46 母親の
「あの? いまなんと?」
「よろしくお願いします」
「違います! その前です!」
「……三年間?」
「そうです! どういう事ですか!?」
「契約金のお話があった時に『三年間で』とお話したと思うんですが? 四年目のお話もしてませんし。契約書にも三年間と表示されているかと……」
という私の言葉に契約書を勢いよく除き込む副隊長さん、と遅れて隊長さん。
「……あ、マジで載ってる」
「……副隊長。確かに彼女は契約金の話の際に三年間と言っていました。騎士の見習い期間についても三年間分の話しかしてません」
隊長さんとハルムートさんの言葉にギギギ……と音が聞こえそうな動きで契約書から顔をあげる副隊長さんと目が合った。
「まさか……初めから?」
これを狙っていたのか?
そんな言葉にならない問いかけに、少し考える振りをしたあとにっこりと微笑む。
「っ!!!」
顔を紅潮させ口をパクパクさせている副隊長さん。
「でも皆さんに不利益となる契約にはなっていないはずですよ?」
そう、希望は全て叶えているはずだ。それも騎士団側にとってかなり都合のよい形で。
ポーションは最低価格、高額な契約金も払わなくて良い。そもそも契約金代わりとなる物品も『錬金術』見習いとしての生活費が支給されるまでに必要となる最低限の品に留めるつもりだ。
騎士団にとって想定外なのは三年間という契約期間だけのはず。
そう説明すると硬直している副隊長さんから取り上げた契約書を見ていたハルムートさんが「確かに契約期間以外はこちらの希望どおり、というか希望以上の結果ですね」と呟いた。
その言葉に我にかえった副隊長さんが身をのり出し必死に言い募る。
「しかし期間を定めた『錬金術』見習いの契約など前代未聞です!」
「俺等が初ってことか?」
「なんかスゲェな!」と楽しそうに笑う隊長さんと、その隊長さんの胸ぐらを「うるせぇ!」と言いながら掴んでグラグラ揺する副隊長さん。
そんな隊長さんと副隊長さんの様子を横目で見ていたハルムートさんが私に質問をしてきた。
「ポーションの値段を下げたのはなぜだ?」
「皆さんが私達の命の恩人だからですよ?」
「……他には?」
無表情で続きを促すハルムートさんに、既に契約も結んだ事だし別に黙っている必要も無いかと思い全て話す事にした。
「そもそも私の目的と皆さんの目的が真逆なんですよ」
私の言葉に、隊長さんを揺さぶる手を止めた副隊長さんが訝しげな顔でハルムートさんの変わりに問いかけてきた。
「……それは、どういう意味でしょう?」
「皆さんの目的はポーションですよね?」
副隊長さんとハルムートさんが頷く。
「私の目的は契約期間を三年間にする事と、ソラが第7部隊で戦い方を学べるようにする事です。……はっきり言ってしまうと、ポーションもお金もどうでも良かったんです」
「ど、どうでも良い?」
呆然と呟く副隊長さんの言葉に「はい」と頷く。
誤解のないように言っておくが決してポーションやお金を下に見ている訳ではない。ポーションが高級な薬である事も、お金が大事な事もちゃんと分かっている。
もし事前に師匠さんから国から支給される生活費の話を聞いていなければ、始めに提示されていた3000ペソで契約していただろう。
「契約期間を三年間にした理由は?」
「ソラが騎士になる15歳になる前に契約を切るためです」
騎士見習いは15歳を迎えると王から剣を賜り、そこで初めて一人前の騎士と認められる。
そして同時に国と魔法契約を結ぶ。
それは王に忠誠を誓いこの国に己の全てを捧げるという契約。けれど……
「ソラは戦い方を学びたいのであって騎士になりたい訳ではありません」
今のソラに、己の全てを捧げてまでこの国に遣えたいという気持ちは無い。これは本人に確認済だ。
三年後に騎士になるか、それとも全く別の道を選ぶか……。それは人の世界で暮らし、知識を得た三年後にソラが自分で選択すべきだ。
「では第7部隊を選んだ理由は? 他にも部隊はある。今ここで俺達と契約を交わさなくても良かったはずだ」
「理由のひとつは師匠さんです。師匠さんはこの国の筆頭医師だと伺いました。そんな方の護衛が弱いはずありませんし、ただ強いだけとも思えません」
師匠さんは貴重な『錬金術』と『鑑定』のスキルを持つ国家レベルの重要人物だ。
そんな人が、弱い種ばかりとはいえ魔物が出る森に行くというのに、果たして弱い騎士を護衛に付けるだろうか?
