45 契約
すみませんちょっと文字数が多くなりました。
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テーブルの上に置かれた一枚のA4サイズの白い紙の上を、小さな金色の光の粒が舞う。
これは魔法紙と呼ばれるもので、魔法契約が行われる際に使用される特殊な紙だと説明された。
この紙を使用して交わされた契約は法的な書類としても認められるらしく、『錬金術』の見習いとの契約には必ず使用されるらしい。
「ハルさんの条件は『ソラ君を第7部隊に見習いとして入隊させ、戦い方を教える』というものでしたが、他に何か条件はありますか?」
副隊長さんの言葉に少し考えるが、特に思い付かなかったので、先に騎士団側の要望を聞かせて貰う事にした。
騎士団の要望は2つ。
①低級ポーションを毎月30本以上納品する事。
②中級・上級ポーション、またはその他のアイテムが作成できるようになった場合は報告する事。また、そのアイテムの第一購入権は第7部隊が有する事。
(とりあえず毎月30本の低級ポーションを卸せばいいって事か、あと新しく作成したアイテムも第7部隊優先で販売しろって事ね)
トビー君は低級ポーションの値段を300ペソだと言っていた。私のポーションが同じ値段で売れたとしたら、月9000ペソの稼ぎとなる。
昨日のうちに師匠さんにお金に関して色々聞いたが、ペソ=円と考えて問題なさそうだった。という事は9000ペソは9000円という事。
まだこの世界の物価が分からないのでなんとも言えないが、さすがにこれでは生活出来ないだろう。
だが問題ない。
何故なら『錬金術』見習いには国から毎月、一定額の生活費が支給されるからだ。
その金額は30万ペソ。
国が保護をするほど貴重な『錬金術』のスキル持ちにしては金額が少ない気がしたので聞いてみたら、見習いのうちは少ないとの事。
だがその代わりに王都の特別区に家が与えられ、そこの家賃と水道光熱費、さらに維持・管理費は全て無料になるのだそうだ。
もし生活費が足らなくなってもポーションを売ればいい、見習いにはそれが許されている。
材料費はかかるが稼ごうと思えばいくらでも稼ぐことができる。
そもそも家があり水道光熱費が無料ならば30万あれば十分生活できる。地方の会社員であった私の手取りは20万もなかった。30万あればウハウハである。
(ポーション代は貯金にでも回そう。この世界にも銀行とかあるのかなぁ……)と思っていると、副隊長さんがポーションの値段について交渉を始めた。
「ポーションの値段ですが、3000ペソでいかがでしょうか?」
「…………ん?」
(3000ペソ? 300ペソの聞き間違い? それとも30本で3000ペソ?)
微妙な顔をしている私に副隊長さんが申し訳なさそうな顔をする。
「ハルさんのポーションの性能を疑っている訳ではありません、ドクターからもハルさんのポーションのランクについては聞きましたから」
ですが、と続ける。
「『錬金術』で作成されたポーションの効能は使用する素材にも大きく影響されます。今後、作成されたポーションのランクが下がる可能性も考えて一本3000ペソが妥当な値段だと思うのですが」
いかがでしょう? とにっこり笑顔を向けてくる副隊長さん。笑顔黒いな。
(というか一本が3000ペソなの?)
壁際に立つトビー君をちらりと見るとアワアワしていた。成る程。
どうやら低級ポーションが一本300ペソというのはトビー君の嘘の様だ。おそらくポーションの値段を気にして受け取らない私に気を遣ってくれたんだろう。
大丈夫だよ、気にしてないよとトビー君に微笑んだらホッとしたような表情になった。
「ポーションの値段には詳しくないのですが、一番高い値段はいくらですか?」
「……5000ペソですね」
「一番低い値段は?」
「1000ペソです。規定ではこの金額の範囲内で契約を交わすよう義務付けられています」
「そうですか……。では低級ポーション一本を1000ペソでお売りします」
驚いた顔をする騎士3人。
だが副隊長さんはすぐに訝しげに私を見てきた。
まぁそうだろう、だって提示した金額よりも低くなったのだから。
「私達としては有難い申し出ですが……。値段を下げた理由をお聞かせ願えますか?」
「みなさんは私とソラの命の恩人ですから」
にっこり笑顔で答えた私に、副隊長さんも笑みを浮かべる。だが目は笑っていない。
かなり疑っている、というより私の真意を見抜こうとしている。
(本心なんだけどな……。半分だけど)
と思いながらも理由を話す事にした。
さすがにさっきの理由で疑うなという方が無理だろう。
「もちろん他にも理由はあります。代わりにポーションの材料を提供して頂きたいんです。もちろん皆さんのポーションを作成する材料分のみで構いませんし、作成に失敗して足りなくなった材料については要求しません」
そう言うと副隊長さんは少し警戒をといた。
人というのは無償よりも有償の方が安心するものだ。
「なるほど、材料代分を引くという事ですね。しかしよろしいのですか? 低級ポーションの材料となるヤマは1束300ペソで購入が可能ですよ?」
そんなに安いのかと少し驚く。
ヤマが1束あれば低級ポーション1本を作成する事ができる。
