゥスの大樹が視界に入る。雨粒の混じった冷たい風が吹いて、白い花弁がハラハラと散る。




『ほら見て、こんなに沢山採れた』


 白い小さな手の平一杯に乗ったレナトゥスの花びら。これをお茶に浮かべて飲むのが好きだと笑っていた。


 貴方は体が大きいから沢山飲むでしょうと、一番大きな器を用意して、それに並々と注がれた茶の上にレナトゥスの花びらを浮かべてくれた。

 魔力を安定させるために三年間眠らなくてはならない自分の為に、『あの子』が催してくれた、暫しの別れを惜しむお茶会だった。


 別れ際に今度はもっと美味しいお茶を淹れると言ってくれた。それならば自分は『あの子』の好きな果物を土産に持ってこよう、そうレナトゥスの木の前で約束して別れた。


 だがその約束が果たされることはなかった。


 目が覚めて会いに行ったそこには何も無かった。あったのは何もない荒野。

 『あの子』はもちろん、約束を交わしたレナトゥスの木も、『あの子』の住んでいた家も、町も、流れていた川も、草原も、その周辺にあった山々さえもが全て消滅していた。


 もちろんすぐに『あの子』を探そうとした。生きていようが死んでいようがこの世界の何処にいようが“名”さえあれば探せる。

 それだけの力を自分は持っている。


 だが術を発動させ『あの子』の“名”を発そうとして――――愕然とした。

 『あの子』の名前を紡ぐ事が出来なかった。


 自分の中から、この世界から『あの子』の“名”が消滅していた。




「父様?」


 心配そうに自分を見上げるフィオーラの声に我に帰った。


「ああ、すまない。少し寝ぼけていたようだ。……ところで今日はどうした?」

「……はい。私の愛し子がレナトゥスを求めております。一枝恵んでやっては頂けないでしょうか?」


 フィオーラの言葉に『遠見』のスキルを発動させると、ここから少しだけ山を下った先にある精霊を祀っている祠に、祈りを捧げている1人の老いた男の姿が見えた。


 フィオーラは彼を“愛し子”と言ったが、別に血を分けた子供という事ではない。精霊に愛され、守護を与えらた者を『愛し子(ラ・ルゥ)』と呼ぶのだ。


 レナトゥスは上級ポーションの材料だが同時に強力な薬でもある。強い薬は使い方を誤れば毒にもなる。

 人は幼く、時に大きな過ちを犯す。それを防ぐ事が自分の存在理由のひとつだ。

 彼と彼の周りにいる者達を見定め、問題ないと判断するとレナトゥスに魔力を込めた息を吹き掛ける。

 すると花を付けた枝が一本ドサリと音を立てて大地に落ちた。


「彼なら問題ないだろう。持って行っておやり」

「ありがとうございます」


 木の根元に近付いてレナトゥスの枝を大事そうに拾い上げる愛娘の姿に『あの子』の姿が重なる。


 600年。


 あれからもう随分と時間が経った。

 あの時、世界に何が起こったのかは分からない。それに人であった『あの子』はもうこの世にいないだろう。


(私も老いた、そろそろ次代へと継承すべきなのだろうが……)


 まだ死ねない。


(墓標でも良い、せめて会いに行くという約束を果たしたい)


 それがとてつもなく困難な事は分かっている。“名”を持たぬ者を探すということは、この世界からたった一粒の砂粒を探す行為に等しい。


(せめて“名”さえ分かれば……)


 レナトゥスの大樹を見上げ、大地を統べる王、地竜エールデは祈るように目を閉じた。




(どうか“名”を教えておくれ、私の、愛し子(ラ・ルゥ))

【後書き】

ついに竜の登場です(閑話だけど)。

騎士と同じくファンタジーのお約束ですね。

お気付きの方もいらっしゃるとは思いますが、レナトゥスを求めている男とは師匠さんの事。

師匠さんはレナトゥス採集の為に森へ来ていたんです。

ハルさんと師匠さんが出会う前日の夜のお話です。ということはハルさんはソラを乗せて川下り中という事ですね(笑)


今回の『閑話』は最終章に深く関わる話となっております。

まあ、最終章はまだまだ先の予定なんですけど……。

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