私なら付けない。強く、そして騎士としての信念を持った信頼できる騎士を護衛に付ける。
それに師匠さんは筆頭医師という地位を目当てに寄ってくるような人たちを側に置いて喜ぶタイプではない。
「もうひとつの理由は隊長さんです」
「え? 俺?」
驚きに目を見張っている隊長さんと目が合い、微笑む。隊長さんが第7部隊を選んだ一番の理由だから。
「そうです。初めて会ったとき隊長さんは私達をすぐに助けようとしてくれました」
こんな山奥に子供がいる。
二人とも薄汚れ、しかもその内一人は見るからに痩せ細ったガリガリの体をしている。
どう考えても異様な状況だ。助ければ面倒ごとに巻き込まれる可能性は十分ある。
でも、隊長さんは
『子供!? おい! 急いでドクターかトビーを呼んでこい!!』
すぐに医者である師匠さんとトビー君を呼ぶように指示してくれた。
そんな人が隊長をしている部隊にならソラを安心して預けれる、そう思った。
「なるほどな」と呟き、ハルムートさんは壁に体を凭れかけた。
「俺からの質問はもうありません。……まあ、良いんじゃないですか? 期間限定とはいえポーションを得る事は出来るんですし」
ハルムートさんが質問をしている間に冷静さを取り戻した副隊長さんが口を開く。
「……三年目以降はどうされるおつもりですか?」
「それはまだ決めていません。三年間じっくりと考えるつもりです。ただ、ソラが騎士になるならないは別としても、皆さんとは良い関係を築けていられれば、と思っています」
お互い頑張りましょうね。とにっこり微笑む私に、副隊長さんはひきつったような笑顔で「ソウデスネ」と答えた。
☆
天幕内のキッチンから小さな物音が聞こえる。ハルとソラがお茶の準備をしている音だ。
騎士団側からの質問が終わると、ハルはお茶を淹れてくると言ってソラと共に席を立った。
キッチンに行く前の「私とソラがいない方が話しやすい事もあるでしょう?」と言ったハルの言葉には最早苦笑しかない。
「…………やられた」
「あ~。でも契約期間以外はこっちの要望どおり、つーかそれ以上なんだろ? だったら良いんじゃねぇか?」
「三年後に見捨てられないように誠心誠意、頑張るしかありませんね」
なんともいえない空気が天幕内を満たしたその時。
「……だからあの子達を見くびるなと言っただろう」
不機嫌そうな声の主に騎士達の視線が集まる。
「……見くびってはいません。まぁ、油断しなかったかと問われれば否ですが……。ですが相手は10歳の子供なんですよ?」
油断するなと言う方が無理でしょう。と、ため息混じりの副隊長の言葉にドクターの眉間に深い皺がよる。
「……もしかして気付いてないのか?」
「どういう意味ですか? ドクター?」
弟子と騎士達の顔を順番に眺めたあと、本当に誰も気が付いていなかったのかとため息をつく。
「ドクター?」
「…………ソラを見るハルの顔。あれは母親の顔だろうが」
ぎょっとする騎士達と弟子に「ただの例え話だ」と付け加えて続ける。
「お前達は命懸けで子供を守ろうとする母親に、油断した状態で勝てるのか?」
シンと静まり返る天幕内。
「勝てるのか?」と問われたが、これは単純な力の強さという意味ではないだろう。
そして短い沈黙の後、ヨハンが全員を代表して答えた。
「油断してなくても無理だな」
【後書き】
ハル自身は自分がソラの母親になるんだ、なんて事は微塵も思っていません。
師匠さんにはそう見えたってだけの話です。