一番高いポーション代金、5000ペソで売れば、4700ペソの売上になる。大量に売ればあっという間に大金持ちだ。
まぁ、だからといって私の気持ちは変わらないけど。
「一本1000ペソで構いません、先程も言いましたが皆さんは命の恩人です。それに、これからソラがお世話になりますから」
(割引した分もしっかりソラの事を見てね)
私が言いたいのはそういう事だ。
ソラの事を条件にしないのは契約に盛り込みたくないから。大切にしては欲しいが特別扱いはして欲しくない。
「……わかりました。その条件でハルさんが良いとおっしゃるのならそうさせて頂きます」
そして苦笑混じりに「ハルさんはソラ君の事が本当に大切なんですね」と言った。
どうやら副隊長さんは私の本当に望んでいる事に気付いてくれたようだ。なので「はい」と微笑み返しておいた。
隣に座っているソラの顔が少々赤いのは気付かない振りをしてあげた。
「あとは契約金ですね」
そう言って聞かされた契約金額にぎょっとした。まさかの3000万ペソ。
私は慌ててもうひとつの条件を提示した。
「あ、あの! 契約金ですがお金ではなく物品にして頂いてもよいですか?」
「物品……ですか?」
必死で頷く。
「私もソラもお金を使用した経験がほぼありません。ですからそのような大金をいきなり手に入れても上手に使いこなせる自信が無いんです。先程、物品と言いましたが高額な品を購入する気はありません、もし高額な品を購入しようとした場合は支払いを拒否して頂いても構いません」
この条件でいかがでしょう。と騎士達を見ると、全員目を丸くしていた。
「ああ、でもずっとという訳にもいきませんね……。そうですね……。期間は3年間でどうでしょうか?」
じっと返事を待つ。
「……お前本当に10歳か?」
「ヨハン! 失礼。ハルさんは本当にそれで良いのですか? 高額な品の場合は本当に拒否させて頂きますよ?」
「構いません。むしろ止めて頂くと助かります」
副隊長さんは「少し私達だけで話をして来てもよろしいですか?」と言い、私の了承を得ると隊長さんとハルムートさんを連れて天幕を出た。
暫くした後、今の条件を条件付きで受け入れると言ってくれた。
「ハルさんの条件ですと私達が得をする部分が多いので契約規定から外れてしまいます。ですので、まだはっきりとは分かりませんが、ソラ君の隷属の期間がまだ残っていた場合、隷属を解除する代金を私達に払わせてはもらえませんか? そしてソラ君の隷属に関して問題が発生した場合、第7部隊もできる限り尽力する事をお約束します」
ソラと目を合わせた。
苦虫を噛み潰したような顔をしているが、ソラは何も言わなかった。「任せる」という事だろう。
「分かりました、ではその場合はお願いします」
そう言って騎士達に頭を下げた。
他にはありますか? と聞かれたので条件というよりはお願いになるのですがと言って付け足す。
「ソラは長年の栄養不足で体調が万全ではありません。ですから初めの一年間は一般常識等を学ぶ座学を基本にして、騎士見習いとして本格的に働くのは三年目からにして頂きたいんです」
二年目はソラの体調をみて判断したい。そう伝えた。
この条件にはすぐに頷いてもらえた。騎士は体が資本の職業だ、体調の事に関して気を配るのも仕事のうちなのだろう。
「では、ソラ君には一年目は座学と基礎体力を上げる訓練を。二年目は体力面を見ながら見習いの仕事を。三年目から見習いとして本格的に働いて貰うという事にしましょうか?」
ソラを見るとため息混じりに「それでいい」と言ったが、私のじとっとした視線に気付くと「……です」と付け加えた。よし。
「その条件でお願いします」
その後、副隊長さんは黙って立っていたハルムートさんと契約内容に不備が無いかを確認し合い、問題ないと判断すると隊長さんに声をかけた。
「ヨハン。お願いします」
「よっしゃ」
そう言って隊長さんは契約書に手を翳す。
ふよふよと漂っていた金の粒が意志を持った生き物のように動き始める。
そして白い紙の上に見たことのない文字が浮かび上がってきた。
『鑑定』をすると先程話し合った契約内容が条件と共に表示されていた。
私は文字が分からない事になっているので――『鑑定』で日本語に翻訳して見る事はできるけど――師匠さんに内容を確認してもらう。
「内容に問題がなければハルさんも手をかざして下さい、それが終われば契約完了です」
『鑑定』で確認し、師匠さんにも問題ないと頷いて貰ってから手を翳す。
全ての文字が淡く発光しながら紙に溶けて消えると、金色だった文字が黒くなり1枚だった契約書が2枚になっていた。
副隊長さんが契約書の一枚を私に渡してくれる。どうやら自動的に写しが作成されるらしい。
便利だなと思っているとご機嫌な副隊長さんと目が合った。
「これで契約は完了です。ハルさん、ソラ君。これからよろしくお願いします」
「はい、三年間よろしくお願いします」
「…………は?」
副隊長さんは笑顔のまま固まった。
【後書き】
トビー君が言ったポーションの値段は材料のお値段でした。
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ソラの隷属ってもう切れてるんだよね? と思った方も多いでしょうが、それについては後日。




